オタク司令塔と六人の帰還英雄~日本を救う最終迎撃作戦~

K2画家・唯

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第8章:黒幕の影

第36話「裏からの一撃」

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空の白い濁りが、ようやく薄れ始めていた。都心の臨時作戦本部周辺には、安堵の空気と焦げた匂いが入り交じって漂っている。避難行列の最後尾からは、ほっとしたような笑い声すら聞こえてきた。最後尾ミサイルの撃破から十分が経過し、破片の回収も結界が完了している。宅男は屋上のノードから見下ろしながら、震える指先を握りしめた。

「合図、実施、復唱、停止」

彼は小さく呟いた。最小プロトコルの四拍子。停止語は「カット」。退避方向は「右後方」。第三者が接近した時は即座に停止。これらの約束事が、今の彼らを支えている唯一のルールだった。

病院ヘリポートからの搬送車列が、ゆっくりと動き始めている。秋奈が無線機を片手に、物流の再編を指示していた。作良は疲労で膝をついているが、それでも装置の最終チェックを怠らない。結は遠隔結界の維持に集中し、勇と龍一は消耗の激しさから、ようやく座り込んだところだった。

米田美咲は特殊作戦群の隊員たちと共に、市民線と指揮線の防護配置を確認している。彼女の視線は常に周囲を警戒し、安全回廊の要所要所をチェックしていた。報道陣も、ようやく緊張を解き始めている。森下優斗は録画機材を肩に掛け直しながら、避難誘導の呼びかけを続けていた。

しかし、その安堵が偽りであることを、最初に気づいたのは凪だった。

影渡りで市街の死角を巡回していた彼女は、ビルの谷間に立つ一つの影を見つける。その影は、他の影と決定的に違っていた。温度が、明らかに高い。凪の影感知が、危険信号を送り続けている。

「宅男」

凪の声が、無線に響いた。

「後方、三時方向。温度差あり」

宅男は振り返ると同時に、最小プロトコルを復唱する。

「合図。三時後方、警戒」

米田の声が即座に返ってきた。

「復唱。三時後方、警戒」

そして、それは現れた。

ビルの谷間から歩いてくる影は、火と刃が一体化した存在だった。紅蓮。刺客の名前は、その場にいる誰もが知らない。しかし、その圧倒的な殺気は、空気そのものを焼いているかのようだった。彼女の手には炎の剣が握られ、その刃は見る者の網膜に残像を焼き付ける。

紅蓮は無言のまま、搬送列に向かって歩いていく。その足音は聞こえないが、彼女が踏んだアスファルトには、かすかに煙が立ち上っていた。

「停止」

宅男の声が響いた。

「カット。全線、カット」

米田が隊員たちに手信号を送る。散水装置、遮煙弾、遮熱盾。銃ではなく、火勢を分断するための装備が次々と配置された。

「散水、展開」

「遮煙、三秒後」

「遮熱盾、前進」

三語無線が空気を切る。米田の統制は無駄がなく、的確だった。

しかし紅蓮は、それらの対策など存在しないかのように歩き続ける。彼女の剣が一度振られると、散水の水滴が瞬時に蒸発し、遮煙弾の煙すら燃え尽きてしまった。遮熱盾に至っては、表面が赤熱し始めている。

「秋奈、搬送列」

宅男の指示が飛ぶ。

「裏搬入、今すぐ」

秋奈は舌打ちしながら、無線機を握り直した。

「貨物用リフト経由、屋上ヘリポートへ迂回。三分以内に完了」

彼女の交渉術が、ここでも威力を発揮する。搬送車列は即座にルートを変更し、ビルの裏側へと向かっていった。

作良は装置の前で、遮熱板と同調装置の調整に追われていた。火熱からの現場合わせ。彼女の工房技術が、この瞬間にも機能している。

「同調、維持」

彼女の声は疲労で掠れているが、手は確実に動いていた。

凪が影渡りで紅蓮に接近する。影を面として展開し、火圧を受け流そうとした。紅蓮の炎刃が凪の影面に当たると、激しい蒸気が立ち上る。しかし凪は怯まない。非常階段の裏側に隠された送信機を見つけ、影でそれを絡め取った。

「逆共振、一つ無効」

凪の報告が入る。紅蓮の妨害工作の一端が、こうして明らかになった。

結は遠隔結界の一角に集中し、蜂巣構造の一格を局所的に冷却していた。熱の通り道を反転させ、紅蓮の炎が拡散しないよう制御する。しかし、消耗の激しさから、彼女の指先は震え続けていた。

「局所膜、維持」

結の声は細いが、意志は揺らがない。

勇は重度の消耗で立ち上がることもできなかったが、不可視剣の面受け技術だけは使えた。紅蓮の攻撃で飛散する火の粉や熱片を、見えない剣で受け流していく。

「面受け、継続」

勇の声は弱々しいが、確実に機能していた。

龍一もまた、シルフと共に最小限の介入を続けている。風の面技術で、紅蓮の火の舌を押し返していた。しかし、本来の力には程遠く、短時間の援護が限界だった。

「風の面、短時間のみ」

龍一の報告が入る。

宅男は、これらの報告を瞬時に整理し、短い指示を連打した。

「北面固定」

「面受け維持」

「供給繋げ」

彼の声は震えているが、言葉はぶれない。最小プロトコルの威力が、ここでも発揮されていた。

しかし紅蓮は、これらの防御網をすり抜けるかのように、指揮核である宅男へと向かってきた。米田の遮断網、凪の牽制、すべてを無視して、斜入射の炎刃が宅男に向かって伸びてくる。

結界の一角に、逆共振の棘が刺さった。場の安定が崩れかける。

「宅男」

結の悲鳴に近い声が響く。

しかし宅男は動じなかった。

「市民線優先」

「北面固定」

「面受け維持」

三語以内の連打で、隊形を再編していく。米田の部隊が即座に反応し、市民の安全回廊を最優先で維持した。凪と結が連携し、北面の防御を固定する。勇と龍一が、わずかな力で面受けを維持していた。

紅蓮は、宅男の数メートル手前で止まった。炎の剣を地面に向けると、円環の火文を路面に刻み始める。その火文は見る見るうちに拡大し、広域炎壁の予兆を示していた。空気が乾き、温度が跳ね上がる。

「本番はこれからだ」

紅蓮が初めて口を開いた。その声は感情を欠き、冷徹無比だった。

「指揮系統を潰せば、この程度の結界など」

彼女の炎刃が、さらに輝きを増す。

森下は録画を回し続けながら、生中継の準備段階に入っていた。しかし、この瞬間は記録に留めるべきだと判断し、市民に向けて一行だけのメッセージを流した。

「走らず、頭を下げず、前へ」

簡潔で、的確な避難誘導だった。

早川修一は政府側の安全回廊承認を急いでいた。線引きを明確にし、民間人の安全を最優先に確保する。彼の判断が、この場の秩序を支えていた。

宅男は紅蓮を見つめながら、最小プロトコルを再度確認した。

「合図、実施、復唱、停止」

彼の声は震えているが、決意は固い。

紅蓮の火文が完成に近づいている。円環の内側から、さらに高熱の炎が立ち上り始めた。広域炎壁の発動まで、時間はわずかしかない。

凪が影渡りで距離を詰めようとするが、火文の熱で影そのものが歪んでしまう。結の局所膜も、この高温には対処しきれない。作良の装置が警告音を発し始め、勇と龍一の最小介入も限界に近づいていた。

米田の部隊は散水と遮熱盾で火勢の拡大を抑えようとするが、紅蓮の炎は通常の火災とは次元が違っていた。

「全員、右後方退避準備」

宅男が退避の合図を出そうとした時、紅蓮が振り返った。

「退避など、させない」

彼女の炎刃が一閃する。火文から立ち上った炎の壁が、退避路を封鎖した。広域炎壁の完成。宅男たちは、炎に囲まれてしまった。

「これで、追い詰めた」

紅蓮の声に、わずかな感情が宿る。任務への執着。それが、彼女の唯一の生きる理由だった。

宅男は最小プロトコルを握りしめながら、次の一手を考えていた。追い詰められた状況でも、彼の頭脳は回転し続けている。

「次は、総力戦」

彼は小さく呟いた。これまでの迎撃戦は、序章に過ぎなかった。本当の戦いは、これから始まる。

紅蓮の火文が路面に深く刻まれ、その熱で周囲のアスファルトが溶け始めていた。空気が揺らぎ、視界が歪む。炎の壁は高さを増し続け、宅男たちの退路を完全に断っていた。

森下の録画機材が、この一部始終を記録している。生中継は次の段階に温存するが、この記録は必ず後世に残されるだろう。

宅男は仲間たちを見回した。疲労困憊の中でも、誰一人として諦めの色を見せていない。結は震える指先で結界を維持し、凪は影の面で火圧を受け流し続けている。作良は装置の同調を諦めず、勇と龍一は最小限の力で場を支えていた。米田の部隊は市民線の防護を続け、秋奈は搬送列の安全確保に奔走している。

これが、彼らのチームワークだった。力のない司令塔を、力ある者たちが支える。そして、その司令塔が、力ある者たちを最適な配置で活かしていく。

紅蓮は炎の剣を構え直し、最後の一撃の準備に入った。彼女の目標は明確で、感情は希薄。任務を完遂するためだけに存在する、完璧な刺客だった。

しかし宅男は、まだ諦めていなかった。最小プロトコルの可能性を、最後まで信じている。

「合図」

彼の声が、炎の轟音の中でも仲間たちに届いた。

第36話 終わり
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