【完結】汚れた雨

かの

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23 容疑者

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 久々の休みの日だった。昼だと言うのに、灯りも点けず、薄暗い部屋のベッドで横になっていた。

 脱ぎ散らかした服の山を壁へと押し付け、作り出したスペース。半分もないそのベッドのスペースに倒れ、どれくらいの時間が経っただろう。

 朝方、無意識にエアコンを入れたようで、汗ばんだはずのシャツが冷たくなっていた。その冷たさに体を少し震わせる。その時、薄暗い部屋にインターホンの音が響いた。何かの押し売りか宗教の誘いかと、小さな画面を覗く。

「……どうしたんですか? 今日、俺休みですよ。家まで押し掛けないで下さいよ」

 突然の来客は安原だった。悪態をついてみたが、耳には届いていないようで、促されもしないのに、勝手に靴を脱ぎ、奥の部屋へと入っていく。

「ああ、涼しくて生き返ったよ。外は暑くてからびるぜ。署内も全然冷房効かせてくれていないし」

 服の山を壁に押し付け、作り出したスペースに、安原は勝手に腰掛けている。

「何なんですか、いきなり」

「いいじゃないか、お前が署の近くに住んでいるからだ。ちょっと涼ませてもらいに来たんだ」

 休みだと言っても特に用はないが、折角の休日に踏み込んできた安原に不快感を顔で示す。

「そんな嫌な顔するなよ。お前に謝りたくてな」

「何がですか?」

「夏樹から子供の頃の話を聞いたよ。小林がお前達の服を脱がせて、体を触って、それをビデオに収めて」

「俺も思い出していました」

「すまないな、嫌な事を思い出させて」

「いや、全然です。俺はきれいに忘れていましたから。嫌な事だったから記憶から消したのかも分からないです。それに今思い出してみても、何故か他人事ひとごとなんです。だから安原さんは何も気にしないで下さい」

「すまない」

「いや、それよりこうやって休日にどかどか人んに上がり込んで来た事を謝ってください!」

 立ち上がり冷蔵庫を開く。大したものは入っていないが、ペットボトルの緑茶を取り出し、安原に手渡す。

「これ飲んだら帰ってくださいよ」

 受け取った緑茶のふたを開け、安原が喉を潤している。

 瞬く間に減っていく緑茶に、前言ぜんげんが気になりもしたが、炭酸でもないのに大きなゲップをした安原に、再びの不快感を顔で示す。

 空のペットボトルを持ち立ち上がる安原。そんな安原は何かを思い出したようだった。

「ああ、そうだ。実はな、小林の飲み仲間って奴に会って来たんだ」

「飲み仲間ですか?」

「まあ、大した話は聞けなかったんだが、後藤正一しょういちって言う男で、小林と同じ歳なんだが、随分前に飲み屋で意気投合して、それからつるむようになったと。ただな……」

「ただ?」

「小林に最後に会ったのは去年だと言うんだ。知り合いに紹介してもらった店へ去年行ったのが、小林に会った最後だと。その店が高原由之の店なんだが、それ以来小林とは会っていないらしい。ニュースで小林の死を知って驚いたと言うんだ。俺が行ったらおかしなくらい動転してしまってな」

 前に聞かされた由之の話を思い出そうとしたが、その詳細を思い出す事は出来なかった。確か小林はれと共に由之の店を訪れたと言う話だったが、その連れが後藤正一なのだろうか。

「なんだか動転してしまって、最後は話にならなかったよ。だからまた連絡をすると言う事で、切り上げてきたんだ」

「そんな動転していたんですか? 取り乱す感じとか?」

「まあ、そうだな。そんな感じだったよ。ただ単に殺害された飲み仲間の話に動転したのか、それとも何かやましい事があるのか」

 安原が後藤に迫っている光景が脳裏に浮かんだ。例え微塵みじんも疚しい所がなくても、安原に迫られれば誰でも動転するのではないだろうか。安原の目を盗み見る。やはり鮟鱇だ。それに安原には刑事と言う肩書がある。脳裏に浮かぶ後藤に思わず同情してしまう。

「安原さんの刑事の勘でどうでした?」

 その投げ掛けにどう言う感情を抱かせたのか、安原が手にしたペットボトルを潰している。

「後藤の動転が酷くて、安原さんの刑事の勘も冴えなかったんですかね」

「まあ、そんなところだが、夏樹から電話が入ったんだよ」

「夏樹ですか?」

 どこまでも絡んでくる夏樹に苛立ちを覚える。夏樹が思い出したように、自分も子供の頃を思い出した。何故忘れていたのかは分からないが、200107。小林のパソコンに保存された映像が当時をよみがえらせた。

「何か、捜査の進展に関わるような内容ですか?」

「さあ」

 安原の返事の曖昧さに、その意味を考えてみた。捜査の進展に関わらない情報に安原が食いつくはずはない。それとも同期の弟と言う、それだけの繋がりの中での話だろうか。

「直接関係があるかどうかは分からない。ただお前の同級生が無関係だった事を証明できるかもしれない。もしかしたらその逆かもしれないが」

「どう言う意味ですか?」

「高原由之が郵便局から送った招待状が手に入りそうなんだ。あんな大量に同じ封筒を郵便局から送っていたんだ。その招待状の消印があの防犯カメラの日付なら、高原の言葉に嘘はない。ただ、その招待状とタレコミの手紙に何か関連性があれば」

 いつものように安原の目は見開いていた。由之の話を肯定するためだと言いながら、安原の考えが後者に置かれている事も察知できる。

「嘘は付いていないと思います。嘘を付く理由がないし、現にあんなに大量の封筒を出していたんですよ。それより、夏樹は他に何か話していましたか?」

 夏樹の企みが読めなかった。安原に情報を提供し続ける夏樹。ただ単に恩を感じての事かもしれないが、どうしてそこまで協力するのだろうか。安原が由之に対し何か勘繰かんぐっているように、夏樹に対しての邪推じゃすいが大きくなる。

「他に? まあな。小林を殺したのは自分達四人の中の誰かで間違いないと思うとは言っていたよ」

「そうですか。それじゃ俺も容疑者のうちの一人ですね」

「まあな」

 申し訳なさそうに笑う安原に感情のない顔を向ける。こんな状況だから仕方ないが、後輩である刑事をまだ容疑者から外していない。

——何人なのだろうか?

 ふと安原の中での容疑者が何人なのかが気になった。夏樹の言葉通り四人なのか、その夏樹を外して三人なのか。

「小林を殺したのは俺達四人の中の誰かだと、俺も思っています。もちろん俺じゃないですけどね」

「何かがあるのか?」

「いえ、確証はないですけど。俺、自分で何でこんな事忘れていたのか不思議なんですけど。一つ思い出した事があって」

「何だ? 歯切れの悪い言い方だな」

「実は……。俺達四人で一度、先生を、小林を殺しているんです。いや、死んでいなかった訳だから、殺してはいないんですけど、でも殺そうと言う意志があって、俺達四人の中では殺したと言う認識を持っていたはずなんです」

「夏樹からは聞いていないが、お前の記憶違いじゃないのか? 現に今まで忘れていた事だろ?」

「だから何で忘れていたのかは分からないんですけど。この間の映像だってそうです。今まで忘れていたんです。でもあんな映像が残っていて、俺の中で当時の記憶が甦りました。だから先生を殺した事も忘れていてもおかしくないなって」

「分かったよ。だけどお前達四人は小学生だった。それが今回の小林殺しにどう繋がるんだ?」

 普段ならギロリと大きく見開くはずの安原の目が、どこか遠くを見るように細くなっている。

「同じなんです。状況が。雨の日の歩道橋の踊り場。俺が最後に先生を見たのは、土砂降りの雨の中、歩道橋の踊り場に倒れた姿です」

 こんな時、当時の映像がフラッシュバックしてもよさそうなものだが、脳裏に浮かぶ映像はなかった。

——雨の日の歩道橋。

 言葉では思い出せるがやはり映像にはならない。思い出せる映像は小林の死体が片付けられた後の歩道橋の踊り場だけだ。

 安原はまた夏樹に確認をするのだろうか。

 夏樹の意見と照合し、四人の中の誰かが犯人であると言うに繋げるのだろうか。
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