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第1章:序章 ― 臨危の知見
第1話「ネット深淵の偶発」
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間二屋宅男は、午前三時のパソコンの画面に向かって眉をひそめていた。
六畳一間のアパートには、積み上げられたライトノベルの山と、開封済みのフィギュアがひしめき合っている。コンビニ弁当の空き容器が机の端に放置され、ペットボトルのお茶が微妙に温くなっていた。二十六歳になったばかりの宅男にとって、この時間帯は最も集中できる「黄金時間」だった。
「また荒らしか……」
掲示板『深層探査』の常連である宅男は、普段なら陰謀論めいたスレッドを冷笑して通り過ぎる。しかし今夜目にしたスレッドは、いつもの与太話とは明らかに様子が違っていた。
『【緊急】対日核攻撃計画の内部情報【拡散希望】』
タイトルからして胡散臭いが、中身を読み進めると妙にリアルな数値や座標が並んでいる。発射予定地点、弾道計算、迎撃困難な軌道設計――普通の愉快犯が思いつくような内容ではない。
「これ、本物なのか……?」
宅男の手が微かに震えた。彼は軍事系のライトノベルを愛読しており、ミサイル防衛システムについてもそれなりの知識を持っている。だからこそ、この書き込みの技術的精度の高さが分かってしまうのだ。
書き込み主のハンドルネームは『DeepThroat2024』。アカウント作成は三日前で、この投稿が初回だった。IPアドレスも巧妙に隠蔽されている。
「おい、これマジで大丈夫なのか?」
宅男は独り言をつぶやきながら、スレッドを何度も読み返した。発射予定日は十日後。標的は東京湾岸エリア。使用される核弾頭の種類まで詳細に記されている。
普通なら「また馬鹿が騒いでる」で済ませるところだが、宅男の中で警鐘が鳴り続けていた。彼が愛読する軍事技術系のライトノベル『鋼鉄の防壁』に出てくる攻撃パターンと、このリークの内容があまりにも酷似していたのだ。
「まさか、な……」
彼は慌ててブラウザの別タブを開き、防衛省や海上自衛隊の公式サイトを確認した。当然ながら、このようなリーク情報に関する発表は一切ない。だが、よく見ると三日前から「定期訓練の実施について」という告知が増えている。
「偶然か……?」
宅男がそう呟いた瞬間、掲示板に新しい書き込みが現れた。
『348 名前:森下優斗◆Press2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:15:42 ID:abc123def
DeepThroat2024さん、これ本当ですか?
フリー記者として裏を取りたいのですが、ソースを教えていただけませんか?』
宅男の心臓が跳ね上がった。記者が食いついている。しかもハンドルネームに「Press」と入れているということは、本職の可能性が高い。
『349 名前:DeepThroat2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:17:12 ID:xyz789ghi
ソースは言えない。信じるか信じないかは君たち次第。
ただし、これを放置すれば確実に犠牲者が出る。』
『350 名前:間二屋宅男◆Otaku_Takuo 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:18:55 ID:mno456pqr
森下さん、僕も同じこと考えてました。
このミサイル諸元、軍事技術的に見て妙にリアルすぎます。』
宅男は咄嗟に書き込んでしまった。普段は名無しで潜伏している彼が、思わず固定ハンドルを使ってしまったのだ。
『351 名前:森下優斗◆Press2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:20:31 ID:abc123def
宅男さん、軍事知識おありなんですか?
よろしければプライベートメッセージで情報交換しませんか?』
「え、まじで……」
宅男は慌てた。彼の軍事知識といっても、所詮はライトノベルとネット検索で得た付け焼き刃である。それでも、この状況を見過ごすわけにはいかないという気持ちが勝った。
彼は森下にプライベートメッセージを送った。
『宅男です。正直言って、僕の知識はオタク的なものですが、このリークの技術仕様があまりにも具体的で気になっています。森下さんは記者ということですが、どちらの媒体でしょうか?』
返信は即座に来た。
『フリーランスの森下です。大手メディアでは扱えないネタを専門にしています。宅男さんの分析、とても興味深いです。よろしければ明日、都内のカフェでお会いしませんか?ネットだけでは限界があります。』
宅男は躊躇した。ネット越しの会話は得意だが、リアルで人と会うのは苦手だ。しかし、このリーク情報の重大性を考えると、逃げているわけにはいかない。
『分かりました。ただし、人の多い場所で。午後二時、渋谷のスターバックス・センター街店でいかがですか?』
『了解です。お互い、明日までに情報を整理しましょう。僕の方でも裏を取れる部分は調べてみます。』
チャットウィンドウを閉じた後、宅男は深いため息をついた。パソコンの画面には、まだあの恐ろしいリーク情報が表示されている。
「本当にこんなことが起こりうるのか……?」
彼は立ち上がって、本棚からお気に入りの軍事系ライトノベルを取り出した。『異世界転移した元自衛官の最強防衛戦略』という作品で、主人公が現代兵器の知識を異世界で活用する話だ。
「まさか逆パターンが現実で起こるなんて……」
宅男は本をパラパラとめくりながら、ふと奇妙な符合に気づいた。この小説に登場する「異世界帰還者」たちは、現代日本に戻ってきた後、それぞれ特殊な能力を持っていた。魔法、超人的な戦闘技術、不可思議なアイテム……
「もしかして……」
彼は慌ててパソコンに戻り、新しい検索を開始した。『異世界帰還者 実在 日本』というキーワードで検索すると、驚くほど多くの情報がヒットした。都市伝説サイト、匿名証言、目撃情報――どれも胡散臭いものばかりだが、あまりにも数が多い。
「これも偶然か……?」
午前四時を過ぎた頃、宅男は疲れ果ててベッドに倒れ込んだ。しかし眠ることはできなかった。頭の中で様々な可能性が駆け巡っている。
もしリーク情報が本物だとしたら、十日後に日本は核攻撃を受ける。政府や自衛隊がそれを把握しているかは不明だが、少なくとも表向きには動きを見せていない。
そして、もし異世界帰還者が実在するとしたら――彼らの力が、この危機を回避する唯一の手段になるかもしれない。
「まさか、俺がそんな大それたことを……」
宅男は天井を見上げながら苦笑した。二十六歳の無職に近いオタクが、国家的危機を前にして何ができるというのか。
しかし、諦めるにはあまりにも事態が深刻すぎた。明日、森下優斗という記者と会って、もう少し情報を集めてみよう。それが現時点で彼にできる唯一のことだった。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み始めた頃、宅男はようやく浅い眠りについた。夢の中で、彼は巨大なミサイルが東京の空に向かって飛来する光景を見た。そして、その前に立ちはだかる六人の人影を――。
目覚めた時、宅男は確信していた。これは単なる悪い夢ではない。現実に起こりうる未来の一片なのだと。
携帯電話のアラームが午後一時を告げた時、彼は重い腰を上げて外出の準備を始めた。今日から、彼の人生は大きく変わることになるだろう。それが良い方向なのか悪い方向なのかは、まだ誰にも分からなかった。
第1話 終わり
六畳一間のアパートには、積み上げられたライトノベルの山と、開封済みのフィギュアがひしめき合っている。コンビニ弁当の空き容器が机の端に放置され、ペットボトルのお茶が微妙に温くなっていた。二十六歳になったばかりの宅男にとって、この時間帯は最も集中できる「黄金時間」だった。
「また荒らしか……」
掲示板『深層探査』の常連である宅男は、普段なら陰謀論めいたスレッドを冷笑して通り過ぎる。しかし今夜目にしたスレッドは、いつもの与太話とは明らかに様子が違っていた。
『【緊急】対日核攻撃計画の内部情報【拡散希望】』
タイトルからして胡散臭いが、中身を読み進めると妙にリアルな数値や座標が並んでいる。発射予定地点、弾道計算、迎撃困難な軌道設計――普通の愉快犯が思いつくような内容ではない。
「これ、本物なのか……?」
宅男の手が微かに震えた。彼は軍事系のライトノベルを愛読しており、ミサイル防衛システムについてもそれなりの知識を持っている。だからこそ、この書き込みの技術的精度の高さが分かってしまうのだ。
書き込み主のハンドルネームは『DeepThroat2024』。アカウント作成は三日前で、この投稿が初回だった。IPアドレスも巧妙に隠蔽されている。
「おい、これマジで大丈夫なのか?」
宅男は独り言をつぶやきながら、スレッドを何度も読み返した。発射予定日は十日後。標的は東京湾岸エリア。使用される核弾頭の種類まで詳細に記されている。
普通なら「また馬鹿が騒いでる」で済ませるところだが、宅男の中で警鐘が鳴り続けていた。彼が愛読する軍事技術系のライトノベル『鋼鉄の防壁』に出てくる攻撃パターンと、このリークの内容があまりにも酷似していたのだ。
「まさか、な……」
彼は慌ててブラウザの別タブを開き、防衛省や海上自衛隊の公式サイトを確認した。当然ながら、このようなリーク情報に関する発表は一切ない。だが、よく見ると三日前から「定期訓練の実施について」という告知が増えている。
「偶然か……?」
宅男がそう呟いた瞬間、掲示板に新しい書き込みが現れた。
『348 名前:森下優斗◆Press2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:15:42 ID:abc123def
DeepThroat2024さん、これ本当ですか?
フリー記者として裏を取りたいのですが、ソースを教えていただけませんか?』
宅男の心臓が跳ね上がった。記者が食いついている。しかもハンドルネームに「Press」と入れているということは、本職の可能性が高い。
『349 名前:DeepThroat2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:17:12 ID:xyz789ghi
ソースは言えない。信じるか信じないかは君たち次第。
ただし、これを放置すれば確実に犠牲者が出る。』
『350 名前:間二屋宅男◆Otaku_Takuo 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:18:55 ID:mno456pqr
森下さん、僕も同じこと考えてました。
このミサイル諸元、軍事技術的に見て妙にリアルすぎます。』
宅男は咄嗟に書き込んでしまった。普段は名無しで潜伏している彼が、思わず固定ハンドルを使ってしまったのだ。
『351 名前:森下優斗◆Press2024 投稿日:202X/XX/XX(月) 03:20:31 ID:abc123def
宅男さん、軍事知識おありなんですか?
よろしければプライベートメッセージで情報交換しませんか?』
「え、まじで……」
宅男は慌てた。彼の軍事知識といっても、所詮はライトノベルとネット検索で得た付け焼き刃である。それでも、この状況を見過ごすわけにはいかないという気持ちが勝った。
彼は森下にプライベートメッセージを送った。
『宅男です。正直言って、僕の知識はオタク的なものですが、このリークの技術仕様があまりにも具体的で気になっています。森下さんは記者ということですが、どちらの媒体でしょうか?』
返信は即座に来た。
『フリーランスの森下です。大手メディアでは扱えないネタを専門にしています。宅男さんの分析、とても興味深いです。よろしければ明日、都内のカフェでお会いしませんか?ネットだけでは限界があります。』
宅男は躊躇した。ネット越しの会話は得意だが、リアルで人と会うのは苦手だ。しかし、このリーク情報の重大性を考えると、逃げているわけにはいかない。
『分かりました。ただし、人の多い場所で。午後二時、渋谷のスターバックス・センター街店でいかがですか?』
『了解です。お互い、明日までに情報を整理しましょう。僕の方でも裏を取れる部分は調べてみます。』
チャットウィンドウを閉じた後、宅男は深いため息をついた。パソコンの画面には、まだあの恐ろしいリーク情報が表示されている。
「本当にこんなことが起こりうるのか……?」
彼は立ち上がって、本棚からお気に入りの軍事系ライトノベルを取り出した。『異世界転移した元自衛官の最強防衛戦略』という作品で、主人公が現代兵器の知識を異世界で活用する話だ。
「まさか逆パターンが現実で起こるなんて……」
宅男は本をパラパラとめくりながら、ふと奇妙な符合に気づいた。この小説に登場する「異世界帰還者」たちは、現代日本に戻ってきた後、それぞれ特殊な能力を持っていた。魔法、超人的な戦闘技術、不可思議なアイテム……
「もしかして……」
彼は慌ててパソコンに戻り、新しい検索を開始した。『異世界帰還者 実在 日本』というキーワードで検索すると、驚くほど多くの情報がヒットした。都市伝説サイト、匿名証言、目撃情報――どれも胡散臭いものばかりだが、あまりにも数が多い。
「これも偶然か……?」
午前四時を過ぎた頃、宅男は疲れ果ててベッドに倒れ込んだ。しかし眠ることはできなかった。頭の中で様々な可能性が駆け巡っている。
もしリーク情報が本物だとしたら、十日後に日本は核攻撃を受ける。政府や自衛隊がそれを把握しているかは不明だが、少なくとも表向きには動きを見せていない。
そして、もし異世界帰還者が実在するとしたら――彼らの力が、この危機を回避する唯一の手段になるかもしれない。
「まさか、俺がそんな大それたことを……」
宅男は天井を見上げながら苦笑した。二十六歳の無職に近いオタクが、国家的危機を前にして何ができるというのか。
しかし、諦めるにはあまりにも事態が深刻すぎた。明日、森下優斗という記者と会って、もう少し情報を集めてみよう。それが現時点で彼にできる唯一のことだった。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み始めた頃、宅男はようやく浅い眠りについた。夢の中で、彼は巨大なミサイルが東京の空に向かって飛来する光景を見た。そして、その前に立ちはだかる六人の人影を――。
目覚めた時、宅男は確信していた。これは単なる悪い夢ではない。現実に起こりうる未来の一片なのだと。
携帯電話のアラームが午後一時を告げた時、彼は重い腰を上げて外出の準備を始めた。今日から、彼の人生は大きく変わることになるだろう。それが良い方向なのか悪い方向なのかは、まだ誰にも分からなかった。
第1話 終わり
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