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24 平成十三年 大悲殿
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八月に入って二週目の月曜日。登校日の日の朝、ハルとナッチとタカちゃんとヨッシーは二週間ぶりに顔を合わせた。だけど二週間前の事は誰も口にする事はなかった。
『おはよう』と、挨拶を交わしただけで、それぞれに別の友達と夏休みに入ってからの事を話していた。
体育館に全校生徒呼ばれての集会。それとホームルームだけで終わった登校日。みんなが帰り支度を始め、席を立ち始めた頃、ハルとナッチとタカちゃんとヨッシーは順に小林先生に肩を叩かれた。
「次の日曜日にまた遊びにおいで、同じ時間に」
肩を叩かれたナッチは顔を上げる事が出来なかった。肩を叩いたその手に尻から太腿、そして股間を触られた感触が湧き上がる。気配が消えてゆっくりとナッチが顔を上げると、先生はヨッシーの肩を叩いていた。
「ハル…」
苦手ではあるがこんな時、頼りになるのはハルしかいないとナッチは目で追った。
「ちょっと話があるんだけど」
ナッチの声に反応した訳ではなかったが、ハルがナッチとタカちゃんとヨッシーを呼び止める。
「ここじゃ話せないから、どっか行こうぜ」
ハルに続くタカちゃんとヨッシーにナッチは続いた。他のクラスメイトがハルやタカちゃんやヨッシーに声を掛けていたけど三人はそれを振り切っている。そんなクラスメイトを振り切って四人で校門を抜けた時、ようやくハルが振り返って口を開いた。
「次の日曜、また先生の家に来いって言われたんだけど」
「俺もだよ」
「俺も」
「僕も」
切り出したハルにタカちゃんとヨッシーが続いたのでナッチもそれに続いた。
「なあ、みんなどうする? 行くのか?」
「またこの間みたいな事になるよ」
学校から一番近いコンビニの駐車場。立ち止まったハルに続いて足を止める。駐車場にしゃがみ込んだ三人。先生の手の感触を思い出しながら、ナッチも三人に並んでしゃがむ。
「もうこの間みたいな事は嫌だよ」
珍しくナッチは最初に口を開いていた。
「でも先生の言う事聞かなかったら、問題になるよ」
ナッチの言葉に応じたヨッシーにハルがに応える。
「俺、考えたんだ。とりあえず四人で待ち合わせして、先生には駅前かどこかに迎えに来てもらおう。そして何の用か聞こうぜ。外で用が済むなら、済ませてもらって、先生の家には行かない」
「そんな簡単な事でいいのかな?」
口を挟んだタカちゃんの顔は明らかに不機嫌そのもので、その不機嫌さがハルを苛立たせていた。
「それじゃ、どうするんだよ!」
ハルのが声を荒くなった事に、ナッチは体を強張らせた。
「どうって? 分からないけど。でも、小林先生がいる限り、この前みたいな事が起こってもおかしくないだろ? ナッチはもう嫌なんだよね? この前みたいな」
タカちゃんの言葉にナッチは顔を歪めた。
——小林先生なんて、死んじゃえばいいのに。
耳を掠めた誰かの声。ナッチはげ恐る恐る顔を上げ、三人の様子を窺った。
だけど三人の耳にも同じ声が聞こえていたようだ。お互いの顔を見合わせるハルとヨッシーとタカちゃん。そして疑うような目をナッチに三人が向けた時、『僕じゃない』と、訴えるようにナッチは大きく首を振った。
日曜日の朝に考えればいい事と、放り出していた事をナッチは思い出した。夏休みに入って、毎日休んではいるけど、今日は日曜日だ。
四人で話はしたけど、先生の所に行くのか行かないのか、その答えは出なかった。答えが出ないまま三人と別れていたから、先生の所に行くか行かないかは、ナッチ自身で決めなくてはいけない。だけど一人で答えなんか出せないから、日曜日の朝に考えればいい事と放り投げていた。
アギトが終わったけど、母さんはまだ寝ている。夕方まで起きない事も知っている。カーテンをそっと開けてみる。昨日も一昨日も雨なんて降っていなかったのに、どうして今日は降っているんだろうか。
ナッチがカーテンの隙間から見た空は灰色で、白い線に見える雨を降らせていた。
三人が先生の家に行くかどうかは分からない。だけどもし三人が行って、自分だけが行かなかったらどうなるんだろう? ナッチはコップを洗いながら考えていた。
とりあえず駅に行って誰かを待ってみよう。もし十一時になっても誰も来なければ家に帰って来よう。手にしたコップは必要以上に泡だらけになっている。ナッチは慌ててコップの泡を洗い流した。
テレビの左上の時計が十時を回ったのを確認してナッチは家を出た。
カーテンの隙間から見えた白い線のような雨が、今は小さな傘の上、大きな音を立てている。ナッチは小さな歩幅で傘から体と足がはみ出ないようゆっくり駅までの道を歩いた。
家にずっと居ても夏休みの宿題以外する事がない。じっと暗い部屋の中でおとなしくしているよりは雨の中だって外にいる方がいい。
阿佐ヶ谷の駅に着いて、北口の一角で足を止めてナッチは傘を畳んだ。三週間前を思い出しながら同じ行動を取る。そうすれば三週間前と同じようにハルとタカちゃんとヨッシーが順に来るような気がしていた。
「あ、ナッチ来てたんだ」
声に振り返るとタカちゃんとヨッシーが立っていた。三週間前はハルが最初だったのにと、頭に浮かんだけど、二人が三週間前と同じように、一つの傘に入って現れた事に、ナッチは何故か少しだけほっとしていた。
「タカちゃんとヨッシーも来たんだね」
「ヨッシーが家まで迎えに来たから、来るしかないだろ」
ヨッシーがバタバタと振った傘の雫がナッチの足にかかる。
「あ、冷たい」
思わずナッチが声を上げる。だけどヨッシーは構う事なく、傘をバタバタと振っている。
「なんだよ、これくらい。俺なんかもう全身びっしょりなんだ。パンツまでびっしょり!」
傘を畳み終わったヨッシーが不機嫌な声を上げる。
「二人で傘が一つなんだし、びしょ濡れになるよ。タカちゃんの傘、壊れているんだよね?」
ナッチはタカちゃんに言ったつもりだったけど、何故かヨッシーが困った顔を作る。
「ハルは来てないんだ。あっ!」
何かを誤魔化すように、ハルの名前を口にしたヨッシーが大きな声を上げる。
「お前らまたびしょ濡れじゃないか」
タカちゃんとヨッシーの姿を見て呆れた声が、ハルの第一声だった。三人が来る順番は違ったけど、全員が十一時までに駅に来た事。ナッチの顔は安心に溢れていた。
「タカちゃんとヨッシー。またなんでびしょ濡れなの? そんな姿で先生の所行ったら、また裸にされんじゃん!」
何気ないハルの言葉に、ナッチは三週間前を思い出した。ヨッシーは声を出さずに口だけを開いて固まっている。タカちゃんは無表情だ。何気なく言ったはずのハルの顔も強張っている。
「で、どうするんだ?」
強張らせた顔に苛立ちを覗かせて、ハルがタカちゃんとヨッシーに悪態をつく。
「しょうがないだろ! 濡れたんだから!」
無表情だったタカちゃんの顔と声がハルに同調する。
「それじゃどうするんだよ!」
二人の苛立ちがヨッシーにまで伝染したようで、ナッチは安心に溢れた顔を一瞬にして困らせた。
「とりあえずどうするか四人で話合うしかないだろ?」
「話合うって?」
「だから、これから先生の所へ行くのか? でも行ったらこの前と同じだろ。だからどうするか」
「ここで話合うの?」
主導を握るハルとそれに答えるヨッシー。タカちゃんはまた黙ってしまったけど、二人の言葉をしっかりと聞いている様子だった。
「それじゃ違う場所に移動すればいいだろ」
ハルが傘を開く。それに続いてヨッシーも傘を開く。ナッチも慌てて手にした傘を開いた。
違う場所と言っても、それがどこなのか誰も分かっていない。だけど歩き出した三人に続くしか、ナッチには出来ない。すると大きな道を駅から真っ直ぐ歩いた所でハルが足を止めた。
「ここでいいんじゃないのか。屋根があるし」
足を止めたハルが指を差す。地面を見ながら歩いていたナッチは、その指の先を見上げた。お寺なのか、神社なのか。古いお堂のような建物だった。
ナッチがぼーっと大きな建物を見上げていると、三人は既に歩道のすぐ脇にある木の階段を上っていた。ナッチも三人に続いて階段を上る。
ハルとヨッシーが傘を畳んだのを見て、ナッチも傘を畳む。心配になって上を見上げると、そこには木で出来た大きな屋根があった。屋根の下に大きな字が書かれていたけど、一番目の字はまだ習っていない漢字だった。
〈悲〉と〈大〉。まだ習っていない漢字は飛ばして、二つの漢字をナッチは見上げた。
「それでどうするんだ? 先生の所に行くのか? 行かないのか?」
「俺は行かない」
タカちゃんがすぐに意志表示をした事にナッチは驚いた。自分と同じようにハルとヨッシーに任せて付いてきているだけだと思っていたタカちゃんの意志。
「行かなくてどうするんだよ!」
「でも、行ったらどうなるか分かっているだろ」
「ナッチは? ナッチはどうしたい?」
「僕は、僕は三人と一緒にする」
「本当に人任せだな!」
ハルの強い言葉に、何か考えないといけないと、ナッチは頭を捻ってみた。だけど捻ってみたところで何かが浮かぶはずはなかった。
「ごめん」
小さく謝るナッチに、ハルがチッと舌を鳴らしている。
「先生の所には行かない。でも行かないってちゃんと言おう。それでいいだろ?」
ハルの提案にナッチは頷いた。だけど先生の所には行かないけど、行かない事をどうやって伝えるんだろう。
「ここは遊ぶ所じゃないよ!」
階段の一番上に座っていたところに、おっかない女の人の声が飛んできた。
ナッチはビクッと体を震わせるだけだったが、隣のハルとヨッシーはその声に立ち上がっていた。
「ここは観音様を祀っているお堂なの。お寺なの。分かる?」
母さんよりもっと歳を取った太った女の人に睨まれて、ナッチも同じように立ち上がった。反対側でタカちゃんもゆっくりと立ち上がっている。
「すみません。雨が強かったので、少し休憩していました。今すぐ出ます」
ハルの言葉があまりにも優等生だったからか、太った女の人の顔は柔らかくなっていた。
「すみませんでした」
ヨッシーが開いた傘にタカちゃんが並ぶ。ナッチも太った女の人に小さく首を振って三人に続いた。
『おはよう』と、挨拶を交わしただけで、それぞれに別の友達と夏休みに入ってからの事を話していた。
体育館に全校生徒呼ばれての集会。それとホームルームだけで終わった登校日。みんなが帰り支度を始め、席を立ち始めた頃、ハルとナッチとタカちゃんとヨッシーは順に小林先生に肩を叩かれた。
「次の日曜日にまた遊びにおいで、同じ時間に」
肩を叩かれたナッチは顔を上げる事が出来なかった。肩を叩いたその手に尻から太腿、そして股間を触られた感触が湧き上がる。気配が消えてゆっくりとナッチが顔を上げると、先生はヨッシーの肩を叩いていた。
「ハル…」
苦手ではあるがこんな時、頼りになるのはハルしかいないとナッチは目で追った。
「ちょっと話があるんだけど」
ナッチの声に反応した訳ではなかったが、ハルがナッチとタカちゃんとヨッシーを呼び止める。
「ここじゃ話せないから、どっか行こうぜ」
ハルに続くタカちゃんとヨッシーにナッチは続いた。他のクラスメイトがハルやタカちゃんやヨッシーに声を掛けていたけど三人はそれを振り切っている。そんなクラスメイトを振り切って四人で校門を抜けた時、ようやくハルが振り返って口を開いた。
「次の日曜、また先生の家に来いって言われたんだけど」
「俺もだよ」
「俺も」
「僕も」
切り出したハルにタカちゃんとヨッシーが続いたのでナッチもそれに続いた。
「なあ、みんなどうする? 行くのか?」
「またこの間みたいな事になるよ」
学校から一番近いコンビニの駐車場。立ち止まったハルに続いて足を止める。駐車場にしゃがみ込んだ三人。先生の手の感触を思い出しながら、ナッチも三人に並んでしゃがむ。
「もうこの間みたいな事は嫌だよ」
珍しくナッチは最初に口を開いていた。
「でも先生の言う事聞かなかったら、問題になるよ」
ナッチの言葉に応じたヨッシーにハルがに応える。
「俺、考えたんだ。とりあえず四人で待ち合わせして、先生には駅前かどこかに迎えに来てもらおう。そして何の用か聞こうぜ。外で用が済むなら、済ませてもらって、先生の家には行かない」
「そんな簡単な事でいいのかな?」
口を挟んだタカちゃんの顔は明らかに不機嫌そのもので、その不機嫌さがハルを苛立たせていた。
「それじゃ、どうするんだよ!」
ハルのが声を荒くなった事に、ナッチは体を強張らせた。
「どうって? 分からないけど。でも、小林先生がいる限り、この前みたいな事が起こってもおかしくないだろ? ナッチはもう嫌なんだよね? この前みたいな」
タカちゃんの言葉にナッチは顔を歪めた。
——小林先生なんて、死んじゃえばいいのに。
耳を掠めた誰かの声。ナッチはげ恐る恐る顔を上げ、三人の様子を窺った。
だけど三人の耳にも同じ声が聞こえていたようだ。お互いの顔を見合わせるハルとヨッシーとタカちゃん。そして疑うような目をナッチに三人が向けた時、『僕じゃない』と、訴えるようにナッチは大きく首を振った。
日曜日の朝に考えればいい事と、放り出していた事をナッチは思い出した。夏休みに入って、毎日休んではいるけど、今日は日曜日だ。
四人で話はしたけど、先生の所に行くのか行かないのか、その答えは出なかった。答えが出ないまま三人と別れていたから、先生の所に行くか行かないかは、ナッチ自身で決めなくてはいけない。だけど一人で答えなんか出せないから、日曜日の朝に考えればいい事と放り投げていた。
アギトが終わったけど、母さんはまだ寝ている。夕方まで起きない事も知っている。カーテンをそっと開けてみる。昨日も一昨日も雨なんて降っていなかったのに、どうして今日は降っているんだろうか。
ナッチがカーテンの隙間から見た空は灰色で、白い線に見える雨を降らせていた。
三人が先生の家に行くかどうかは分からない。だけどもし三人が行って、自分だけが行かなかったらどうなるんだろう? ナッチはコップを洗いながら考えていた。
とりあえず駅に行って誰かを待ってみよう。もし十一時になっても誰も来なければ家に帰って来よう。手にしたコップは必要以上に泡だらけになっている。ナッチは慌ててコップの泡を洗い流した。
テレビの左上の時計が十時を回ったのを確認してナッチは家を出た。
カーテンの隙間から見えた白い線のような雨が、今は小さな傘の上、大きな音を立てている。ナッチは小さな歩幅で傘から体と足がはみ出ないようゆっくり駅までの道を歩いた。
家にずっと居ても夏休みの宿題以外する事がない。じっと暗い部屋の中でおとなしくしているよりは雨の中だって外にいる方がいい。
阿佐ヶ谷の駅に着いて、北口の一角で足を止めてナッチは傘を畳んだ。三週間前を思い出しながら同じ行動を取る。そうすれば三週間前と同じようにハルとタカちゃんとヨッシーが順に来るような気がしていた。
「あ、ナッチ来てたんだ」
声に振り返るとタカちゃんとヨッシーが立っていた。三週間前はハルが最初だったのにと、頭に浮かんだけど、二人が三週間前と同じように、一つの傘に入って現れた事に、ナッチは何故か少しだけほっとしていた。
「タカちゃんとヨッシーも来たんだね」
「ヨッシーが家まで迎えに来たから、来るしかないだろ」
ヨッシーがバタバタと振った傘の雫がナッチの足にかかる。
「あ、冷たい」
思わずナッチが声を上げる。だけどヨッシーは構う事なく、傘をバタバタと振っている。
「なんだよ、これくらい。俺なんかもう全身びっしょりなんだ。パンツまでびっしょり!」
傘を畳み終わったヨッシーが不機嫌な声を上げる。
「二人で傘が一つなんだし、びしょ濡れになるよ。タカちゃんの傘、壊れているんだよね?」
ナッチはタカちゃんに言ったつもりだったけど、何故かヨッシーが困った顔を作る。
「ハルは来てないんだ。あっ!」
何かを誤魔化すように、ハルの名前を口にしたヨッシーが大きな声を上げる。
「お前らまたびしょ濡れじゃないか」
タカちゃんとヨッシーの姿を見て呆れた声が、ハルの第一声だった。三人が来る順番は違ったけど、全員が十一時までに駅に来た事。ナッチの顔は安心に溢れていた。
「タカちゃんとヨッシー。またなんでびしょ濡れなの? そんな姿で先生の所行ったら、また裸にされんじゃん!」
何気ないハルの言葉に、ナッチは三週間前を思い出した。ヨッシーは声を出さずに口だけを開いて固まっている。タカちゃんは無表情だ。何気なく言ったはずのハルの顔も強張っている。
「で、どうするんだ?」
強張らせた顔に苛立ちを覗かせて、ハルがタカちゃんとヨッシーに悪態をつく。
「しょうがないだろ! 濡れたんだから!」
無表情だったタカちゃんの顔と声がハルに同調する。
「それじゃどうするんだよ!」
二人の苛立ちがヨッシーにまで伝染したようで、ナッチは安心に溢れた顔を一瞬にして困らせた。
「とりあえずどうするか四人で話合うしかないだろ?」
「話合うって?」
「だから、これから先生の所へ行くのか? でも行ったらこの前と同じだろ。だからどうするか」
「ここで話合うの?」
主導を握るハルとそれに答えるヨッシー。タカちゃんはまた黙ってしまったけど、二人の言葉をしっかりと聞いている様子だった。
「それじゃ違う場所に移動すればいいだろ」
ハルが傘を開く。それに続いてヨッシーも傘を開く。ナッチも慌てて手にした傘を開いた。
違う場所と言っても、それがどこなのか誰も分かっていない。だけど歩き出した三人に続くしか、ナッチには出来ない。すると大きな道を駅から真っ直ぐ歩いた所でハルが足を止めた。
「ここでいいんじゃないのか。屋根があるし」
足を止めたハルが指を差す。地面を見ながら歩いていたナッチは、その指の先を見上げた。お寺なのか、神社なのか。古いお堂のような建物だった。
ナッチがぼーっと大きな建物を見上げていると、三人は既に歩道のすぐ脇にある木の階段を上っていた。ナッチも三人に続いて階段を上る。
ハルとヨッシーが傘を畳んだのを見て、ナッチも傘を畳む。心配になって上を見上げると、そこには木で出来た大きな屋根があった。屋根の下に大きな字が書かれていたけど、一番目の字はまだ習っていない漢字だった。
〈悲〉と〈大〉。まだ習っていない漢字は飛ばして、二つの漢字をナッチは見上げた。
「それでどうするんだ? 先生の所に行くのか? 行かないのか?」
「俺は行かない」
タカちゃんがすぐに意志表示をした事にナッチは驚いた。自分と同じようにハルとヨッシーに任せて付いてきているだけだと思っていたタカちゃんの意志。
「行かなくてどうするんだよ!」
「でも、行ったらどうなるか分かっているだろ」
「ナッチは? ナッチはどうしたい?」
「僕は、僕は三人と一緒にする」
「本当に人任せだな!」
ハルの強い言葉に、何か考えないといけないと、ナッチは頭を捻ってみた。だけど捻ってみたところで何かが浮かぶはずはなかった。
「ごめん」
小さく謝るナッチに、ハルがチッと舌を鳴らしている。
「先生の所には行かない。でも行かないってちゃんと言おう。それでいいだろ?」
ハルの提案にナッチは頷いた。だけど先生の所には行かないけど、行かない事をどうやって伝えるんだろう。
「ここは遊ぶ所じゃないよ!」
階段の一番上に座っていたところに、おっかない女の人の声が飛んできた。
ナッチはビクッと体を震わせるだけだったが、隣のハルとヨッシーはその声に立ち上がっていた。
「ここは観音様を祀っているお堂なの。お寺なの。分かる?」
母さんよりもっと歳を取った太った女の人に睨まれて、ナッチも同じように立ち上がった。反対側でタカちゃんもゆっくりと立ち上がっている。
「すみません。雨が強かったので、少し休憩していました。今すぐ出ます」
ハルの言葉があまりにも優等生だったからか、太った女の人の顔は柔らかくなっていた。
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