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アビスフリード争奪戦
幻影 ~phantom~ ②前編
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落ち着きを求めて廊下を歩く。
部屋にあったミネラルウォーターを飲むのもよかったが、こうなるといっそ動いてしまった方がいい。最悪、外で夜風に当たるのもまた良い。眠ることが回復法としては最善だが、リラックスすることも回復法の一つ。気分的に選んだものだが、決して悪い方には行かないことだけは保証できる……多分。
とはいえ、宮殿内は広い。
まだあちこちが破損したりしていて、惨劇の傷跡が見え隠れしていた。これでも半日前よりはかなりマシになっている。それだけ、当時は酷かったのだろう。ユミが憤るのも無理はない。
そうして歩いているうちに、まだ明かりが漏れている部屋があった。
(……あそこは)
それは、オープニングセレモニー、食事の際に使われた会堂。そして、誰かのミスか、僅かに扉が開いていた。
零弥はそっと近づく。音を立てず、息も殺して、ドアの元へと近寄っていく。
(……ですわ)
(そうか……)
そこにいるのは二人。
もちろん、誰かは視なくとも分かる。
(……スフィアと……クーゲル・ヴァールリード。こんな時間に何をしている?)
零弥は引き続き聞き耳を立てた。
「人類陣営は中々の活躍をされていましたわ。特にレイヤ。獣人の方を触れただけで飛ばしてしまうんですもの」
「その『触れた』ことが重要だ。どうやら、生命体等の複雑な物体は触れなければ効果を発揮しないのは魔術も能力も同じようだ」
魔術も、『物体の情報を改編する』という点では能力と同じである。だからこそ、直接生命体を殺害するような魔術は触れなければ不発になる。しかも、魔力は消費される。
「だが、我々が想定していなかったの二人体勢での参戦だが……あちらの女性は役に立っていなかったのではないか?」
クーゲルが冷たい口調で聞く。
「……それが……そうともいかないのですわ」
スフィアは何かを含むような返答をする。
「何だ?」
「彼女が持つ剣、それのことで一つ引っ掛かっていることが」
(……桐鋼?)
零弥はさらに深く耳を澄ませた。不思議なもので、集中しているとさらによく聞こえるものだ。二人の会話はまだ続く。
「私が日本で逃げているとき、ある男に襲撃されましたの。そのとき、彼女、ユミが助けに来てくれましたわ。ですが、彼女は能力持ちではありませんでした」
「……なら、どうしてあの男は彼女を引き連れる?」
クーゲルがもう一度問いかける。
「わたくしの目の前で、ユミの剣が、男の能力を打ち消したのです」
「……何だと?」
どうやら、ここまでは零弥も知っている情報のようだ。
「剣が能力を打ち消す……そんな事が……まさか、アレが彼女の元に生き続けているとは言わないだろうな!?」
(桐鋼を……知っているのか!?)
さすがに、零弥も驚いてしまった。
ユミですらその正体を知らない謎の剣。そんなものを、国も種族も異なる二人が心当たりがあることに、零弥は驚かざるを得なかった。
「……そのまさかだと、わたくしは思いますわ」
「あの少女が、あんな代物を……」
二人は現実を信じられないような表情をしている。特に、クーゲルは厳しい表情だ。
「大戦時代、人類の希望の欠片だった古代兵器……」
「その名も、『アーティファクト』」
(アーティ……ファクト?)
スフィアからは聞き覚えの無い単語が飛び出した。能力を内蔵した剣。これが只者ではないことは明らかだったが、まさか大戦時代に存在していたとは考えられなかった。
確かに、人類の文明は八千年以上前から進化が著しく、現在に至るまではその高度な技術でなんとか生き残っていた。能力持ちの活躍も確かだったが、何よりその技術が人類に『敗け』をもたらさなかった。
その技術が、ここにある。
その事実の重大さと貴重度は、無関係な人物でも分かる。
(……スフィアが言っていることは事実かどうかは分からない……が、もし本当だとしたらどうなるんだ?)
零弥はさらに考える。
そして思い出す。
(そうか、桐鋼の出所がまだわかっていなかった……)
現在ここに存在するのなら、当然湧く疑問。それは、どのようにしてユミの手に渡ったか、である。
正確には、最後の段階は判明している。
ユミが訓練の修了間際、そのときの長官に手渡されたのだ。『相崎悠海ならば操れる』と。事実、数多もの実力者が試し斬りを行ったにも関わらず、まともに扱える者はいなかったという。
「あの二人は、アーティファクトの存在を知っていたのか?もしそうならば、かなりの戦略家だな」
「レイヤ・シイナは極めて聡明な方です。もしかしたら既にご存知なのかも……と言いたいところですが、一般人ならばあり得ないと思います。何故、国家レベルの情報ですので。知りうるとしたら、当時から存命できる寿命を持つ戦機族か、国家に近い存在に限られるでしょう。まさか、そんなことはないでしょうが」
その推理は正しい。事実、零弥は桐鋼については何も知らなかった。
そして、ここから更に読み取れることがある。
それは、スフィアを始め、リーピタン王国の重鎮に目をつけられたということだ。
それによって発生するリスクはもう見えている。むしろ、そんなことは上等で動いていたつもりだった。
「明日は最終日。そのつぎの日は、いよいよ、お前の新しいスタートだ」
「……お兄様」
スフィアはうつむきながら口にする。
「本当に、わたくしでよろしいのでしょうか?」
「……生憎だが、俺は政治のことは全くわからない。ただ敵陣に突っ込んでこの剣を振るうだけのしがない傭兵さ。こういった、戦略と知識の限りを尽くしたリーダーシップは、お前が合っているんだ。自信を持て、スフィア」
クーゲルは笑顔で返す。だが、スフィアの表情は晴れないままだった。
「もう遅い。そろそろ寝よう。では」
「……お休みなさいませ」
クーゲルは零弥が盗み聞きをしていたドアとは別の出入口から出ていく。その後はどうなったかは零弥は知らない。
そして、スフィアはクーゲルとは別に、零弥がいるドアへと来る。その事も零弥は知らなかった。
「……レイヤ!?」
思わず叫び出しそうになったが、必死に声を抑えるスフィア。零弥としても、二人の話に聞き入ってしまったのは失敗だと感じている。むしろ、声を抑えてくれただけラッキーに感じている次第だ。
「……通りすがったところだが、ちょっと付き合ってもらうぞ」
「……はい?」
零弥とばったりあってしまった衝撃に、スフィアは心を落ち着かせることができないままであった。
部屋にあったミネラルウォーターを飲むのもよかったが、こうなるといっそ動いてしまった方がいい。最悪、外で夜風に当たるのもまた良い。眠ることが回復法としては最善だが、リラックスすることも回復法の一つ。気分的に選んだものだが、決して悪い方には行かないことだけは保証できる……多分。
とはいえ、宮殿内は広い。
まだあちこちが破損したりしていて、惨劇の傷跡が見え隠れしていた。これでも半日前よりはかなりマシになっている。それだけ、当時は酷かったのだろう。ユミが憤るのも無理はない。
そうして歩いているうちに、まだ明かりが漏れている部屋があった。
(……あそこは)
それは、オープニングセレモニー、食事の際に使われた会堂。そして、誰かのミスか、僅かに扉が開いていた。
零弥はそっと近づく。音を立てず、息も殺して、ドアの元へと近寄っていく。
(……ですわ)
(そうか……)
そこにいるのは二人。
もちろん、誰かは視なくとも分かる。
(……スフィアと……クーゲル・ヴァールリード。こんな時間に何をしている?)
零弥は引き続き聞き耳を立てた。
「人類陣営は中々の活躍をされていましたわ。特にレイヤ。獣人の方を触れただけで飛ばしてしまうんですもの」
「その『触れた』ことが重要だ。どうやら、生命体等の複雑な物体は触れなければ効果を発揮しないのは魔術も能力も同じようだ」
魔術も、『物体の情報を改編する』という点では能力と同じである。だからこそ、直接生命体を殺害するような魔術は触れなければ不発になる。しかも、魔力は消費される。
「だが、我々が想定していなかったの二人体勢での参戦だが……あちらの女性は役に立っていなかったのではないか?」
クーゲルが冷たい口調で聞く。
「……それが……そうともいかないのですわ」
スフィアは何かを含むような返答をする。
「何だ?」
「彼女が持つ剣、それのことで一つ引っ掛かっていることが」
(……桐鋼?)
零弥はさらに深く耳を澄ませた。不思議なもので、集中しているとさらによく聞こえるものだ。二人の会話はまだ続く。
「私が日本で逃げているとき、ある男に襲撃されましたの。そのとき、彼女、ユミが助けに来てくれましたわ。ですが、彼女は能力持ちではありませんでした」
「……なら、どうしてあの男は彼女を引き連れる?」
クーゲルがもう一度問いかける。
「わたくしの目の前で、ユミの剣が、男の能力を打ち消したのです」
「……何だと?」
どうやら、ここまでは零弥も知っている情報のようだ。
「剣が能力を打ち消す……そんな事が……まさか、アレが彼女の元に生き続けているとは言わないだろうな!?」
(桐鋼を……知っているのか!?)
さすがに、零弥も驚いてしまった。
ユミですらその正体を知らない謎の剣。そんなものを、国も種族も異なる二人が心当たりがあることに、零弥は驚かざるを得なかった。
「……そのまさかだと、わたくしは思いますわ」
「あの少女が、あんな代物を……」
二人は現実を信じられないような表情をしている。特に、クーゲルは厳しい表情だ。
「大戦時代、人類の希望の欠片だった古代兵器……」
「その名も、『アーティファクト』」
(アーティ……ファクト?)
スフィアからは聞き覚えの無い単語が飛び出した。能力を内蔵した剣。これが只者ではないことは明らかだったが、まさか大戦時代に存在していたとは考えられなかった。
確かに、人類の文明は八千年以上前から進化が著しく、現在に至るまではその高度な技術でなんとか生き残っていた。能力持ちの活躍も確かだったが、何よりその技術が人類に『敗け』をもたらさなかった。
その技術が、ここにある。
その事実の重大さと貴重度は、無関係な人物でも分かる。
(……スフィアが言っていることは事実かどうかは分からない……が、もし本当だとしたらどうなるんだ?)
零弥はさらに考える。
そして思い出す。
(そうか、桐鋼の出所がまだわかっていなかった……)
現在ここに存在するのなら、当然湧く疑問。それは、どのようにしてユミの手に渡ったか、である。
正確には、最後の段階は判明している。
ユミが訓練の修了間際、そのときの長官に手渡されたのだ。『相崎悠海ならば操れる』と。事実、数多もの実力者が試し斬りを行ったにも関わらず、まともに扱える者はいなかったという。
「あの二人は、アーティファクトの存在を知っていたのか?もしそうならば、かなりの戦略家だな」
「レイヤ・シイナは極めて聡明な方です。もしかしたら既にご存知なのかも……と言いたいところですが、一般人ならばあり得ないと思います。何故、国家レベルの情報ですので。知りうるとしたら、当時から存命できる寿命を持つ戦機族か、国家に近い存在に限られるでしょう。まさか、そんなことはないでしょうが」
その推理は正しい。事実、零弥は桐鋼については何も知らなかった。
そして、ここから更に読み取れることがある。
それは、スフィアを始め、リーピタン王国の重鎮に目をつけられたということだ。
それによって発生するリスクはもう見えている。むしろ、そんなことは上等で動いていたつもりだった。
「明日は最終日。そのつぎの日は、いよいよ、お前の新しいスタートだ」
「……お兄様」
スフィアはうつむきながら口にする。
「本当に、わたくしでよろしいのでしょうか?」
「……生憎だが、俺は政治のことは全くわからない。ただ敵陣に突っ込んでこの剣を振るうだけのしがない傭兵さ。こういった、戦略と知識の限りを尽くしたリーダーシップは、お前が合っているんだ。自信を持て、スフィア」
クーゲルは笑顔で返す。だが、スフィアの表情は晴れないままだった。
「もう遅い。そろそろ寝よう。では」
「……お休みなさいませ」
クーゲルは零弥が盗み聞きをしていたドアとは別の出入口から出ていく。その後はどうなったかは零弥は知らない。
そして、スフィアはクーゲルとは別に、零弥がいるドアへと来る。その事も零弥は知らなかった。
「……レイヤ!?」
思わず叫び出しそうになったが、必死に声を抑えるスフィア。零弥としても、二人の話に聞き入ってしまったのは失敗だと感じている。むしろ、声を抑えてくれただけラッキーに感じている次第だ。
「……通りすがったところだが、ちょっと付き合ってもらうぞ」
「……はい?」
零弥とばったりあってしまった衝撃に、スフィアは心を落ち着かせることができないままであった。
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