氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第30話 呪いの快方

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アリアがヴァイスハルト城に来てから、数ヶ月が経過した。その間、彼女の持つ『浄化の力』は、レオルドの身体を蝕んでいた長年の呪いに、劇的な変化をもたらしていた。

かつては、月に数度、激しい痛みを伴う発作に襲われ、時には数日間寝込むこともあったレオルド。しかし、アリアが傍にいて、定期的に(時には意図的に、時には偶然に)彼女に触れるようになってから、あの耐え難い発作は、一度も起きていなかった。

日常的に感じていた鈍い痛みや、身体の内側から湧き上がるような穢れの感覚も、嘘のように軽減されていた。完全に消え去ったわけではない。呪いの根源は、まだ彼の内に深く存在している。だが、アリアの浄化の力は、その呪いの力を確実に抑制し、彼の心身を蝕むのを防いでいたのだ。

「……信じられん。公爵様の顔色が、以前とはまるで違う」
「ああ。まるで、長年の重荷を下ろされたかのようだ」

側近たちは、主君の明らかな変化に驚き、そして喜んでいた。

長年の苦痛からの解放は、レオルドの精神にも大きな余裕をもたらした。常に纏っていた張り詰めた空気は和らぎ、以前よりも思考は明晰に、そして感情は穏やかになっていた。

その変化は、アリアに対する彼の態度にも、より顕著に現れるようになった。

以前の彼は、アリアへの好意を不器用な気遣いや、ぶっきらぼうな言葉でしか表現できなかった。しかし、心に余裕が生まれた今、彼はもう少しだけ、素直に自分の感情を表に出せるようになっていた。

例えば、アリアが図書室で本を読んでいると、彼はふらりと現れて、隣に腰掛け、静かに同じ時間を過ごすようになった。特別な会話があるわけではない。けれど、その穏やかな沈黙は、アリアにとって心地よいものだった。

「……その本は、面白いか?」

不意に彼が尋ねる。アリアが顔を上げると、彼の青い瞳が、穏やかな光をたたえてアリアを見つめていた。

「はい、とても。古い時代の英雄譚なのですが……」
「ほう……」

彼はアリアの話に静かに耳を傾け、時には短い質問を投げかける。そのやり取りは、主君と使用人というより、もっと対等な、親しい間柄のように感じられた。

また、ある時、アリアが薬草園で珍しい花を見つけて喜んでいると、後ろから近づいてきたレオルドが、アリアの髪にそっと触れたことがあった。

「……っ!」

突然のことに、アリアは驚いて身体を固くした。彼は、アリアの髪についた小さな花びらを取ろうとしただけなのかもしれない。けれど、彼の指先が髪に触れた瞬間、アリアの心臓は大きく跳ねた。

「……綺麗な色だ」

彼は、アリアの髪の色を褒めたのか、それとも花の色を言ったのか。低い声でそう呟くと、名残惜しそうに指を離し、何事もなかったかのように立ち去っていった。

残されたアリアは、頬を赤らめ、ドキドキと鳴りやまない心臓を押さえるしかなかった。

(今の……どういう意味……?)

彼の行動一つ一つに、アリアは一喜一憂してしまう。彼の気持ちが分からない。けれど、以前よりもずっと近くに、彼の存在を感じることができた。

レオルド自身も、アリアに対する自分の感情が、単なる「必要性」や「感謝」だけではないことに、はっきりと気づき始めていた。彼女の笑顔を見ると、胸が温かくなる。彼女が悲しそうな顔をしていると、胸が痛む。彼女に触れたい、もっと近くにいたい、と強く願う自分がいる。

それは、紛れもなく「愛情」に近い感情だった。

しかし、彼はまだ、その感情を素直に受け入れ、言葉にすることができなかった。長年、感情を押し殺して生きてきた彼にとって、誰かを愛するということは、未知の領域であり、同時に恐れを伴うものでもあったのだ。もし、この感情を伝えて、彼女に拒絶されたら? あるいは、自分の呪いが、結局は彼女を不幸にしてしまうのではないか?

そんな恐れが、彼に最後のブレーキをかけさせていた。

それでも、彼の心の中で育まれたアリアへの想いは、もはや無視できないほど大きくなっていた。呪いの苦痛から解放され、心に余裕を取り戻した氷の公爵。彼が、その凍てついた心を完全に溶かし、アリアへの愛を告げる日は、もうすぐそこまで近づいているのかもしれなかった。
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