オタク司令塔と六人の帰還英雄~日本を救う最終迎撃作戦~

K2画家・唯

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第4章:チーム結成と試験運用

第19話「信頼再構築」

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雨が窓を叩く音が、会議室の静寂を際立たせていた。都内の合同会議室は演習場に隣接した臨時施設で、質素な蛍光灯がときおりちらつき、不安定な光を投げかけている。夜の十時を過ぎていたが、緊急会議のため全員が集まっていた。

間二屋宅男は手に持ったノートを見つめながら、重い空気を感じていた。昨夜の偽装ブローカー事件以来、チーム内の緊張は高まっている。特に根黒凪に対する不信と警戒が露骨になっていた。

会議室のドアが静かに開き、凪が影渡りではなく普通に歩いて入ってきた。皮肉な笑みを浮かべながら、空いている椅子を見回す。全員の視線が彼女に集中していることを、彼女は十分に理解していた。

「随分と盛大なお出迎えね」凪が椅子に座りながら呟く。「まるで犯罪者の取り調べみたい」

早川修一が資料を整理しながら口を開いた。

「昨夜の件について、今後の対応を協議したく思います」

「私が売国奴になりかけたって話?」凪の声に棘がある。「それとも、チームに裏切り者がいるから監視を強化するって話?」

宅男が慌てて割り込んだ。

「そういうことじゃありません。ただ、情報管理の体制を整える必要があって—」

「体制ね」凪が鼻で笑う。「要するに私を信用できないから、監視するってことでしょ」

早川が冷静に説明を始めた。

「リスク管理の観点から、二重チェック体制の導入を提案します。外部との接触は必ず第三者の立ち会いを必須とし、交替制の監視システムを構築する。そして正規窓口以外の接触は一切禁止とします」

「監視チーム、ね」凪が腕組みをする。「私だけが対象? それとも全員?」

「当面は、あなたが最優先です」早川が率直に答える。

「正直で結構」凪が皮肉な笑みを浮かべる。「死人は裏切らない。だが俺は生きている。だから疑うんだろ」

雨音が一段と激しくなった。窓の外では街灯の光が水滴に反射し、揺らめいている。会議室内の空気は重く、息を呑むような静寂が続いた。

森下優斗が手を挙げた。前夜の囮役の疲労が顔に残っているが、目には強い意志が宿っている。

「一つ言わせてください」

「どうぞ」宅男が促す。

「市民の立場から見れば、凪さんの力は確かに恐ろしいです。影渡り、死者操作、暗殺技術。どれも一般人には理解しがたい能力です」

凪が眉をひそめる。

「それで? だから排除しろと?」

「いえ、逆です」森下がきっぱりと答える。「だからこそ必要なんです。核ミサイル迎撃という異常事態に対処するには、異常な力が必要です。凪さんの能力なしでは、作戦の成功率は大幅に下がるでしょう」

「随分と買いかぶりね」

「事実です」森下が力強く続ける。「昨夜も、あなたがいなければ偽装ブローカーを見抜くのに時間がかかったかもしれない。そして何より」

森下は一呼吸置いてから言った。

「あなたは私を守ってくれた。影の力で相手を威嚇し、危険を回避してくれた」

凪の表情が微かに変わった。皮肉な笑みが薄れ、複雑な表情になる。

米田美咲が発言を求めた。

「実務的な提案があります」

「はい」宅男が頷く。

「監視は縛るためのものではなく、緊急時のバックアップとして機能させるべきです。安全の網、とでも言いましょうか」

米田は図表を取り出して説明を続けた。

「交替制の連絡システムを構築し、常に二人以上で行動する。ただし、これは凪さんの行動を制限するのではなく、何かあった時の支援体制を整えるためです」

「つまり?」凪が問い返す。

「あなたが危険にさらされた時、即座に救援を送れる体制です。昨夜のような偽装工作員が再び現れても、必ず味方が駆けつけます」

宅男が立ち上がった。手に持ったノートを見つめてから、全員を見回す。

「俺から一つ、お願いがあります」

会議室の空気が変わった。雨音だけが静寂を破っている。

「疑うことと捨てることは違います」宅男の声に力がこもる。「俺は誰も切り捨てない。それが俺の方針です」

凪が宅男を見据える。

「綺麗事ね」

「綺麗事上等です」宅男が応じる。「でも、現実的な問題も理解しています。凪さんの力は強大で、使い方次第では危険です。だからこそ、監視ではなく支援の体制が必要なんです」

「支援?」

「一人で抱え込まないでください」宅男が一歩前に出る。「情報の判断に迷った時、接触相手の真偽に疑問を感じた時、必ず相談してください。俺たちは仲間です」

凪が苦笑いを浮かべる。

「仲間、か。異世界でも、最後は一人だった。仲間は死に、裏切り、消えていく。生き残るのは結局、自分だけよ」

「でも今は違います」

宅男の声が震えそうになる。しかし、彼は続けた。

「今は七人います。俺に力はありませんが、言葉はあります。結さんには氷の力があり、勇さんには剣があります。作良さんには技術があり、龍一さんにはシルフがいます。秋奈さんには人脈があり、凪さんには影があります」

「それで?」

「一人一人は不完全でも、七人なら完璧に近づけます。でもそのためには、互いを信じることが必要です」

早川が口を挟んだ。

「信じるにしても、確認は必要です」

「はい」宅男が頷く。「だから監視ではなく、確認システムを作りましょう。凪さんが外部と接触する時は、必ず記録を残し、第三者の立ち会いを求める。ただし、それは凪さんを守るためです」

森下が補足した。

「昨夜のような偽装工作は、今後も続くでしょう。一人で判断するのは危険すぎます」

凪が長い沈黙の後、口を開いた。

「監視は好きじゃない」

「分かります」宅男が答える。

「でも」凪が宅男を見つめる。「命を預ける価値があるか、観察してやる」

「観察?」

「あんたたちが本当に誰も切り捨てないのか、見極めてやるってことよ。その結果次第で、私の協力の度合いも変わる」

早川がメモを取りながら言った。

「条件付きの合意、ということですね」

「そういうこと」凪が立ち上がる。「ただし、私も観察は続ける。あんたたちの行動も、政府の動向も、すべてをね」

米田が確認した。

「では、連絡システムと立ち会い体制の構築を進めさせていただきます」

「好きにすれば」凪が影渡りの準備をする。「でも、足手まといになったら容赦しないから」

会議室を出ていく直前、凪は森下を振り返った。

「あんた、命張ったな」

「は?」

「昨夜のこと。あの状況で囮の質問を投げるなんて、記者魂もここまで来ると危険だわ」

森下が苦笑いを浮かべる。

「職業病ですから」

「そうね。でも」凪の声が少し柔らかくなる。「悪くなかった」

そう言って、凪は影に溶けるように姿を消した。

会議室に静寂が戻る。雨音は相変わらず激しく、窓を叩いていた。

早川が資料をまとめながら言った。

「とりあえず、決裂は避けられました」

「ええ」宅男が頷く。「完全な信頼関係にはまだ遠いですが、第一歩です」

森下が手帳に何かを書き込んでいる。

「市民への報告はどうしましょうか」

「チーム内の結束が強まった、ということで」宅男が答える。「詳細は伏せて、安心感を与える内容で」

米田が立ち上がった。

「それでは、監視システムの構築を開始します。明日中には運用可能な状態にします」

「お願いします」

会議は終了し、それぞれが帰り支度を始める。宅男は最後に残り、手帳を開いて今夜の結果を書き込んだ。

「凪=危険だが不可欠/監視ライン成立/観察継続」

信頼関係の再構築は始まったばかりだ。完全な信頼を得るには、まだ時間がかかるだろう。しかし、今夜の会議で重要な一歩を踏み出せた。

凪は依然として距離を保っているが、完全に離れてしまったわけではない。「観察してやる」という言葉の裏には、わずかながら期待も含まれているように感じられる。

宅男は手帳を閉じ、窓の外を見た。雨はまだ降り続いているが、少し弱くなったようだ。夜明けはまだ遠いが、確実に近づいている。

「誰も切り捨てない」

宅男は小さく呟いた。これは理想ではなく、現実にしなければならない目標だ。凪を含めて、七人全員で日本を救う。そのために必要なのは、完璧な信頼ではなく、最低限の協力関係だ。

今夜はそのスタートラインに立てた。明日からは、その関係を実際の行動で証明していく必要がある。

宅男は会議室を出て、雨の中を帰路についた。監視システムの構築、情報管理の強化、チーム連携の改善。やるべきことは山積みだが、一つずつ確実に進めていく。

そして何より、凪の「観察」に応えなければならない。彼女が納得するような行動を、チーム全体で示していく必要がある。

翌朝、各自の定期連絡で監視システムの運用が開始された。交替制の立ち会い体制、正規窓口の徹底、記録の義務化。表向きは監視だが、実質は安全網としての機能を重視する。

凪からの第一報は簡潔だった。

「システム確認。問題なし。観察開始」

宅男は安堵のため息をついた。信頼関係の再構築は長い道のりになるだろうが、スタートは切れた。この調子で進めば、いずれ凪も完全にチームの一員として機能するようになるはずだ。

手帳の最後のページに、宅男は新しい目標を書き込んだ。

「全員の信頼を得て、全員で勝利を掴む」

雨上がりの朝日が、新しい一日の始まりを告げていた。

第19話 終わり
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