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エピローグ 美智子のその後ー再会と和解ー
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最後に美智子のその後について触れて、この物語を閉じることにする。
美智子に再会したのは、今から三か月ほど前である。高校時代以来であるから、二十六年ぶりであった。その日は妻のめぐみと虎杖浜(こじょうはま、アイヌ語でイタドリの群生するところの意味)の温泉に来ていた。
僕は二十六年前、静香の別れの手紙をもらって、バスで札幌から室蘭に向かう途中で見た虎杖浜の海岸の景色が忘れられない。千歳から苫小牧を抜け、国道三十六号の沿線沿いに、登別の手前の虎杖浜が見えた時、それまで、はやる気持ちで景色など見る余裕がなかったが、ようやく着いた、もうすぐ室蘭だと思うとほっとして、車窓から国道三十六号の沿線沿いの海岸に目を向けた。眼前には寒々とした荒れた海が広がり、鈍色の雲の下、白く波が砕け散っていた。その荒涼たる眺めが僕を締め付け、こらえていた涙がどっと溢れ出て、止まらなかった。
虎杖浜の海は、そんな悲しい思い出と結びついているのだけれど、なぜか僕は引き付けられ、度々訪れている。人影もまばらな海浜で、太平洋の彼方から、荒々しく、打ち寄せては引き、打ち寄せては引く波を見ていると、悲しみが洗い流され、心が落ち着き、慰められるのだ。
虎杖浜には、三〇件ほどの鄙びた温泉があり、室蘭から日帰りで気楽にいくことができ、獲れたての「たらこ」や「毛ガニ」も食べられるので、室蘭で医院を開業してからは、度々入浴に来ていた。いつもお客さんが少なく、目前の海を眺めながら、掛け流しの「美肌の湯」にゆっくりとつかることができた。
美智子と出会ったのは、日帰り入浴を終え、浜ゆでの毛ガニを買って帰ろうと立ち寄った製造直売店であった。買い物を終え帰ろうとしていたところに、薄黄色のフレアスカート、Tシャツにジャケットを肩がけし、スニーカーを履き、黒のストローハットをかぶったスタイルの良い女性が入ってくるのに出くわした。カジュアルな服装だったが、この田舎町には珍しいファションセンスの良さに思わず見とれてしまった。
八月の日差しを避けるために被っていたつば広の帽子を店の入り口で脱ぎ、うつむき加減の顔を上げた時、僕はその女性が美智子だとすぐ分かった。あの頃より頬のふくらみが増し、おっとりしたやさしさが加わっていたが、黒く太い眉とその下の大きな目は昔のままで、年を重ねても、美しさは変わらず、むしろ一層魅力的になっていた。
美智子はすれ違いざまにちらりと僕を見たが、そのまま通り過ぎようとした。しかし、一歩進んでから振り返った。僕と美智子は正面から見つめあった。僕を見る美智子の表情がみるみる変わり、美智子も僕と分かったようだった。
しばらく無言で立ちすくんでいると、傍らにいためぐみが、
「どなたですか。紹介して下さい」と声をかけてきた。
僕は、一瞬躊躇したが、
「幼なじみの二瓶美智子さん。家が近所で、小学校、中学、高校も同じだった」とめぐみに説明した。
それを聞いた美智子は
「今は、貝澤美智子です」と口を挟み、僕とめぐみに丁寧にお辞儀した。
僕はめぐみを美智子に紹介してから、少し緊張をといて、美智子に、
「今、どこにすんでいるのですか」と尋ねてみた。
「白老のポロト湖の湖畔で、ピポㇰ・レラ(湖の風)というアイヌ料理の店をやっています」
「あら、私、アイヌ料理食べたことないわ。食べてみたいわ。是非、行きましょうよ。あなた」
めぐみが無邪気に話に乗ってくる。
「第三土曜日には、アイヌ音楽のライブもやっていますので、よかったら聞きに来て下さい」と美智子が控えめに付け加えると、めぐみが、
「どんなコンサートなの」と聞く。
「私と夫で、ムックリ(口琴)やトンコリ(弦楽器)を演奏しながら、民族の伝承歌を歌っています」
「まあ、素敵。お店までどれ位で行けます?」
「室蘭から車で一時間もあれば来れますよ」
「主人と一緒に必ずお伺いしますわ」
「お待ちしています」と言うと、美智子はお辞儀して、水揚げされた魚介類の並べてある売り場に足を向けようとした。
めぐみと美智子のやり取りを聞いて、僕が室蘭に住んでいることを美智子が知っていたことに気が付き、もしかしたら親から聞いたのではないかと思い、僕は行こうとする美智子を制止し、
「小母さんや小父さんは、今も室蘭ですか。小母さんたちは元気ですか。僕は、今、本輪西で内科をやっていますので、病気のことで心配事があったら、いつでも相談に乗ると伝えて下さい。電話でも良いですので、気軽に声をかけて下さい」と言った。
美智子は微笑み、
「父と母は輪西に居ます。有難うございます。母と父に伝えます。宜しくお願いします」と、僕の目を見つめて言った。美智子の瞳は優しい暖かさを湛えていた。あんなひどい別れ方をしたのに、美智子はもう僕を許してくれているようだと思った。
美智子と別れると、めぐみが、
「きれいな方ね。もしかして初恋の人?」と聞く。
「そんなじゃないよ」
「嘘おっしゃい。好きだった子でしょう。顔を見ているとわかるのよ。隠しても駄目よ。あなたのことは全部お見通しよ」
そんなことを話しながら、僕たちは停めてあった車に向かった。
地元新聞の夕刊に、美智子夫妻を描いたドキュメンタリー映画の記事が掲載されたのは、美智子と再会した二週間後であった。フリーの助監督として、映画製作に関わってきた人が監督で、十年間かけて撮影した作品がようやく完成し、近々上映が始まるという記事であった。小シアターや公民館などでの上映を目指しているという。
記事には、美智子夫妻の来歴も書かれていたが、それによると、室蘭の看護学校を卒業後、上京して新宿の都立大久保病院で看護婦をしていた美智子は、関東在住のアイヌの集まりの会で、夫となる貝澤健司と出会う。貝澤は通信社の写真部員で、貧困や民主化運動の取材で海外を飛び回って活動していた。アイヌの会でアイヌ語やアイヌ文化を勉強する過程で、伝統歌「ウポポ」を歌ったり、民族楽器「トンコリ」を演奏したり、アイヌ料理を食べたりすることの楽しみに、二人は目覚め、熱中する。
その後、美智子と貝澤は、アイヌ関連のイベントでウポポの披露、現代音楽とコラボした音楽活動などを始める。一方、アイヌの会で、故郷を遠く離れて暮らすアイヌが気軽に入れるたまり場となるアイヌ料理店をつくろう、その料理店をアイヌ文化の発信基地としようという運動が始まり、仲間による街頭募金活動を経て、早稲田大学の前に料理店がオープンする。その料理店を、通信社をやめてフリーのカメラマンをしていた貝澤と美智子が引き受けることとなった。
料理店は八年近く営業したが、諸事情により店をたたむことになった。アイヌの味を伝え、アイヌ文化を広げる仕事を続けたいと思い、貝澤が白老のアイヌ集落出身であることもあって、一年前に白老に帰り、ポロト湖の湖畔にピポㇰ・レラ(湖の風)を開店した。
美智子の店に行ってみたいが、嫌な思いをさせるのではないかなどと逡巡していたが、この記事を読んで気持ちが固まった。めぐみと二人で訪れたのは、美智子と再会して一か月後の土曜日であった。午前中の診療を終え、遅い昼食を済ましてからの出発だったので、着いたのは四時少し前であった。
店は湖に面したポトロ公園の一角にあり、隣にロッジ風の古びた温泉旅館が建っていた。開店は五時で少し時間があったので、湖畔の遊歩道を散策することにする。湖面の上には、雲一つない青空が広がっていた。湖を囲んだ森の向こうに、のんびりと噴気を立ち昇らせている樽前山が遠望される。夏が終わり、爽やかな秋風が立ち始めていたが、周囲を山々に囲まれた、小さな湖は波一つなく静かに佇んでいた。対岸には復元された、アイヌコタンの茅葺の家屋群(昔からのアイヌ集落を移設した博物館)が見える。野外博物館の手前には、アイヌの人たちが、昔、オットセイや昆布をとるために使った丸木舟(チプ)も展示されている。
人があまりいない道をゆっくりと歩いていると、澄んだ空気と岸辺に咲く花々に癒され、二十六年前のことを思い出して、ざわついていた気持ちが少しずつ鎮まってくる。夕暮れて、湖が茜色に染まり始めたので、散策を止め、店に引き返すことにする。
すでに灯がともされ、柔らかい光がピポㇰ・レラの看板を照らし出していた。扉開けると一メートルほどの木彫りの鮭のレリーフが目に入る。壁には織物や彫り物などのアイヌ民芸品がかけられ、マキリ(小刃)、ムックリ(口琴)、アイヌ音楽のレコードなども所狭しと並んでいる。店内は40人ほどの客がいて、立錐の余地もないほどぎっしりだった。予約していなければ入れないところだった。座るところを捜して、きょろきょろしていると、美智子が僕たちを目ざとく見つけて近寄ってきた。今日は刺繍や継ぎ布でアイヌ文様が施された民族衣装で着飾っていた。アイヌ彫りの三つのモチーフを連ねた耳飾りが上気した頬にかかり、額にきりっと巻いた濃紺の鉢巻が眉と大きな目を引き立て、美智子の美しさを際立たせている。
「遠くからよくいらしてくださいました。どうぞこちらに」
美智子は、僕たちのために確保してあった、一番前の客席に案内してくれた。
「お客さんでいっぱいですわね。後から来た私たちが、こんな特等席で良いんですの」とめぐみが恐縮して、美智子の耳元に小声で言うと、美智子は無言で微笑む。
「盛況だね。すごい人気だね」と僕が言う。
「先日、新聞に書いて頂いたおかげです」
「映画に出演されるなんてすごいわ。アイヌの伝統音楽とご夫妻の音楽活動がテーマの映画なんですか?」とめぐみ。
「それもありますが、故郷の北海道を離れて東京に住むウタリ(仲間)の暮らしが描かれています。アイヌの踊りもたっぷり楽しめます」
「アイヌって何なのか、アイヌ民族として生きるって、どういうことなのか、どうアイヌ文化を受け継いでいくべきか、それを問う映画でもあるんだよね」と僕。
美智子は少し目を伏せてから、僕の質問には直接答えず、静かに
「アイヌ民族はもういない、滅びたという人もいますが、自然の恵みを大切にし、動物や植物に宿るカムイ(魂)と共に生きてきたアイヌの思いを、子供達や周りの人、観光で訪れる人達に伝えていきたいと思っています。今日は、月に一度のライブの日なので、料理はオハウ(鮭と野菜のスープ)といなきびごはんのセットしかありませんが、お酒を飲みながら、ゆっくり楽しんで下さい」と言い残して演奏の準備に戻った。
演奏は美智子の独唱で始まった。楽器はなく、美智子の手拍子だけのアカペラである。手拍子のリズムに乗って、美智子の澄んだ温かい声が会場に響く。やがて、貝澤の演奏するトンコリも加わり、二曲、三曲と歌い継ぐ。観客の手拍子と掛け声も加わり、段々盛り上がってくる。歌詞の意味は分からないが、言葉の不思議な響きと単調な繰り返しに、徐々に感興が高まり、僕は縄文の時代に迷い込んだような気持になる。
食事タイムの後で、美智子と貝澤のトンコリの合奏と美智子のムックリの演奏が行われた。ムックリの音色は、風の音、鳥や子熊の鳴き声、雨だれの音などを表現したもので、アイヌの女性が、好きな人ことを思ったり、熊狩りに行った夫の無事を祈ったりして、森の奥でひっそりと吹いたと言われている。ブーン、ブーンと風がうなっているように始まった美智子のムックリは、やがて、どこか懐かしく、もの悲しい音色に変わり、何故か静香のことが思い出され、涙が滲み出てきた。
最後の二人の演奏は素晴らしかった。貝澤のトンコリと美智子のボーカル、そして輪唱なような二人の掛け合い。美智子の手拍子に合わせて、観客も立ち上がり、手振り、身振りでリズムをとる。アイヌシモリ(アイヌ(人間)の大地)で生活や労働の中で生まれ、何代も歌い継がれてきた調べが、心に沁みとおる。
演奏が終わると、めぐみが、
「来て良かったわ。アイヌの歌も楽器も初めて聴いたけれど、感動したわ。心がゆさぶられ涙が出てきそうになったわ」と感想を述べる。
「僕も引き込まれたよ。いつまでも耳に残りそうだね」
「美智子さんの演奏しているときのお顔、神々しいほど美しかったわ。美智子さんに挨拶してから帰ります?」
「いや、他の人と話しているし、後片付けで忙しいだろうから、このまま失礼しよう」
出口まで来ると、めぐみがトイレに寄ると言い出したので、戸口の横で立っていると、美智子が側に駆け寄ってきた。
「音楽、素晴らしかったです。感動しました。心に刻み込まれました。料理も大変おいしかったです」
「ありがとうございました」と嬉しそうに言ってから、話題にしてもいいものか少し迷った表情を見せながら、
「お母さんは北朝鮮に帰国されたと伺っていますが、お元気ですか」と尋ねた。
「音信不通で、長年行方不明だったのですが、最近、死亡が確認されました。北朝鮮に行って、数年で亡くなったようです」
「そうですか。お気の毒でしたね」
めぐみがまだトイレから戻ってこないので、今が謝罪の言葉を述べるチャンスだと考え、
「あの時は本当に申し訳ありませんでした。自分勝手で大切な人を傷つけてしまい、謝っても償えることではありませんが、ひどいことをしてしまったと後悔しています」
「葵君と過ごした高校三年間は、私にとって、忘れることがない大切な思い出です」
「土下座しても謝り切れない、ひどいことをしたのに、そう言ってくれて、ずっと引っ掛かっていた胸のつっかえが、少し軽くなりました」
「食事をしたり、演奏に聴きに、今後定期的にお邪魔したいと思いますが宜しいですか。迷惑ではないですか」
「来ていただけるのを楽しみにお待ちしてます」
「それから、母が体調のことで、葵君に相談したいと言っておりましたが、伺って宜しいですか」
「分かりました。明日にでも僕から小母さんに電話しますので、そう伝えておいて。小母さんと話すのは久しぶりだなあ。懐かしいなあ。おいしい御飯をごちそうになったのを思い出すな」
「葵君ありがとう」と言うと、美智子は一礼して、店の奥の方に戻って行った。トイレの方を振り返ると、僕たちの会話が終わるのを、めぐみが少し離れたところで待っていた。
「話はもう済んだの。帰りましょう」と言ってから、めぐみは「彼女、あなたのことを葵君と呼んでいたわね。やっぱりそういう深い仲だったのね」とからかう。そういえば、女の子には金田君とか金田さんと言われていて、僕のことを葵君と呼んだ女性は、これまで美智子以外はいなかったと気づく。静香や親戚は葵ちゃんだし、めぐみは葵さんと呼んでいた。葵君と呼ぶのは美智子が最初で最後なんだろうと思う。
外に出ると、隣の温泉旅館の明かりしかなく、あたりは真っ暗だった。空には、手が届くほど近くに無数の星が輝いていた。夜が更けて気温が随分低くなっていたが、高まった気持ちがさめず、あまり寒く感じない。火照った顔に冷気が気持ち良い。湖上の月や星を少し眺めていたいと思ったが、「体が冷えてしまうから、早く車に入りましょう」とめぐみに促されて、名残り惜しかったが、車に乗り込んだ。
セックスは基本的には楽しいものであり、からだ自身のためのたのしみである。もはやセックスを結婚や子育てのわくの中で考える必要はないので、われわれは、そうきまじめに考える必要はなく、性の喜びをもっとカジュアルで気軽なものと考えて楽しむことができるのではないだろうか。
(ヒューマンセクシュアリティ 第4章147~148ページ マイケル・スコフィールド 新井康允訳 東京図書)
われわれは人間のいろいろと変わった性行動を考える場合、それが正常か典型的なものかということをすぐ考えてしまう。このまちがった前提にたつと、かえって人を迷わす結果になりかねない。それは、人びとはみな自分の性が典型的なものであると考えているからである。
(ヒューマンセクシュアリティ 第3章80ページ リチャード・グリーン 新井康允訳 東京図書)
人間の性行動がホルモンによる支配から部分的に解放され、大脳皮質のコントロールによって多くの部分が代行されるようになったので、人間の性的表現と性的経験の範囲が非常に増大したのも事実である。
(ヒューマンセクシュアリティ 第5章177ページ C・R・オースティン 新井康允訳 東京図書)
美智子に再会したのは、今から三か月ほど前である。高校時代以来であるから、二十六年ぶりであった。その日は妻のめぐみと虎杖浜(こじょうはま、アイヌ語でイタドリの群生するところの意味)の温泉に来ていた。
僕は二十六年前、静香の別れの手紙をもらって、バスで札幌から室蘭に向かう途中で見た虎杖浜の海岸の景色が忘れられない。千歳から苫小牧を抜け、国道三十六号の沿線沿いに、登別の手前の虎杖浜が見えた時、それまで、はやる気持ちで景色など見る余裕がなかったが、ようやく着いた、もうすぐ室蘭だと思うとほっとして、車窓から国道三十六号の沿線沿いの海岸に目を向けた。眼前には寒々とした荒れた海が広がり、鈍色の雲の下、白く波が砕け散っていた。その荒涼たる眺めが僕を締め付け、こらえていた涙がどっと溢れ出て、止まらなかった。
虎杖浜の海は、そんな悲しい思い出と結びついているのだけれど、なぜか僕は引き付けられ、度々訪れている。人影もまばらな海浜で、太平洋の彼方から、荒々しく、打ち寄せては引き、打ち寄せては引く波を見ていると、悲しみが洗い流され、心が落ち着き、慰められるのだ。
虎杖浜には、三〇件ほどの鄙びた温泉があり、室蘭から日帰りで気楽にいくことができ、獲れたての「たらこ」や「毛ガニ」も食べられるので、室蘭で医院を開業してからは、度々入浴に来ていた。いつもお客さんが少なく、目前の海を眺めながら、掛け流しの「美肌の湯」にゆっくりとつかることができた。
美智子と出会ったのは、日帰り入浴を終え、浜ゆでの毛ガニを買って帰ろうと立ち寄った製造直売店であった。買い物を終え帰ろうとしていたところに、薄黄色のフレアスカート、Tシャツにジャケットを肩がけし、スニーカーを履き、黒のストローハットをかぶったスタイルの良い女性が入ってくるのに出くわした。カジュアルな服装だったが、この田舎町には珍しいファションセンスの良さに思わず見とれてしまった。
八月の日差しを避けるために被っていたつば広の帽子を店の入り口で脱ぎ、うつむき加減の顔を上げた時、僕はその女性が美智子だとすぐ分かった。あの頃より頬のふくらみが増し、おっとりしたやさしさが加わっていたが、黒く太い眉とその下の大きな目は昔のままで、年を重ねても、美しさは変わらず、むしろ一層魅力的になっていた。
美智子はすれ違いざまにちらりと僕を見たが、そのまま通り過ぎようとした。しかし、一歩進んでから振り返った。僕と美智子は正面から見つめあった。僕を見る美智子の表情がみるみる変わり、美智子も僕と分かったようだった。
しばらく無言で立ちすくんでいると、傍らにいためぐみが、
「どなたですか。紹介して下さい」と声をかけてきた。
僕は、一瞬躊躇したが、
「幼なじみの二瓶美智子さん。家が近所で、小学校、中学、高校も同じだった」とめぐみに説明した。
それを聞いた美智子は
「今は、貝澤美智子です」と口を挟み、僕とめぐみに丁寧にお辞儀した。
僕はめぐみを美智子に紹介してから、少し緊張をといて、美智子に、
「今、どこにすんでいるのですか」と尋ねてみた。
「白老のポロト湖の湖畔で、ピポㇰ・レラ(湖の風)というアイヌ料理の店をやっています」
「あら、私、アイヌ料理食べたことないわ。食べてみたいわ。是非、行きましょうよ。あなた」
めぐみが無邪気に話に乗ってくる。
「第三土曜日には、アイヌ音楽のライブもやっていますので、よかったら聞きに来て下さい」と美智子が控えめに付け加えると、めぐみが、
「どんなコンサートなの」と聞く。
「私と夫で、ムックリ(口琴)やトンコリ(弦楽器)を演奏しながら、民族の伝承歌を歌っています」
「まあ、素敵。お店までどれ位で行けます?」
「室蘭から車で一時間もあれば来れますよ」
「主人と一緒に必ずお伺いしますわ」
「お待ちしています」と言うと、美智子はお辞儀して、水揚げされた魚介類の並べてある売り場に足を向けようとした。
めぐみと美智子のやり取りを聞いて、僕が室蘭に住んでいることを美智子が知っていたことに気が付き、もしかしたら親から聞いたのではないかと思い、僕は行こうとする美智子を制止し、
「小母さんや小父さんは、今も室蘭ですか。小母さんたちは元気ですか。僕は、今、本輪西で内科をやっていますので、病気のことで心配事があったら、いつでも相談に乗ると伝えて下さい。電話でも良いですので、気軽に声をかけて下さい」と言った。
美智子は微笑み、
「父と母は輪西に居ます。有難うございます。母と父に伝えます。宜しくお願いします」と、僕の目を見つめて言った。美智子の瞳は優しい暖かさを湛えていた。あんなひどい別れ方をしたのに、美智子はもう僕を許してくれているようだと思った。
美智子と別れると、めぐみが、
「きれいな方ね。もしかして初恋の人?」と聞く。
「そんなじゃないよ」
「嘘おっしゃい。好きだった子でしょう。顔を見ているとわかるのよ。隠しても駄目よ。あなたのことは全部お見通しよ」
そんなことを話しながら、僕たちは停めてあった車に向かった。
地元新聞の夕刊に、美智子夫妻を描いたドキュメンタリー映画の記事が掲載されたのは、美智子と再会した二週間後であった。フリーの助監督として、映画製作に関わってきた人が監督で、十年間かけて撮影した作品がようやく完成し、近々上映が始まるという記事であった。小シアターや公民館などでの上映を目指しているという。
記事には、美智子夫妻の来歴も書かれていたが、それによると、室蘭の看護学校を卒業後、上京して新宿の都立大久保病院で看護婦をしていた美智子は、関東在住のアイヌの集まりの会で、夫となる貝澤健司と出会う。貝澤は通信社の写真部員で、貧困や民主化運動の取材で海外を飛び回って活動していた。アイヌの会でアイヌ語やアイヌ文化を勉強する過程で、伝統歌「ウポポ」を歌ったり、民族楽器「トンコリ」を演奏したり、アイヌ料理を食べたりすることの楽しみに、二人は目覚め、熱中する。
その後、美智子と貝澤は、アイヌ関連のイベントでウポポの披露、現代音楽とコラボした音楽活動などを始める。一方、アイヌの会で、故郷を遠く離れて暮らすアイヌが気軽に入れるたまり場となるアイヌ料理店をつくろう、その料理店をアイヌ文化の発信基地としようという運動が始まり、仲間による街頭募金活動を経て、早稲田大学の前に料理店がオープンする。その料理店を、通信社をやめてフリーのカメラマンをしていた貝澤と美智子が引き受けることとなった。
料理店は八年近く営業したが、諸事情により店をたたむことになった。アイヌの味を伝え、アイヌ文化を広げる仕事を続けたいと思い、貝澤が白老のアイヌ集落出身であることもあって、一年前に白老に帰り、ポロト湖の湖畔にピポㇰ・レラ(湖の風)を開店した。
美智子の店に行ってみたいが、嫌な思いをさせるのではないかなどと逡巡していたが、この記事を読んで気持ちが固まった。めぐみと二人で訪れたのは、美智子と再会して一か月後の土曜日であった。午前中の診療を終え、遅い昼食を済ましてからの出発だったので、着いたのは四時少し前であった。
店は湖に面したポトロ公園の一角にあり、隣にロッジ風の古びた温泉旅館が建っていた。開店は五時で少し時間があったので、湖畔の遊歩道を散策することにする。湖面の上には、雲一つない青空が広がっていた。湖を囲んだ森の向こうに、のんびりと噴気を立ち昇らせている樽前山が遠望される。夏が終わり、爽やかな秋風が立ち始めていたが、周囲を山々に囲まれた、小さな湖は波一つなく静かに佇んでいた。対岸には復元された、アイヌコタンの茅葺の家屋群(昔からのアイヌ集落を移設した博物館)が見える。野外博物館の手前には、アイヌの人たちが、昔、オットセイや昆布をとるために使った丸木舟(チプ)も展示されている。
人があまりいない道をゆっくりと歩いていると、澄んだ空気と岸辺に咲く花々に癒され、二十六年前のことを思い出して、ざわついていた気持ちが少しずつ鎮まってくる。夕暮れて、湖が茜色に染まり始めたので、散策を止め、店に引き返すことにする。
すでに灯がともされ、柔らかい光がピポㇰ・レラの看板を照らし出していた。扉開けると一メートルほどの木彫りの鮭のレリーフが目に入る。壁には織物や彫り物などのアイヌ民芸品がかけられ、マキリ(小刃)、ムックリ(口琴)、アイヌ音楽のレコードなども所狭しと並んでいる。店内は40人ほどの客がいて、立錐の余地もないほどぎっしりだった。予約していなければ入れないところだった。座るところを捜して、きょろきょろしていると、美智子が僕たちを目ざとく見つけて近寄ってきた。今日は刺繍や継ぎ布でアイヌ文様が施された民族衣装で着飾っていた。アイヌ彫りの三つのモチーフを連ねた耳飾りが上気した頬にかかり、額にきりっと巻いた濃紺の鉢巻が眉と大きな目を引き立て、美智子の美しさを際立たせている。
「遠くからよくいらしてくださいました。どうぞこちらに」
美智子は、僕たちのために確保してあった、一番前の客席に案内してくれた。
「お客さんでいっぱいですわね。後から来た私たちが、こんな特等席で良いんですの」とめぐみが恐縮して、美智子の耳元に小声で言うと、美智子は無言で微笑む。
「盛況だね。すごい人気だね」と僕が言う。
「先日、新聞に書いて頂いたおかげです」
「映画に出演されるなんてすごいわ。アイヌの伝統音楽とご夫妻の音楽活動がテーマの映画なんですか?」とめぐみ。
「それもありますが、故郷の北海道を離れて東京に住むウタリ(仲間)の暮らしが描かれています。アイヌの踊りもたっぷり楽しめます」
「アイヌって何なのか、アイヌ民族として生きるって、どういうことなのか、どうアイヌ文化を受け継いでいくべきか、それを問う映画でもあるんだよね」と僕。
美智子は少し目を伏せてから、僕の質問には直接答えず、静かに
「アイヌ民族はもういない、滅びたという人もいますが、自然の恵みを大切にし、動物や植物に宿るカムイ(魂)と共に生きてきたアイヌの思いを、子供達や周りの人、観光で訪れる人達に伝えていきたいと思っています。今日は、月に一度のライブの日なので、料理はオハウ(鮭と野菜のスープ)といなきびごはんのセットしかありませんが、お酒を飲みながら、ゆっくり楽しんで下さい」と言い残して演奏の準備に戻った。
演奏は美智子の独唱で始まった。楽器はなく、美智子の手拍子だけのアカペラである。手拍子のリズムに乗って、美智子の澄んだ温かい声が会場に響く。やがて、貝澤の演奏するトンコリも加わり、二曲、三曲と歌い継ぐ。観客の手拍子と掛け声も加わり、段々盛り上がってくる。歌詞の意味は分からないが、言葉の不思議な響きと単調な繰り返しに、徐々に感興が高まり、僕は縄文の時代に迷い込んだような気持になる。
食事タイムの後で、美智子と貝澤のトンコリの合奏と美智子のムックリの演奏が行われた。ムックリの音色は、風の音、鳥や子熊の鳴き声、雨だれの音などを表現したもので、アイヌの女性が、好きな人ことを思ったり、熊狩りに行った夫の無事を祈ったりして、森の奥でひっそりと吹いたと言われている。ブーン、ブーンと風がうなっているように始まった美智子のムックリは、やがて、どこか懐かしく、もの悲しい音色に変わり、何故か静香のことが思い出され、涙が滲み出てきた。
最後の二人の演奏は素晴らしかった。貝澤のトンコリと美智子のボーカル、そして輪唱なような二人の掛け合い。美智子の手拍子に合わせて、観客も立ち上がり、手振り、身振りでリズムをとる。アイヌシモリ(アイヌ(人間)の大地)で生活や労働の中で生まれ、何代も歌い継がれてきた調べが、心に沁みとおる。
演奏が終わると、めぐみが、
「来て良かったわ。アイヌの歌も楽器も初めて聴いたけれど、感動したわ。心がゆさぶられ涙が出てきそうになったわ」と感想を述べる。
「僕も引き込まれたよ。いつまでも耳に残りそうだね」
「美智子さんの演奏しているときのお顔、神々しいほど美しかったわ。美智子さんに挨拶してから帰ります?」
「いや、他の人と話しているし、後片付けで忙しいだろうから、このまま失礼しよう」
出口まで来ると、めぐみがトイレに寄ると言い出したので、戸口の横で立っていると、美智子が側に駆け寄ってきた。
「音楽、素晴らしかったです。感動しました。心に刻み込まれました。料理も大変おいしかったです」
「ありがとうございました」と嬉しそうに言ってから、話題にしてもいいものか少し迷った表情を見せながら、
「お母さんは北朝鮮に帰国されたと伺っていますが、お元気ですか」と尋ねた。
「音信不通で、長年行方不明だったのですが、最近、死亡が確認されました。北朝鮮に行って、数年で亡くなったようです」
「そうですか。お気の毒でしたね」
めぐみがまだトイレから戻ってこないので、今が謝罪の言葉を述べるチャンスだと考え、
「あの時は本当に申し訳ありませんでした。自分勝手で大切な人を傷つけてしまい、謝っても償えることではありませんが、ひどいことをしてしまったと後悔しています」
「葵君と過ごした高校三年間は、私にとって、忘れることがない大切な思い出です」
「土下座しても謝り切れない、ひどいことをしたのに、そう言ってくれて、ずっと引っ掛かっていた胸のつっかえが、少し軽くなりました」
「食事をしたり、演奏に聴きに、今後定期的にお邪魔したいと思いますが宜しいですか。迷惑ではないですか」
「来ていただけるのを楽しみにお待ちしてます」
「それから、母が体調のことで、葵君に相談したいと言っておりましたが、伺って宜しいですか」
「分かりました。明日にでも僕から小母さんに電話しますので、そう伝えておいて。小母さんと話すのは久しぶりだなあ。懐かしいなあ。おいしい御飯をごちそうになったのを思い出すな」
「葵君ありがとう」と言うと、美智子は一礼して、店の奥の方に戻って行った。トイレの方を振り返ると、僕たちの会話が終わるのを、めぐみが少し離れたところで待っていた。
「話はもう済んだの。帰りましょう」と言ってから、めぐみは「彼女、あなたのことを葵君と呼んでいたわね。やっぱりそういう深い仲だったのね」とからかう。そういえば、女の子には金田君とか金田さんと言われていて、僕のことを葵君と呼んだ女性は、これまで美智子以外はいなかったと気づく。静香や親戚は葵ちゃんだし、めぐみは葵さんと呼んでいた。葵君と呼ぶのは美智子が最初で最後なんだろうと思う。
外に出ると、隣の温泉旅館の明かりしかなく、あたりは真っ暗だった。空には、手が届くほど近くに無数の星が輝いていた。夜が更けて気温が随分低くなっていたが、高まった気持ちがさめず、あまり寒く感じない。火照った顔に冷気が気持ち良い。湖上の月や星を少し眺めていたいと思ったが、「体が冷えてしまうから、早く車に入りましょう」とめぐみに促されて、名残り惜しかったが、車に乗り込んだ。
セックスは基本的には楽しいものであり、からだ自身のためのたのしみである。もはやセックスを結婚や子育てのわくの中で考える必要はないので、われわれは、そうきまじめに考える必要はなく、性の喜びをもっとカジュアルで気軽なものと考えて楽しむことができるのではないだろうか。
(ヒューマンセクシュアリティ 第4章147~148ページ マイケル・スコフィールド 新井康允訳 東京図書)
われわれは人間のいろいろと変わった性行動を考える場合、それが正常か典型的なものかということをすぐ考えてしまう。このまちがった前提にたつと、かえって人を迷わす結果になりかねない。それは、人びとはみな自分の性が典型的なものであると考えているからである。
(ヒューマンセクシュアリティ 第3章80ページ リチャード・グリーン 新井康允訳 東京図書)
人間の性行動がホルモンによる支配から部分的に解放され、大脳皮質のコントロールによって多くの部分が代行されるようになったので、人間の性的表現と性的経験の範囲が非常に増大したのも事実である。
(ヒューマンセクシュアリティ 第5章177ページ C・R・オースティン 新井康允訳 東京図書)
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