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第19章 美智子、僕に裸身を見せる
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静香と愛し合うようになっても、美智子とのステディな関係は続いていた。やがては僕に飽きられて、捨てられるかもしれないという危惧を静香は持っていたかもしれないが、僕には静香との至福の時を手放すことなど思いもよらないことだった。歳の差なんか考えたこともなかった。静香は、母性であり恋人であった。何年経とうと、静香の磁力は僕を引き寄せ続けると信じていた。静香の命が尽きるまで隣にいて、僕を包んでいてほしいと願っていた。
だから、本当は美智子と別れるべきであったが、僕はまだ性愛を知らない純白な少年として、何食わぬ顔をして美智子とつき合っていた。静香が好きだが、美智子も可愛い。静香との関係を隠している後ろめたさはあったが、ういういしく、けがれを知らず、真っ直ぐな美智子を手放したくなかった。
美智子がインターハイ予選に向けての朝練を始めたり、僕が深夜の受験勉強で朝起きられず、一時間目の授業を時々欠席するようになったことから、美智子と待ち合わせて一緒に登校することはしばらく前から止めていた。また、受験勉強を優先していたので、三年生になってからは休日のデートもほとんどしていない。
その代り、昼休みや放課後、S高校の校舎の裏側にあるイタンキ浜(地名のイタンキはアイヌ語で「お椀」を意味する。)で会うようにしていた。イタンキ浜は、太平洋に面する延長約二キロの砂浜海岸で、砂浜を歩くと「キュッ、キュッ」という音がでる「鳴砂」で知られており、日本の渚百選にも指定されている。アイヌの人たちは、この浜をハワノタ(声・する・砂浜)と呼んでいた。
校舎から徒歩五分と近く、砂浜の向こうには百メートル級の断崖絶壁が続いていて景色も美しいので、勉強に疲れた生徒たちが授業を抜け出して、砂浜に足を投げだして、のんびりと海を眺めている姿がよく見かけられた。濃紫色のハマエンドウが花を咲かせ、ハマナスが赤紫色の花を咲かせはじめる初夏のイタンキ浜が僕は一番好きだった。波が荒く遊泳は禁止されていたが、市街地に近く訪れるのに便利なので、引き潮にさらわれるなどの事故が多発しているのにもかかわらず、夏には泳ぐ人が跡を絶たなかった。
この日も、数人の若者が、初夏なので水温が低いため、たき火で暖をとりながら泳いでいた。僕と美智子は砂浜にビニールシートを引き、両膝を立てた体育座りで、引いては、また打ち寄せる波を見つめていた。水鳥が二羽、波打ち際で遊んでいる。
美智子は部活を早めに切り上げ、そのまま来たので、上は校名入りの白い長めの半袖、下は赤いサイドラインの入った白い短パンの練習着だった。赤いハイソックスがふくろはぎをきゅと締めて若々しい。ユニフォーム姿の美智子は元気いっぱいで、はつらつとしている。
以前はセミロングの髪を後ろで束ねるポニーテイルであったが、今はストレートのショートヘアーでサイドの髪は頬のあたりで切れている。前髪は目と眉の間でカットしている。美智子の顔立ちが美形であることを、ボーイッシュな髪型が際立たせている。目がきりっとして、首やあごが細く小顔の美智子に似合っていた。
静香が北朝鮮への帰国を取り止め、来春から札幌で僕と一緒に暮らす予定であることを、今日こそ美智子に伝えなくてはいけなかった。なかなか言いだせなかったが、もうタイムリッミトだった。
というのは、僕が札幌で下宿することを前提に、美智子も高校卒業後に札幌に出てくることになっていたからだ。同棲するつもりはなかったが、美智子は僕の下宿の近くに住み、あれこれと僕の世話を焼く心づもりだった。また、高卒後、美智子は就職して、経済的にも僕を支えると申し出ていたが、医学生には手厚い奨学制度や好条件のバイトがあり、自活できることが分かり、僕は美智子に進学を勧めた。そこで、美智子は看護専門学校を受験することとし、札幌市内にある看護専門学校のうちどの学校を受験するか決めようとしていた。
まず、静香が日本に留まることを伝えると、美智子は怪訝な顔をして「どういうこと?お父さんが北鮮と日本を行ったり、来たりするということ?」と尋ねた。
「いや、北鮮と日本の往来は禁止されているから、それはできないよ。一旦帰国した人が戻ることは、今は禁止されているから、父は日本に来ることはできない。将来、自由往来できるようになる可能性はあるが、早くても数年後になると言われているよ」と僕が説明すると「じゃもう少し様子見ようということなの。お父さんが北鮮での生活の基盤を固めて落ちついてから帰るということなの。葵君の高校卒業を見届けたら、お母さんは帰国することになっていたのに、どうして変わったの」とたたみかけて聞く。
静香はまだ鉄男に離婚の意思を伝えていなかった。離婚の決意は固まっているが、伝えるタイミングを計りかねているようだった。鉄男がすんなり離婚を承諾するのか否かも分からず、簡単に離婚が成立するのかも不明であった。したがって、二人の離婚はまだ秘匿するように静香に固く言われていた。
しかし、そのことを伏せて、美智子が納得する理由を説明するのは困難なので、静香の言いつけに背くことになるが「二人は別れるようだ」と打ち明けた。美智子は驚き「何故なの。どうして別れるの」と訊くので、「父の浮気が原因だろうと思う」と答えて、鉄男の過去の女性関係を説明して納得してもらった。
その上で「実は、母が独り暮らしは寂しいので嫌だ、僕と一緒に暮らしたいと言うんだ。だから、大学入学後に室蘭の家は処分して、札幌で一緒に暮らすことを考えている」と伝えると、美智子は視線を下に落として、しばらく何も返事をしなかった。想定外の展開に美智子はショックを受けたようだった。
美智子は気を取り直して「葵君は親から独立したいという気持ちはないの。母親にいつまでも甘えていたら、何時まで経っても独り立ちできないわよ」と言い立てるので、「そうじゃないよ。僕も独り暮らしをしてみたいよ。母が望んでいるので、叶えてあげたいんだよ」と弁明したが、「まだ葵君のお母さんは若くて元気なのだから、独りで生活できるはずよ。室蘭の富士製鉄の食堂という好待遇の仕事を棄てて札幌に出るのはどうかしら。老後のお母さんの面倒を見るのは分かるけど、今はまだその時期ではないと思う。若い時に親に頼らず生活する経験は大切なことだと思うわ」と言い募るので、僕はつい「ミーコのお母さんは、ミーコは末娘なので本当は家に残ってほしいと願っていると思うよ。札幌ではなく室蘭の看護専門学校に進学した方が、お母さんも嬉しいはずだよ。お母さんの気持ちも考えてあげたら」と余計なことを言ってしまった。
美智子は僕の言葉を聞くと黙り込んでしまった。僕はあわてて「ごめん。ミーコに札幌に来るなという意味ではないよ。そばに来てくれる方がもちろん嬉しいよ」と釈明したが、美智子の目には涙が滲んでいるようだった。
沖の方を見つめていた美智子が「波間に小さい岩が見え隠れてしているでしょう。あの岩は鯨岩と呼ばれているのだけれど、鯨岩の伝説を葵君は聞いたことがある?」「知らない」と言うと、美智子が語り始めた。
『昔、オホーツク海沿岸のエサウシ(岬を意味するアイヌ語。現在の枝幸町)のコタンに一人の娘がいました。ある夏の日に娘が海岸に昆布を拾いに行くと、今まで見たこともない美しい青年が海から上がってきました。丸裸の青年から滴り落ちた水滴がシャボン玉のように虹色に輝き、ふわふわ漂っていました。娘は帯を解き、自分の服で青年の裸を隠しました。青年と娘はすぐに恋に落ちました。
娘はこの幸せはいつまでも続くと信じていましたが、秋になると青年は高台から海を眺望し、彼方に耳をかたむけるようなりました。そして、オホーツク海に流氷が姿を現すと、自分は鯨のカムイで、親兄弟が呼んでいるので、南の暖かい海に帰らなければいけないと言い残して、鯨に変身し、泳ぎ去ってしまいました。
娘は去っていた青年のことが忘れられず、父親や母親に黙ってコタンを抜け出し、海岸沿いに知床、釧路、日高、白老と何日も歩いて鯨を探しまわり、ようやくイタンキ浜で鯨の姿を見つけることができました。娘は躍り上がって喜びました。
娘は長旅で疲労困憊でしたが、流木を集め、薪にして燃やし、煙をあげ、自分が浜にいることを鯨に知らせました。幾日も続けました。しかし、鯨と見えたのは、実は波間に見え隠れする岩だったのです。やがて、薪にする流木もなくなり、ついにはお椀(アイヌ語でイタンキ)まで燃やしてしまい、とうとう娘は飢えと疲れで亡くなりました。娘の遺体はイタンキの浜に埋葬され、今も砂浜の地中に眠っています。』
僕は、渚に打ち寄せられ、波に洗われているコンブを眺めながら、こんな悲しい伝説を語った美智子の気持ちを推し量っていた。西側の海岸段丘崖には、朝咲いて夕方にはしぼむ一日花のエゾカンゾウがまだ橙色の花を開いていた。
なんと声をかけるべきか考えていると、「私なら鯨のカムイが気付くまで、浜で待っていないで、カムイのところまで泳いでいくわ」と言うと、いきなりみぎわまで走り、沖に向かってぐんぐん歩きだした。波が膝頭を超える深さになっても立ち止まらず、鯨岩に向かって行く。水深が腰のあたりになると、打ち寄せる波が美智子を浜辺に押し戻す。波に逆らって、さらに前進しようとする。
これ以上沖に行くと波にさらわれかねないと思った僕は、波打ち際に行き「危ないよ。戻っておいで」と繰り返し叫んだ。僕の声は聞こえないのか、美智子は躊躇する様子を見せず、鯨岩に向かって行く。とうとう水は肩の高さに達し、首から上しか見えなくなった。スポーツ万能の美智子が水泳も得意なのは知っていたが、水着ではなく衣服を着ているので、上手に泳げないはずだ。鯨岩まで泳ぐなんて、引き波が強いので遊泳禁止になっているのに無謀すぎる。
美智子を止めなくては大変なことになると思い、泳ぎのできない金づちの僕だったが、僕も必死になって美智子の後を追った。水の深さが腿にくるまで追いかけたが、波が強くて流されそうで、僕にはそれ以上沖に行くのを諦めた。僕は心配で泣きそうになりながら、しばらく鯨岩の方に眼を凝らしていると、鯨岩の手前で引き返した美智子が泳いで戻って来た。僕は美智子を抱きとめて、浜に連れ帰ったが、美智子のくちびるは真っ白で、ぶるぶる震えていた。西側の丘陵にかかった夕日を浴びて、金色に輝いて浮かぶ鯨岩が僕たちを見つめているように思えた。
美智子を着替えさせなくてはいけないので、急いで校舎に向かった。ずぶ濡れの美智子を誰にも見られたくなかったが、幸い校舎に人影はなかった。土曜日の夕方なので、部活の生徒たちもう下校し、先生たちも帰ったようだ。当直の先生に見つからないように、音を立てずに、ソフト部の着替え室になっている二階の角の和室まで美智子を抱きかかえるようにして連れて行った。部屋にはもう誰もいなかった。着替え室には美智子の服だけ残っていて、女子が入ってくる心配はなかったので、びしょびしょのズボンを着替え室にあるアイロンで乾かそうと考えて、僕も部屋の中に一緒に入った。
美智子はバスタオルを和室の物入れから取り出すと「葵君、後ろを向いていて」と言って、僕を窓側にむかせると練習着を脱ぎ始めた。僕はカーテンのかかった窓を見ていた。日が暮れかかり、部屋の中は薄暗くなっていたが、まだ、電気をつけなくとも物の形や色がはっきりと見えた。背後で裸になった美智子がバスタオルで身体を拭いているようだった。
後ろ向きのまま「アイロンはどこにあるの」と聞くと「物置の下の方よ」と教えてくれたので、僕は美智子の方は見ないようにしながら物置の前に移動し、アイロンを見つけた。コンセントとはどこかなとあたりを見渡した時、バスタオルで脚を拭いている美智子が目の隅に入った。横側が見えた。僕の視線を感じた美智子はバスタオルで全身を隠した。僕は「ごめん」と言って急いで目を逸らした。
「ごめんね。見るつもりはなかったし、すぐ目をつぶったから見てないよ」と上ずった声で弁解した。実際、一瞬目に入っただけだった。しかし、裸体を前に曲げ、両手に持ったタオルで脚を拭いているフォルムの残像は鮮明で、美しい曲線的な輪郭が目に焼きつき、僕は顔が真っ赤になった。どきどきが停まらなかった。振り返ってもう一度見てみたいという願望を抑え、身体を硬くして美智子の着替えるのを待った。
「葵君、もういいわよ」と声をかけられたので、振り向くとショーツ姿の美智子が立っていた。バスタオルを肩から掛け、胸を腕と手で隠していたが、ショーツしか身に着けていなかった。キュートなおへそのくぼみが愛らしい。美智子の顔は上気して少し紅潮しているように見えた。最初、恥じらうような表情を見せたが、直ぐに口を引き締め、きりっとした目で僕の目をじっと見つめた。僕はその場で固まってしまった。
美智子も緊張しているらしく、動作がぎこちなかったが、僕の目を見ながら、胸の前でクロスさせていた腕をゆっくりと下ろした。それから、肩からタオルを外し、タオルで濡れた髪に巻いた。両手で隠されていた乳房が露わになった。僕の視線は美智子のバストに釘づけになった。
美智子の乳房はまだつぼみのような可憐な乳房であった。静香の乳房のような豊満さはまだなく、かたい微乳であった。可愛く愛らしくて、とてもいとおしく感じたが、僕は身じろぎひとつせず立ちつくしていた。美智子はしばらく僕の視線を浴びていたが、急に恥ずかしくなったのか、バスタオルで裸身を隠し、僕に後ろを向くように言った。
後ろ向きながら、美智子が僕に見せた大胆な行動の意味について考えていた。女の子は恥ずかしそうなふりをしているが、本当は自分の裸を見せたいのだろうか?はしたない、品がないといった非難が怖いから隠しているが、本当は自分の肌を見せびらかしたいというのが本音なのだろうか?女の子には、下品にならない範囲で肌を露出させて、異性を引き付けるという戦略が確かにあるのだろう。
しかし、先程の美智子の大胆すぎる行動はその女の戦略で説明しきれない。多分、戦略ではなく単純に、恥ずかしいけど自分の若く健康的な裸を僕に見せたかったに違いない。女の子は恥ずかしい気持ちと同時に好きな男子に美しい自分を見せたい気持ちがあるのだろう。恥ずかしくて本当は見せたくない自分の裸を僕に見せることによって、僕を信頼していることや僕に心を開いていることを示そうとしたのだろう。つまり、裸を見せても良いほど僕が好きだということを態度で示したに違いない。
美智子は着替えると、僕のズボンにアイロンをかけてくれた。その間、僕はブリーフをはいただけだったので、落ち着かなかった。ブリーフ姿を美智子に見られるのが恥ずかしかった。早くズボンをはきたかった。アイロンをかける美智子の傍らに無言で立ちながら、女の子は彼氏の裸に興味はないのかな?見たいと思ったりはしないのかな?男とは違うのだなあ・・・などと考えていた。
アイロンをかけ終わったころには、もう日没が迫っていた。僕は先程の美智子の行為にについて何か言わなくてはと思った。例えば、とても綺麗だったとか、嬉しかったとか・・・・。でも、美智子は先程の大胆な行動などなかったかのような素振りをしていたので、僕は何も言えなかった。二人は、誰にも気づかれないように音を立てず、無言のまま校舎を抜け出し、足早に帰路に就いた。
だから、本当は美智子と別れるべきであったが、僕はまだ性愛を知らない純白な少年として、何食わぬ顔をして美智子とつき合っていた。静香が好きだが、美智子も可愛い。静香との関係を隠している後ろめたさはあったが、ういういしく、けがれを知らず、真っ直ぐな美智子を手放したくなかった。
美智子がインターハイ予選に向けての朝練を始めたり、僕が深夜の受験勉強で朝起きられず、一時間目の授業を時々欠席するようになったことから、美智子と待ち合わせて一緒に登校することはしばらく前から止めていた。また、受験勉強を優先していたので、三年生になってからは休日のデートもほとんどしていない。
その代り、昼休みや放課後、S高校の校舎の裏側にあるイタンキ浜(地名のイタンキはアイヌ語で「お椀」を意味する。)で会うようにしていた。イタンキ浜は、太平洋に面する延長約二キロの砂浜海岸で、砂浜を歩くと「キュッ、キュッ」という音がでる「鳴砂」で知られており、日本の渚百選にも指定されている。アイヌの人たちは、この浜をハワノタ(声・する・砂浜)と呼んでいた。
校舎から徒歩五分と近く、砂浜の向こうには百メートル級の断崖絶壁が続いていて景色も美しいので、勉強に疲れた生徒たちが授業を抜け出して、砂浜に足を投げだして、のんびりと海を眺めている姿がよく見かけられた。濃紫色のハマエンドウが花を咲かせ、ハマナスが赤紫色の花を咲かせはじめる初夏のイタンキ浜が僕は一番好きだった。波が荒く遊泳は禁止されていたが、市街地に近く訪れるのに便利なので、引き潮にさらわれるなどの事故が多発しているのにもかかわらず、夏には泳ぐ人が跡を絶たなかった。
この日も、数人の若者が、初夏なので水温が低いため、たき火で暖をとりながら泳いでいた。僕と美智子は砂浜にビニールシートを引き、両膝を立てた体育座りで、引いては、また打ち寄せる波を見つめていた。水鳥が二羽、波打ち際で遊んでいる。
美智子は部活を早めに切り上げ、そのまま来たので、上は校名入りの白い長めの半袖、下は赤いサイドラインの入った白い短パンの練習着だった。赤いハイソックスがふくろはぎをきゅと締めて若々しい。ユニフォーム姿の美智子は元気いっぱいで、はつらつとしている。
以前はセミロングの髪を後ろで束ねるポニーテイルであったが、今はストレートのショートヘアーでサイドの髪は頬のあたりで切れている。前髪は目と眉の間でカットしている。美智子の顔立ちが美形であることを、ボーイッシュな髪型が際立たせている。目がきりっとして、首やあごが細く小顔の美智子に似合っていた。
静香が北朝鮮への帰国を取り止め、来春から札幌で僕と一緒に暮らす予定であることを、今日こそ美智子に伝えなくてはいけなかった。なかなか言いだせなかったが、もうタイムリッミトだった。
というのは、僕が札幌で下宿することを前提に、美智子も高校卒業後に札幌に出てくることになっていたからだ。同棲するつもりはなかったが、美智子は僕の下宿の近くに住み、あれこれと僕の世話を焼く心づもりだった。また、高卒後、美智子は就職して、経済的にも僕を支えると申し出ていたが、医学生には手厚い奨学制度や好条件のバイトがあり、自活できることが分かり、僕は美智子に進学を勧めた。そこで、美智子は看護専門学校を受験することとし、札幌市内にある看護専門学校のうちどの学校を受験するか決めようとしていた。
まず、静香が日本に留まることを伝えると、美智子は怪訝な顔をして「どういうこと?お父さんが北鮮と日本を行ったり、来たりするということ?」と尋ねた。
「いや、北鮮と日本の往来は禁止されているから、それはできないよ。一旦帰国した人が戻ることは、今は禁止されているから、父は日本に来ることはできない。将来、自由往来できるようになる可能性はあるが、早くても数年後になると言われているよ」と僕が説明すると「じゃもう少し様子見ようということなの。お父さんが北鮮での生活の基盤を固めて落ちついてから帰るということなの。葵君の高校卒業を見届けたら、お母さんは帰国することになっていたのに、どうして変わったの」とたたみかけて聞く。
静香はまだ鉄男に離婚の意思を伝えていなかった。離婚の決意は固まっているが、伝えるタイミングを計りかねているようだった。鉄男がすんなり離婚を承諾するのか否かも分からず、簡単に離婚が成立するのかも不明であった。したがって、二人の離婚はまだ秘匿するように静香に固く言われていた。
しかし、そのことを伏せて、美智子が納得する理由を説明するのは困難なので、静香の言いつけに背くことになるが「二人は別れるようだ」と打ち明けた。美智子は驚き「何故なの。どうして別れるの」と訊くので、「父の浮気が原因だろうと思う」と答えて、鉄男の過去の女性関係を説明して納得してもらった。
その上で「実は、母が独り暮らしは寂しいので嫌だ、僕と一緒に暮らしたいと言うんだ。だから、大学入学後に室蘭の家は処分して、札幌で一緒に暮らすことを考えている」と伝えると、美智子は視線を下に落として、しばらく何も返事をしなかった。想定外の展開に美智子はショックを受けたようだった。
美智子は気を取り直して「葵君は親から独立したいという気持ちはないの。母親にいつまでも甘えていたら、何時まで経っても独り立ちできないわよ」と言い立てるので、「そうじゃないよ。僕も独り暮らしをしてみたいよ。母が望んでいるので、叶えてあげたいんだよ」と弁明したが、「まだ葵君のお母さんは若くて元気なのだから、独りで生活できるはずよ。室蘭の富士製鉄の食堂という好待遇の仕事を棄てて札幌に出るのはどうかしら。老後のお母さんの面倒を見るのは分かるけど、今はまだその時期ではないと思う。若い時に親に頼らず生活する経験は大切なことだと思うわ」と言い募るので、僕はつい「ミーコのお母さんは、ミーコは末娘なので本当は家に残ってほしいと願っていると思うよ。札幌ではなく室蘭の看護専門学校に進学した方が、お母さんも嬉しいはずだよ。お母さんの気持ちも考えてあげたら」と余計なことを言ってしまった。
美智子は僕の言葉を聞くと黙り込んでしまった。僕はあわてて「ごめん。ミーコに札幌に来るなという意味ではないよ。そばに来てくれる方がもちろん嬉しいよ」と釈明したが、美智子の目には涙が滲んでいるようだった。
沖の方を見つめていた美智子が「波間に小さい岩が見え隠れてしているでしょう。あの岩は鯨岩と呼ばれているのだけれど、鯨岩の伝説を葵君は聞いたことがある?」「知らない」と言うと、美智子が語り始めた。
『昔、オホーツク海沿岸のエサウシ(岬を意味するアイヌ語。現在の枝幸町)のコタンに一人の娘がいました。ある夏の日に娘が海岸に昆布を拾いに行くと、今まで見たこともない美しい青年が海から上がってきました。丸裸の青年から滴り落ちた水滴がシャボン玉のように虹色に輝き、ふわふわ漂っていました。娘は帯を解き、自分の服で青年の裸を隠しました。青年と娘はすぐに恋に落ちました。
娘はこの幸せはいつまでも続くと信じていましたが、秋になると青年は高台から海を眺望し、彼方に耳をかたむけるようなりました。そして、オホーツク海に流氷が姿を現すと、自分は鯨のカムイで、親兄弟が呼んでいるので、南の暖かい海に帰らなければいけないと言い残して、鯨に変身し、泳ぎ去ってしまいました。
娘は去っていた青年のことが忘れられず、父親や母親に黙ってコタンを抜け出し、海岸沿いに知床、釧路、日高、白老と何日も歩いて鯨を探しまわり、ようやくイタンキ浜で鯨の姿を見つけることができました。娘は躍り上がって喜びました。
娘は長旅で疲労困憊でしたが、流木を集め、薪にして燃やし、煙をあげ、自分が浜にいることを鯨に知らせました。幾日も続けました。しかし、鯨と見えたのは、実は波間に見え隠れする岩だったのです。やがて、薪にする流木もなくなり、ついにはお椀(アイヌ語でイタンキ)まで燃やしてしまい、とうとう娘は飢えと疲れで亡くなりました。娘の遺体はイタンキの浜に埋葬され、今も砂浜の地中に眠っています。』
僕は、渚に打ち寄せられ、波に洗われているコンブを眺めながら、こんな悲しい伝説を語った美智子の気持ちを推し量っていた。西側の海岸段丘崖には、朝咲いて夕方にはしぼむ一日花のエゾカンゾウがまだ橙色の花を開いていた。
なんと声をかけるべきか考えていると、「私なら鯨のカムイが気付くまで、浜で待っていないで、カムイのところまで泳いでいくわ」と言うと、いきなりみぎわまで走り、沖に向かってぐんぐん歩きだした。波が膝頭を超える深さになっても立ち止まらず、鯨岩に向かって行く。水深が腰のあたりになると、打ち寄せる波が美智子を浜辺に押し戻す。波に逆らって、さらに前進しようとする。
これ以上沖に行くと波にさらわれかねないと思った僕は、波打ち際に行き「危ないよ。戻っておいで」と繰り返し叫んだ。僕の声は聞こえないのか、美智子は躊躇する様子を見せず、鯨岩に向かって行く。とうとう水は肩の高さに達し、首から上しか見えなくなった。スポーツ万能の美智子が水泳も得意なのは知っていたが、水着ではなく衣服を着ているので、上手に泳げないはずだ。鯨岩まで泳ぐなんて、引き波が強いので遊泳禁止になっているのに無謀すぎる。
美智子を止めなくては大変なことになると思い、泳ぎのできない金づちの僕だったが、僕も必死になって美智子の後を追った。水の深さが腿にくるまで追いかけたが、波が強くて流されそうで、僕にはそれ以上沖に行くのを諦めた。僕は心配で泣きそうになりながら、しばらく鯨岩の方に眼を凝らしていると、鯨岩の手前で引き返した美智子が泳いで戻って来た。僕は美智子を抱きとめて、浜に連れ帰ったが、美智子のくちびるは真っ白で、ぶるぶる震えていた。西側の丘陵にかかった夕日を浴びて、金色に輝いて浮かぶ鯨岩が僕たちを見つめているように思えた。
美智子を着替えさせなくてはいけないので、急いで校舎に向かった。ずぶ濡れの美智子を誰にも見られたくなかったが、幸い校舎に人影はなかった。土曜日の夕方なので、部活の生徒たちもう下校し、先生たちも帰ったようだ。当直の先生に見つからないように、音を立てずに、ソフト部の着替え室になっている二階の角の和室まで美智子を抱きかかえるようにして連れて行った。部屋にはもう誰もいなかった。着替え室には美智子の服だけ残っていて、女子が入ってくる心配はなかったので、びしょびしょのズボンを着替え室にあるアイロンで乾かそうと考えて、僕も部屋の中に一緒に入った。
美智子はバスタオルを和室の物入れから取り出すと「葵君、後ろを向いていて」と言って、僕を窓側にむかせると練習着を脱ぎ始めた。僕はカーテンのかかった窓を見ていた。日が暮れかかり、部屋の中は薄暗くなっていたが、まだ、電気をつけなくとも物の形や色がはっきりと見えた。背後で裸になった美智子がバスタオルで身体を拭いているようだった。
後ろ向きのまま「アイロンはどこにあるの」と聞くと「物置の下の方よ」と教えてくれたので、僕は美智子の方は見ないようにしながら物置の前に移動し、アイロンを見つけた。コンセントとはどこかなとあたりを見渡した時、バスタオルで脚を拭いている美智子が目の隅に入った。横側が見えた。僕の視線を感じた美智子はバスタオルで全身を隠した。僕は「ごめん」と言って急いで目を逸らした。
「ごめんね。見るつもりはなかったし、すぐ目をつぶったから見てないよ」と上ずった声で弁解した。実際、一瞬目に入っただけだった。しかし、裸体を前に曲げ、両手に持ったタオルで脚を拭いているフォルムの残像は鮮明で、美しい曲線的な輪郭が目に焼きつき、僕は顔が真っ赤になった。どきどきが停まらなかった。振り返ってもう一度見てみたいという願望を抑え、身体を硬くして美智子の着替えるのを待った。
「葵君、もういいわよ」と声をかけられたので、振り向くとショーツ姿の美智子が立っていた。バスタオルを肩から掛け、胸を腕と手で隠していたが、ショーツしか身に着けていなかった。キュートなおへそのくぼみが愛らしい。美智子の顔は上気して少し紅潮しているように見えた。最初、恥じらうような表情を見せたが、直ぐに口を引き締め、きりっとした目で僕の目をじっと見つめた。僕はその場で固まってしまった。
美智子も緊張しているらしく、動作がぎこちなかったが、僕の目を見ながら、胸の前でクロスさせていた腕をゆっくりと下ろした。それから、肩からタオルを外し、タオルで濡れた髪に巻いた。両手で隠されていた乳房が露わになった。僕の視線は美智子のバストに釘づけになった。
美智子の乳房はまだつぼみのような可憐な乳房であった。静香の乳房のような豊満さはまだなく、かたい微乳であった。可愛く愛らしくて、とてもいとおしく感じたが、僕は身じろぎひとつせず立ちつくしていた。美智子はしばらく僕の視線を浴びていたが、急に恥ずかしくなったのか、バスタオルで裸身を隠し、僕に後ろを向くように言った。
後ろ向きながら、美智子が僕に見せた大胆な行動の意味について考えていた。女の子は恥ずかしそうなふりをしているが、本当は自分の裸を見せたいのだろうか?はしたない、品がないといった非難が怖いから隠しているが、本当は自分の肌を見せびらかしたいというのが本音なのだろうか?女の子には、下品にならない範囲で肌を露出させて、異性を引き付けるという戦略が確かにあるのだろう。
しかし、先程の美智子の大胆すぎる行動はその女の戦略で説明しきれない。多分、戦略ではなく単純に、恥ずかしいけど自分の若く健康的な裸を僕に見せたかったに違いない。女の子は恥ずかしい気持ちと同時に好きな男子に美しい自分を見せたい気持ちがあるのだろう。恥ずかしくて本当は見せたくない自分の裸を僕に見せることによって、僕を信頼していることや僕に心を開いていることを示そうとしたのだろう。つまり、裸を見せても良いほど僕が好きだということを態度で示したに違いない。
美智子は着替えると、僕のズボンにアイロンをかけてくれた。その間、僕はブリーフをはいただけだったので、落ち着かなかった。ブリーフ姿を美智子に見られるのが恥ずかしかった。早くズボンをはきたかった。アイロンをかける美智子の傍らに無言で立ちながら、女の子は彼氏の裸に興味はないのかな?見たいと思ったりはしないのかな?男とは違うのだなあ・・・などと考えていた。
アイロンをかけ終わったころには、もう日没が迫っていた。僕は先程の美智子の行為にについて何か言わなくてはと思った。例えば、とても綺麗だったとか、嬉しかったとか・・・・。でも、美智子は先程の大胆な行動などなかったかのような素振りをしていたので、僕は何も言えなかった。二人は、誰にも気づかれないように音を立てず、無言のまま校舎を抜け出し、足早に帰路に就いた。
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