虚構幻葬の魔術師

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アビスフリード争奪戦

幻影 ~phantom~ ②後編

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 零弥は部屋へと戻ろうとした。長い廊下を伝っていくのは少々面倒だが、それは避けては通れない。
 本来、これは気分転換のために部屋を出ていたはずなのだが、結局は疲れただけだった。それはそれで、気分を転換したことにはなっているのだろうが、感傷的になっていた自分を振り払えただけでも大きな進展だろう。
 そして、零弥は部屋の近くの曲がり角を曲がる。
「……!?」
 この反応は零弥のものではない。
 昨日、いや一昨日に、二人を部屋へと案内した、あの赤毛のメイドである。
「……これはこれは、失礼いたしました。夜遅くまで起きていらっしゃるとは」
「それはそちらもそうだろう?護衛の兵士以外はみんな寝静まっている。一体何をしていた?」
「私達にも見回りという役割があります。そこから明かりが漏れていたのですが……あなた、スフィアお嬢様に何をしていたのですか?」
 赤い髪を揺らし、メイドは零弥に反論を試みる。
「……そう思うなら結構だ。いくらでも疑うがいい」
 零弥はその反論にまともに返そうとはしなかった。実際、真夜中にスフィアに接触したのは、疑われる材料としては十分だ。真正面から対抗すれば状況は悪くなる。そう判断した。
「では疑わさせてもらいますが、あなた、お嬢様たちの話を盗み聞きしたのでは?」
 だが、メイドは追いかけてきた。こうなるともはや、簡単には逃がしてくれないだろう。
「お前はなぜ、スフィアが話をしていたのを知っている?」
「先程、クーゲル様が部屋から出ていくのを拝見いたしましたので。クーゲル様は私の姿をご確認にはなられていないでしょうが」
「……」
 零弥は黙る。
「盗み聞きしたのなら正直に言いなさい。さもなければ……」
 メイドは右手を零弥に向け……
「さもなければ……どうした?」
 だが、そのメイドの警告に、零弥はいっさい動じなかった。何故ならば、とある自信があるからだ。
「俺は魔術に対抗できるだけの力がある。今ここでお前が俺に攻撃しようとも、それはお前が一方的に死ぬだけだ。脅すならもう少し策を練ってから脅すんだな」
 零弥はドルガとの戦いを難なく切り抜けている。そして、その姿はギャラリーも確認している。
 国が派遣した魔術は結界だけでなく、その様子を中継して写し出す魔術も使われている。だからこそ、メイドもその姿を確認している。
「……っ」
 したがって、メイドは動けない。
「……まぁ、そうだな」
 零弥は後頭部に手を当て、メイドのいる方向に歩き出した。部屋へと戻る、そういう行動だ。
 歩き出した零弥の身体はメイドのすぐそこに位置する。すると、零弥の口はメイドの耳に近くなる。その瞬間、零弥は呟いた。
「盗み聞きは良くないよな……」


「──お互いに」


「……!?」
 メイド息を詰まらせて零弥の方を振り替える。
 メイドの目は大きく見開き、そして、焦るような息遣い。とても冷静とは言えなかった。
 だが、そこにはもう、零弥の姿は見えなかった。





 妖霊獣ドワーフ陣営、燎 暁介。
 彼もまだ、その目を閉じようとも、意識は覚醒したままだった。
「……クソッ、人類のクセに……」
 暁介はまるで人類を恨むように何度も呟いていた。忘れようとしても、忘れられない。あの不敵で立ち向かう女性の顔は、忘れられなかった。
 先程相対した、ユミの事である。
 自分の記憶の中で、人類はまともに話してくる者はいなかった。
 いや、正確には、妖霊獣ドワーフである自分に対して、だ。
 暁介は平行して別の記憶を思い出している。
 それは暁介が幼い頃。
 自らを取り巻く子供達。
 彼らは自分を指差して嗤っている。
 そのノイズは今でも頭の中で走り回り、手なずけられない。
 そして、もう一つの光景。
 ボロボロになった車内。
 そして、そこに倒れ込んだ自分と女性。
 その外にも、動かない者と騒ぐもので一杯になった。
 何やら丈夫そうな服を着た人が駆けつける。
 だが、彼らは自分だけを連れて女性を連れようとはしなかった。
 場面は変わって、病院の中。
 点滴が吊るされた病院の中で、意識は覚醒した。すぐに……ではないが、回復ヒーリングを使い、身体の異常を直していった。回りには誰もいなかったので、それをためらう理由は消えていた。
 そして、後に自分は知ることになる。
 あの女性は……





「グッ……!」
 暁介は叫びたくなる心を必死に抑えた。
 ここまで来た行動原理は、全てあの日までの事だ。貴石競争の話を聞きつけ、何とかここまで来たのにも関わらず、それなのに最後の段階で上手くいかない。しかも人類陣営が最大の障害になっていることに、腹立たしさを覚える。
「また、思い出した……」
 どれだけの罵言を浴びせても彼女は引き下がらなかった。そして、あの男も相当切れると想像がつく。
 だからこそ、暁介は決意する。
「勝つのは俺だ。人類アイツらなんかに……負けてたまるかよォ!」



 ~翌朝~

『……ビンゴ!その人は軍の秘密指名手配の一人だ。流石は零弥くん。本当に情報を集めてくるなんてね』
「たまたまだ。というか、軍の機密情報を往復で調達できてるのか……」
『まぁね。亜芽ちゃんにバレないようにするのが一番辛かったけど。彼女、妙に鼻が鋭くてね』
「──そうなら、そろそろ発見できてるんじゃないのか?本人を」
『もうわかってる。空港の監視カメラにバッチリと……ね』
「そいつはどこに向かっている?わかるか?」
『……日本だ。軍の防衛は間違ってなかったみたい。そろそろ、向こうも嗅ぎ付けてるんじゃないの?』
「いいや、そうとは思えない。そいつは国際的な指名手配としては入っていない。だとすれば、個人をピンポイントとした特定は難しいはずだ。奴は出国も余裕だろうし着陸までには時間もあるから、そこまでのアクションは起こさずに亡命する気だぞ」
『そうか……なら、君はどうさせるつもり?』
「フェイルノートの余波が日本にかかるのはまずい、出来れば昨日に処理しておきたかった。その辺りは自信がなかったがな……」
『まぁまぁ、いいでしょいいでしょ。そんなことより……』 

『本当にやる気?』

「──あぁ、そのつもりだ」

『君は自らの存在を知るために生きているはずだ。なら、君はそんなことをする義務も必要もないはずだ』

「──動機はある」

『……』

「このまま放っておけば、取り返しのつかないことが起こる。だから……」


『それ、誰に言ってるの?』


「…………」

『何より、ユミちゃんを巻き込んで後悔したのは君じゃないか。どうせ、スフィア・ヴァールリードの襲撃事件を解決しようと、ユミちゃんは立ち上がったんじゃないの?』

「よく分かったな」

『──なら、君はそれを止めた。「自分の目的を投げ出してまで命を懸けるな」ってね』

「……」

『確かに、君は決めた。僕たちの失われた過去を追いかけるという目的を協力して達成する。その目的を逸脱してはならないと』

『だから、なおさら理解出来ない今回の行動が……ユミちゃんを差し置いて、自分は殺りに行く?ふざけるな』

『君は人の進む道を拒んでおきながら、責任だけ背負って勝手な行動を取るのか!』

「……」

『何で君は、そんな簡単に矛盾した行動を取ることができるんだ』

「──違うな」

『……は?』

「俺は命なんて賭けた覚えはない」

『……』

「俺は無傷で葬り去れる。この……忌まわしい力に頼ればな」

『やっぱり……理解出来ない』

「そうだろうな。俺にだってわからないさ」

『君は……良心とか悪とか邪道とか、そんなもの関係なく、消すと判断したら迷い無くその右手ひきがねを引けるのか……?』

「……俺はもう迷わない。迷って大切な物を失うぐらいなら、迷わず打ち砕いて見せる。そうと俺は、心を決めた」

『わかったよ。わからないけど。いや、わかりたくないが一番正しいか。とにかく、そっちは任せた』
「あぁ、そちらこそ」

 プツリ……

 電話は切れた。
 珍しく声を荒げた流雅に、零弥は違和感を持たなかった。むしろ、普通の人間としては正しい非難だ。
 だが、零弥の心の中には虚無感が残った。
 しかし、それだけだった。
 例えそうだったとして、零弥はこの決断を覆そうとはしない。流雅もその面ではある意味信用していると言えるのだろうか。
 未だに起きてこないユミを待ちつつ、零弥は布団に座ってリラックスした。


「……もう朝……?」
 朝日に照らされたユミが目を覚ます。
 珍しく、七時代に起きれた夜行性。昨日のフラストレーションで、むしろぐっすり眠れたのだろう。
 そして、ユミは確認をする。
 身体のあちこちを探すように触る。そして、結論付ける。
(……本当に、なにもしてこなかった……)
 部屋から出ていく零弥を眺めて、ユミは安堵する。
 一般男子なら抑えきれないであろう、同衾というシチュエーション。ユミもそうなってしまうのではないかと案ずるところがあった。
 しかし、流石は零弥だった。
(……ふぅ)
 そこには安心している。
 だが……
(これじゃあまるで、私が何かしてほしかった見たいじゃないの!)
 心の奥底に眠っているであろう、内なる心がいることに、ユミは戸惑いを隠せないとともに、恥ずかしさを覚えた。
(あぁ、もう!何で私はあんなことしたんだろう)

(零弥と……一緒に……)

(何で?別に好きとかそういうのじゃないのに何で?どうして?……)

(まぁ、いいか。よくないけど……)
 ユミは何とか切り替える。
「今日は最終日か……とにかく、役に立つように頑張るしかないかっ……と」
 こうして、ユミも追いかけるように部屋を出たのである。
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