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アビスフリード争奪戦
幻影~phantom~①後編
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「アビスフリードのために……スフィアの家族を……!」
ユミが唇をぐっと噛み締める。
己の欲望のために、大切な家族、支えてくれるものの命を奪い取る行為に、ユミは怒りを抑えられない。
「零弥……その組織に関して、何か知らない?」
不味い。
ユミがフェイルノートの事を聞き始めた。これでは大きな事件に巻き込んでしまう。
だが、変に突き返せばかえって逆効果だ。
したがって、零弥は何も言い返せなかった。
「私……その組織が許せないの。貴石競争が終わったら、すぐに追跡しないと……」
「待て、無計画にやろうとするな。位置も規模も特定できていないのに動けるわけがない!」
「待ってられないでしょ!現に家族は殺されてるんだから……」
ユミは怒りに任せている。理性も行動も。
「気持ちはわかる。だが、よく分からない相手に向かって突撃するのは自ら死にに行くのと同じだぞ!」
零弥は方向を変える。ユミを諭すことで、フェイルノートの追及を押さえることにした。
「でも、私達には特別な力がある。ペルティエの時だってそう。全員無傷で帰って来た。零弥だって、あの猛獣を一人で倒したんだよ!」
「城内に総攻撃できる余裕があるんだ。おそらく、能力だけでは戦えない。しかも魔族を相手にするなら尚更だ」
零弥はそう口にすると共に、若干の申し訳なさを感じた。
「確かに、俺は魔力によって破格のパワーを与えられた魔術と戦った。そして無傷で勝てた。だが、それは偶然、俺の動きに奴がついてこれなかったからだ。もしそうならば、分かるよな?」
もし、能力が通用しなければ、他の方法が無い限り死んでいた。零弥はそう言う。
元々、ペルティエ襲撃を提案したのは零弥であった。だからこそ、ほぼ同じ理由で突き放すのはアンフェアであり、説得力に欠ける。ペルティエ殲滅の弊害がここで出てくるとは、思いもよらないとはこの事か。
だからこそ、零弥はこう仕掛ける。
「奴らを叩いたのは俺達の目的を達成する上で邪魔になるかもしれないからだ。そうでなければ最初から無視している。
なぁ、俺達は今まで何をしてきた?過去を知るためだろ?あの時の真実を知るために、俺達は何でもする覚悟で決意した。その覚悟を、お前は、その一瞬の怒りで裏切るつもりか?」
「──っ……!」
零弥の指摘はもっともであった。
ペルティエの件でも生き残ることを条件にミッションを進めた。
流雅救出の件でも零弥単騎で突入している。物理相手、特に飛び道具相手は零弥の能力が有効だ。したがって、一人で向かうのは成功率、生存率を上げる手段としては正しい。
『死なない』事をルールとしているからこそ、零弥は気兼ねなくユミとタッグを組んでいる。
その事は、ユミも十分理解している。だからこそ、反論を口にしようとしたが、出来なかった。
「俺達はアビスフリードのためにここに来ている。だから、今は貴石競争に集中しよう。そいつの居場所もまだ協議していないしな」
「……」
ユミは唇を噛んだままそっぽを向いてしまった。
「──と言っても、実は見当がついていない」
零弥はぽつりと呟く。
やはり、あの少なすぎるヒントでは居場所を特定することが出来なかった。出来ることと言えば、空中を駆け抜けていた際に、他のプレイヤーが探していたところをしらみ潰しに消去していくしかない。
これでは、いささか効率が悪い。
だからと言って、ほかに手段がないのだ。
「全力で走り回るしかないな……ユミは……何か」
と、そのとき。
零弥はそらしていた目を戻したとき。
零弥が、ユミに意見を求めようとしたとき。
「……ねぇ」
ユミが明かりを落とした。窓からは月光が差し込み、暗闇の中、それだけがユミを照らしていた。
「ちょっと、一緒に居てくれない?」
「……は?」
意味が分からなかった。
「これでいいのか?」
「……うん」
ベッドは一つしかない。この事実は変わらない。
人類陣営は二人。この事実も変わらない。
だからこそ起きた事実。
二人は、背中を向け合って一つのベッドで寝ているのだ。
いわゆる、『同衾』状態である。
零弥は意味が分からなかった。しかし、それはユミも同じ。
(こんなこと言ったけど、何もしてこないよね?)
同衾というラブコメ展開まっしぐらの状態で、零弥が心理を乱す予兆が全くみられないことに、ユミは意味が分からなかった。まぁ、こうしてもらったのは別の意味がある。
「どうした、急に」
沈黙が続いていた間に、零弥の言葉が一滴、滴る。
「……ごめんね」
「謝るのはこっちの方だ。無理矢理連れてきた上に、ユミには無理をさせ、自分の主張を押し通した。だから、おあいこだ」
「……零弥が言ってたことは分かってる。……ううん、分かってた」
ユミは零れるように言葉にしていく。
理性が塞き止めていた言葉が、一滴ずつ溢れていく。
「自分に思いっきり戦えるような力が無いからって、零弥を利用しようとしてた」
「──戦えるヤツが前に行くのは戦略の内だ。それに、ユミは決して無力じゃない」
零弥はガイドに沿うような返答をした。
面白さも、説得力も欠ける、意味の無い擁護。いや、言葉が見つからなかっただけだ。
「私達は……過去を追ってきた。それは分かっていた……だけど、ごめん。零弥は、消えてしまった過去を追いかけているけど、私は別」
「そこにあったはずの真実が掴めないだけなの」
零弥ははっとした。そして、その事を頭に入れていなかった事を後悔した。
「そうか……あの事件が起こったのは五年前……」
五年前、そう、零弥達が小学五年生の時である。
クリスマス母子傷害事件。
ユミの母、相崎尚美が目の前で謎の男に殺害された事件、そして、今のユミの原動力となっているきっかけでもある。
事件は未解決。だからこそ、ユミはこの事件を追っている。
そして、零弥が思い出したのはその時のユミである。
一般的に、小学五年生は十歳から十一歳にかけての時期。事件はクリスマスの寸前、十二月の中旬に起こった。そして、ユミは六月生まれである。
そして、ユミが感情を荒げたヴァールリード家襲撃事件。その生き残りの一人、スフィアは……奇しくも十一歳。
「事故で亡くなったお父さんを追って、私は警察官になろうとしてた。そこからは、お母さんが一人で私を育ててくれた」
ユミは言葉が詰まりながらも、必死にあの瞬間を説明する。ユミの父は優秀な警察官だったが、不慮の事故で亡くなった。その頃は、抑制師ではなく、警察官を目指していたのだ。
「……事件は、状況的に見ればすぐに解決するような内容で、計画性も無く、後は犯人を追うだけだった。だが……」
「……犯人は見つけられず、二年半に及ぶ捜査は打ち切られた」
──その後、ユミは駆け付けた抑制師に保護される。そして、病院で経過を待つばかりだった。
病院から退院して、警察隊の訓練学校に住み込みで通うことになっても、ひたすら結果を待ち続けた。
しかし、結果はこのザマだ。
その現実を当の本人であるユミが受け入れられるはずがなかった。
だからこそ、ユミは訓練生でありながらも思いきって警察の本部へと向かう。あのときの生き残りだと。もっと調べて欲しいからと。
だが、結果は門前払い。しかもこれ以上あの事件について取り合ってくれることもなく、かくしてユミはアプローチの手段を失った。
そんな態度に、ユミは憧れも尊敬も信頼も向けられなくなった。警察官になるためにと、特別に訓練に混ぜてもらっていたにも関わらず、その情熱さえも失われた。
だからこそ、ユミは抑制師の道を選んだ。真っ先に駆け付け、自由に動き、警察とのパイプが繋がった抑制師なら、あの事件の真相を突き止められるかもしれないと。
「未知の記憶は正体が分からないものだからこそ、必死に追いかけられる。だけど、私はいくら事件を追いかけたって、お母さんが殺された事実は……変わらない……!」
ユミはついに泣き出してしまった。
「うぅっ……ぐすっ……うぁぁぁっ……」
震わせる肩と、すすり上げる声、それらが、零弥に触覚として伝わってくる。
「時々、思い出すんだ、夢の中で。あの瞬間が、アイツの言葉が、お母さんの……血が……」
『傷害事件』とされたが、尚美が殺害されたのみで、ユミは無傷であった。だが、実の母の返り血を全身で浴びている。
零れるように泣くユミに、零弥は背中を向けたままでいることが出来なかった。思わず、ユミの方へと体を向ける。
それとは逆に、ユミは動けなかった。体を翻すこともなく、体勢は変わらない。
「……お母さんも、こんな感じで慰めてくれた。小さいときは、絵本を読み聞かせてくれて、私が寝るまで根気よく付き合ってくれた」
これこそが、零弥を誘った真意。
零弥は気づいた。だが、敢えて言わなかった。
その選択は、ユミにとっても正しいものであったことは、自信は伴わずとも、言える。
「お母さん……会いたいよ……お母さん……」
ユミは落ち着くまで泣き続けた。
零弥もユミの体を擦ってあげたり、とにかく何も言わず、ユミが必死に語ることを聞いた。
やがて、ユミの泣き声が収まると、寝息がかすかに聞こえてきた。
シーツは顔の辺りが濡れている。
それとは対照的に、零弥は眠ることが出来なかった。
だからと言って、ユミを起こすような愚行はしない。
「……辛かったな」
逆に、ユミに対して懺悔の意思を伝えるばかりであった。
「……ごめんな。ユミの気持ちも考慮できず、ひたすら、フェイルノートから引き剥がすことしか考えていなかった。無意識とはいえ、ユミを傷つけていた」
零弥はユミから手を放す。
そして、気づかれない程度にゆっくり起き上がった。
「……少し、整理するか」
音は最小限に、零弥は扉を開け、廊下へと歩いていった。
向かう先は何処でもない。
ただ、気持ちを落ち着かせるために、零弥は部屋から外へと向かった。
ユミが唇をぐっと噛み締める。
己の欲望のために、大切な家族、支えてくれるものの命を奪い取る行為に、ユミは怒りを抑えられない。
「零弥……その組織に関して、何か知らない?」
不味い。
ユミがフェイルノートの事を聞き始めた。これでは大きな事件に巻き込んでしまう。
だが、変に突き返せばかえって逆効果だ。
したがって、零弥は何も言い返せなかった。
「私……その組織が許せないの。貴石競争が終わったら、すぐに追跡しないと……」
「待て、無計画にやろうとするな。位置も規模も特定できていないのに動けるわけがない!」
「待ってられないでしょ!現に家族は殺されてるんだから……」
ユミは怒りに任せている。理性も行動も。
「気持ちはわかる。だが、よく分からない相手に向かって突撃するのは自ら死にに行くのと同じだぞ!」
零弥は方向を変える。ユミを諭すことで、フェイルノートの追及を押さえることにした。
「でも、私達には特別な力がある。ペルティエの時だってそう。全員無傷で帰って来た。零弥だって、あの猛獣を一人で倒したんだよ!」
「城内に総攻撃できる余裕があるんだ。おそらく、能力だけでは戦えない。しかも魔族を相手にするなら尚更だ」
零弥はそう口にすると共に、若干の申し訳なさを感じた。
「確かに、俺は魔力によって破格のパワーを与えられた魔術と戦った。そして無傷で勝てた。だが、それは偶然、俺の動きに奴がついてこれなかったからだ。もしそうならば、分かるよな?」
もし、能力が通用しなければ、他の方法が無い限り死んでいた。零弥はそう言う。
元々、ペルティエ襲撃を提案したのは零弥であった。だからこそ、ほぼ同じ理由で突き放すのはアンフェアであり、説得力に欠ける。ペルティエ殲滅の弊害がここで出てくるとは、思いもよらないとはこの事か。
だからこそ、零弥はこう仕掛ける。
「奴らを叩いたのは俺達の目的を達成する上で邪魔になるかもしれないからだ。そうでなければ最初から無視している。
なぁ、俺達は今まで何をしてきた?過去を知るためだろ?あの時の真実を知るために、俺達は何でもする覚悟で決意した。その覚悟を、お前は、その一瞬の怒りで裏切るつもりか?」
「──っ……!」
零弥の指摘はもっともであった。
ペルティエの件でも生き残ることを条件にミッションを進めた。
流雅救出の件でも零弥単騎で突入している。物理相手、特に飛び道具相手は零弥の能力が有効だ。したがって、一人で向かうのは成功率、生存率を上げる手段としては正しい。
『死なない』事をルールとしているからこそ、零弥は気兼ねなくユミとタッグを組んでいる。
その事は、ユミも十分理解している。だからこそ、反論を口にしようとしたが、出来なかった。
「俺達はアビスフリードのためにここに来ている。だから、今は貴石競争に集中しよう。そいつの居場所もまだ協議していないしな」
「……」
ユミは唇を噛んだままそっぽを向いてしまった。
「──と言っても、実は見当がついていない」
零弥はぽつりと呟く。
やはり、あの少なすぎるヒントでは居場所を特定することが出来なかった。出来ることと言えば、空中を駆け抜けていた際に、他のプレイヤーが探していたところをしらみ潰しに消去していくしかない。
これでは、いささか効率が悪い。
だからと言って、ほかに手段がないのだ。
「全力で走り回るしかないな……ユミは……何か」
と、そのとき。
零弥はそらしていた目を戻したとき。
零弥が、ユミに意見を求めようとしたとき。
「……ねぇ」
ユミが明かりを落とした。窓からは月光が差し込み、暗闇の中、それだけがユミを照らしていた。
「ちょっと、一緒に居てくれない?」
「……は?」
意味が分からなかった。
「これでいいのか?」
「……うん」
ベッドは一つしかない。この事実は変わらない。
人類陣営は二人。この事実も変わらない。
だからこそ起きた事実。
二人は、背中を向け合って一つのベッドで寝ているのだ。
いわゆる、『同衾』状態である。
零弥は意味が分からなかった。しかし、それはユミも同じ。
(こんなこと言ったけど、何もしてこないよね?)
同衾というラブコメ展開まっしぐらの状態で、零弥が心理を乱す予兆が全くみられないことに、ユミは意味が分からなかった。まぁ、こうしてもらったのは別の意味がある。
「どうした、急に」
沈黙が続いていた間に、零弥の言葉が一滴、滴る。
「……ごめんね」
「謝るのはこっちの方だ。無理矢理連れてきた上に、ユミには無理をさせ、自分の主張を押し通した。だから、おあいこだ」
「……零弥が言ってたことは分かってる。……ううん、分かってた」
ユミは零れるように言葉にしていく。
理性が塞き止めていた言葉が、一滴ずつ溢れていく。
「自分に思いっきり戦えるような力が無いからって、零弥を利用しようとしてた」
「──戦えるヤツが前に行くのは戦略の内だ。それに、ユミは決して無力じゃない」
零弥はガイドに沿うような返答をした。
面白さも、説得力も欠ける、意味の無い擁護。いや、言葉が見つからなかっただけだ。
「私達は……過去を追ってきた。それは分かっていた……だけど、ごめん。零弥は、消えてしまった過去を追いかけているけど、私は別」
「そこにあったはずの真実が掴めないだけなの」
零弥ははっとした。そして、その事を頭に入れていなかった事を後悔した。
「そうか……あの事件が起こったのは五年前……」
五年前、そう、零弥達が小学五年生の時である。
クリスマス母子傷害事件。
ユミの母、相崎尚美が目の前で謎の男に殺害された事件、そして、今のユミの原動力となっているきっかけでもある。
事件は未解決。だからこそ、ユミはこの事件を追っている。
そして、零弥が思い出したのはその時のユミである。
一般的に、小学五年生は十歳から十一歳にかけての時期。事件はクリスマスの寸前、十二月の中旬に起こった。そして、ユミは六月生まれである。
そして、ユミが感情を荒げたヴァールリード家襲撃事件。その生き残りの一人、スフィアは……奇しくも十一歳。
「事故で亡くなったお父さんを追って、私は警察官になろうとしてた。そこからは、お母さんが一人で私を育ててくれた」
ユミは言葉が詰まりながらも、必死にあの瞬間を説明する。ユミの父は優秀な警察官だったが、不慮の事故で亡くなった。その頃は、抑制師ではなく、警察官を目指していたのだ。
「……事件は、状況的に見ればすぐに解決するような内容で、計画性も無く、後は犯人を追うだけだった。だが……」
「……犯人は見つけられず、二年半に及ぶ捜査は打ち切られた」
──その後、ユミは駆け付けた抑制師に保護される。そして、病院で経過を待つばかりだった。
病院から退院して、警察隊の訓練学校に住み込みで通うことになっても、ひたすら結果を待ち続けた。
しかし、結果はこのザマだ。
その現実を当の本人であるユミが受け入れられるはずがなかった。
だからこそ、ユミは訓練生でありながらも思いきって警察の本部へと向かう。あのときの生き残りだと。もっと調べて欲しいからと。
だが、結果は門前払い。しかもこれ以上あの事件について取り合ってくれることもなく、かくしてユミはアプローチの手段を失った。
そんな態度に、ユミは憧れも尊敬も信頼も向けられなくなった。警察官になるためにと、特別に訓練に混ぜてもらっていたにも関わらず、その情熱さえも失われた。
だからこそ、ユミは抑制師の道を選んだ。真っ先に駆け付け、自由に動き、警察とのパイプが繋がった抑制師なら、あの事件の真相を突き止められるかもしれないと。
「未知の記憶は正体が分からないものだからこそ、必死に追いかけられる。だけど、私はいくら事件を追いかけたって、お母さんが殺された事実は……変わらない……!」
ユミはついに泣き出してしまった。
「うぅっ……ぐすっ……うぁぁぁっ……」
震わせる肩と、すすり上げる声、それらが、零弥に触覚として伝わってくる。
「時々、思い出すんだ、夢の中で。あの瞬間が、アイツの言葉が、お母さんの……血が……」
『傷害事件』とされたが、尚美が殺害されたのみで、ユミは無傷であった。だが、実の母の返り血を全身で浴びている。
零れるように泣くユミに、零弥は背中を向けたままでいることが出来なかった。思わず、ユミの方へと体を向ける。
それとは逆に、ユミは動けなかった。体を翻すこともなく、体勢は変わらない。
「……お母さんも、こんな感じで慰めてくれた。小さいときは、絵本を読み聞かせてくれて、私が寝るまで根気よく付き合ってくれた」
これこそが、零弥を誘った真意。
零弥は気づいた。だが、敢えて言わなかった。
その選択は、ユミにとっても正しいものであったことは、自信は伴わずとも、言える。
「お母さん……会いたいよ……お母さん……」
ユミは落ち着くまで泣き続けた。
零弥もユミの体を擦ってあげたり、とにかく何も言わず、ユミが必死に語ることを聞いた。
やがて、ユミの泣き声が収まると、寝息がかすかに聞こえてきた。
シーツは顔の辺りが濡れている。
それとは対照的に、零弥は眠ることが出来なかった。
だからと言って、ユミを起こすような愚行はしない。
「……辛かったな」
逆に、ユミに対して懺悔の意思を伝えるばかりであった。
「……ごめんな。ユミの気持ちも考慮できず、ひたすら、フェイルノートから引き剥がすことしか考えていなかった。無意識とはいえ、ユミを傷つけていた」
零弥はユミから手を放す。
そして、気づかれない程度にゆっくり起き上がった。
「……少し、整理するか」
音は最小限に、零弥は扉を開け、廊下へと歩いていった。
向かう先は何処でもない。
ただ、気持ちを落ち着かせるために、零弥は部屋から外へと向かった。
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