性愛 ---母であり、恋人であったあの人---

来夢モロラン

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第10章 室蘭市立水族館ー美智子とデートー

 三年余続いた朝鮮戦争は、僕が小学六年生の時終結したが、朝鮮戦争は日本経済が高度成長に向かうきっかけになるとともに、一方、在日朝鮮人社会を揺るがし、韓国を支持する者と北朝鮮を支持する者との間の亀裂を深めた。朝鮮戦争は同時に在日朝鮮人に祖国志向の機運を高め、朝鮮戦争直後から北朝鮮への帰国運動が始まった。そして、僕が中学三年の時に、岸信介首相が国会で「朝鮮に帰りたいという人は返した方がいいと思っている」と答弁し、日本赤十字は人道的立場から在日朝鮮人の帰還事業実施の方針を固め、政府に実施を求める書簡を送っていた。
 僕は日本国籍を持っており、朝鮮に行く気は毛頭なかったが、養父母が在日であるので、帰国運動の行くえに関心を持っていた。また、在日朝鮮人の養子であったので、在日コリアンに対する偏見と差別を身近に見て、やりきれない怒りを感じていた。当時、在日朝鮮人は、大学を卒業しても就職先は限られ、大企業には採用されなかった。パチンコや焼き肉などの家業を継ぐものが多かった。成功するには、野球選手や歌手などの実力の世界で勝負する道しかなかった。こうした抑圧や不合理が横行する現実を見つめる中で、僕は階級のない平等な世界を目指す社会主義や共産主義へ期待と憧れを抱いていた。
 また、労働者のまちと言われた室蘭市は朝鮮戦争の休戦後にやってきたデフレ不況の中で、日本製鋼所の三百日闘争などの地域ぐるみ、家族ぐるみの大規模の労働争議が続発した。北教組の室蘭支部も政治色の強い活動を積極的に展開していた。
 こうした革新的雰囲気の中で、在日朝鮮人であるという理由でその能力を発揮する場が奪われるなどの社会の矛盾を知り、北教組により推し進められた戦後民主主義教育の中で育った僕は、中学生の頃から左翼色の強い北海道新聞を隅から隅まで熟読し、政治や社会問題についての知識を深め、共産党やマルクス主義に強い関心を持っていた。    
 こうした背景の下、僕は高校に入ると担任教師の熱心な勧誘もあり社会科学研究会(社研)に入部した。政治や社会問題を科学的、客観的に勉強することを標榜していたが、実際は高橋庄治著の「ものの見方、考え方」や共産党機関紙「前衛」などを教材にマルクス主義を勉強するサークルであった。マルクス主義の考え方を高校生の中に浸透させ、生徒を政治活動に誘導するために共産党系の教師の指導の下で行われる部活動であった。
 社研で共産主義の著作に初めて触れたのだが、すぐに失望した。部顧問の教師の勧めで読んだ高橋庄治の本が、あまりにも稚拙であった。もし「資本論」などの本格的なものを最初に読めば違った展開になったかも知れなかったが、高橋庄治の書いた入門書は、無知蒙昧の大衆に、上から目線で幼稚な理屈を説くものだった。子供だましと感じた。「前衛」も読んだが、宣伝臭、プロパガンダ性が鼻についた。真理を科学的(客観的)に探究しようとするものではなかった。意見、感情、態度を特定の方向に操作し、特定の行動に動員するために書かれていた。
 部室に置いてあった「朝鮮画報」を初めて見たのもその頃である。巻頭には「民族の英雄 金日成将軍」をたたえる詩と肖像写真が掲載され、抗日の英雄・金日成将軍様の指導により実現した目覚ましい復興や豊かな生活の様子を撮った数々の派手でけばけばしい極彩色の写真であふれた雑誌であった。北朝鮮の生活がいかに素晴らしいかを宣伝する雑誌であったが、むしろ北朝鮮の実態の怪しさと不信感を僕に引き起こした。こうした雑誌の記事を無批判に、盲目的に信じる社研の顧問教師や部員に僕は失望感を募らせていった。
 その後、校内規則の改悪に抗議して校長室に社研部員がおしかけ、校長を校長室に閉じ込める事件が発生したが、その際、僕は冷静な話し合いによる交渉を主張し、暴力的な実力行使に反対したが、その意見は無視されたので、社研を辞めた。
 
 二人とも部活で忙しかったこともあり、高校入学後1年がたとうしていたが、これまで美智子とのデートは夏に映画を一度見に出かけただけであった。二度目のデートが延び延びになっていたので、三月末でまだ雪が残っていたが、室蘭市立の水族館に二人で行くことになった。美智子は通学用の紺色のオーバーコートに、赤いチェック柄のマフラーを巻き、白いハートの模様の赤い手袋をはいてきた。手袋をつけなければ、手がかじかむ寒さであった。 
 水族館は白鳥湾(室蘭港)を抱くように伸びた半島の西端の絵鞆岬の近くにある。絵鞆(えとも)という地名はアイヌ語のエンルム(岬)に由来する。絵鞆岬の眼前には噴火湾が広がっているが、噴火湾には昔たくさんの大きなクジラやイルカが遊泳していた。今も室蘭市の沿岸では春から夏にかけてクジラウオッチングが行われている。市立のこの水族館は大正時代に鯨の解体工場があった土地に、市民の憩いの場として作られた。冬なので観覧車や豆自動車などの遊具は動いておらず、乗り物の周辺には人影がなく閑散としていた。
 館内に入ると一階の大水槽に一匹の大亀が飼われていた。僕と等身大ほどの大きな亀だった。こんな大きな亀を飼っている水族館は滅多にないだろう。数年前にもこの水族館に来たことがあるが、その時もこの大きな亀がひとりでこの水槽に棲んでいた。これから千年も万年も水族館で生き続けるのだろうか。伴侶もなく水槽に閉じ込められて一生を終える亀は幸せなのだろうかと美智子に話した。美智子は二人でこの亀に乗って竜宮城に行ってみたいと言って、肩を寄せてきた。
 亀のゆったりとした動きをしばらく見ていると、美智子の手が僕の手に触れた。僕は美智子の手を握った。毛糸の手袋を通して美智子の体温が伝わってきた。シーズンオフで館内も人影がまばらだったので、それから僕らは手をつないで、魚たちが泳ぎ舞う水槽を、列車の窓のようなガラスを通して見て回った。
 館内を一回りした後は、遊具施設を通り抜け、敷地の端の柵越しに海を眺めた。目の前に周囲七百メートル位の小さな島がある。大黒島である。島には残雪が点在し、頂上に白亜の灯台が見える。以前は人が住んでいたそうだが今は無人島である。一九七六年に来航した英国の探検船の水兵が事故死して埋葬され、その死を悼んで島に黒百合が咲き始めたという伝説のある島である。
 大黒島のあたりで何か泳いでいるのが見えた。「イルカかしら。あざらしだわ。あざらしが泳いでいる」と美智子が言った。「違うよ、とどだよ」と僕が教えた。十数頭泳いでいるようだ。島に上陸して雪の上でのんびりと横になっている奴もいる。その上をカモメが飛んでいる。海からの風が冷たかった。 
 美智子も寒いのだろう、毛糸の手袋をはめた両手を頬と口に当てている。大きな瞳ときりっとした黒い眉とほっそりと高い鼻だけが、赤い手袋と額にかかった黒い髪の間から見えて可愛い。
「寒いからおしくらまんじゅうしようよ」と僕が誘うと美智子は、僕に腕をからめていきなりぐんぐん押してきた。僕は押されながらしばらくこらえていたが、とうとう柵に押し付けられた。「やったな」と言って、僕は押し返した。美智子押されまいと後ろ向きになって抵抗する。身体を斜めに傾け、脚を突っ張る。僕はかまわず押して、美智子を柵に押し付ける。美智子も向き直って、顔を真っ赤にして押し返してくる。僕が力をゆるめて身を引くと勢いをつけて身体をぶつけて来た。僕は美智子を受け止めて抱きしめた。オーバーの下の美智子の丸い柔らかい肢体を感じながら抱きしめた。美智子は一瞬動きを止めたが、僕を振りほどき、後ろ向きになって「おしくらまんじゅう、おされて泣くな」と歌いながらまた押してきた。
 ぼくは、美智子の腰からから手をまわして、美智子を抱きとめた。美智子は押すのをやめて、美智子の前に回した僕の両手に自分の手を重ねて自分のおなかに置いた。僕の身体は美智子の背中とお尻に密着した。オーバーコートの上からであったが、初めて美智子と強く触れ合って、僕は下腹部に快感を感じた。下腹部の異変が美智子に知られたら恥ずかしかったが、僕は腰を引かずそのまま抱きしめ続けた。僕たちはそのまま動かず海を眺めた。空をオレンジや紫に染めて大黒島の向こうに沈む、真っ赤な夕日を見てから帰りたいと思っていたが、日が落ちる前に気温がどんどん下がり始めたので、断念して僕らは帰路についた。 
 
 
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