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序章
第3話 魔女の第二の人生は、この温もりを守る
鈴を転がしたような、愛らしくも不安げな声。
栗色のサラサラとした髪に、大きな瞳。
そこに立っていたのは、三歳になる私の弟――デイルだった。
記憶の中にあるデイルは、いつも姉であるエルシアの後ろをついて回る甘えん坊だ。
彼は扉の隙間から、部屋の惨状と、汗だくで立ち尽くす私を交互に見ている。
まずいな、心配させてしまったか。
私は慌てて呼吸を整え、努めて平静を装った。
久しい会話。
しかも相手は幼児だ。
どう接すればいいのか、感覚がうまく思い出せない。
だが、エルシアとしての記憶が、自然と私の足を彼の方へと動かした。
私はゆっくりと彼に近づく。
「……デイル。心配をかけてごめん。私は、大丈夫よ」
私はそう言って、精一杯の笑顔を作ってみせた。
しかし、デイルは納得しなかった。
彼はふるふると首を横に振ると、真っ直ぐに私を見上げた。
「うそ、つかないでよ」
デイルは、その小さな手で、私の手をぎゅっと、握った。
その瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おねえちゃん、いつも、くるしそう……。ボク、しってるもん。おへやから、うめきごえ、きこえるもん……ッ」
「デ、デイル……?」
「しなないで……おねえちゃん、しんじゃやだぁ……!」
ああ、そうか。
この子は知っていたのだ。
姉が部屋に閉じこもり、命を削るような無茶な特訓をしていることを。
家族に隠しているつもりでも、一番近くにいた小さな弟だけは、姉の悲痛な叫びに気づいていた。
三歳児なりに、姉がいなくなってしまうかもしれないという恐怖と、戦っていたのだ。
デイルの手が、震えている。
私の手を握るその力は、三歳児とは思えないほど必死で、強かった。
まるで、少しでも力を緩めれば、私がどこかへ消えてしまうと恐れているかのように。
ズキン、と胸が痛んだ。
千年のあいだ、私はずっと“魔女”として恐れられていた。
その力は凶悪で、触れただけで災厄を招くと噂され――
誰も私に近づこうとはしなかった。
だから私は、森の奥深くに身を潜め、
ただ魔法の研究だけを抱きしめて、生き延びてきたのだ。
こんなふうに、誰かが私を心配して触れてくれるなど、一度も、なかった。
……温かいな。
弟の小さな手のひらの熱が、私の冷え切った指先を通して伝わってくる。
それは、魔力枯渇で冷え切った私の体を芯から温めるようだった。
私は――温もりを知りたいと願った。
これが、その答えか。
ただそこに居てくれるだけで、誰かが自分を想ってくれているという事実だけで、こんなにも力が湧いてくるものなのか。
私は自然と空いている方の手を伸ばし、デイルの頭を撫でていた。
くしゃくしゃと柔らかい髪の感触。
もう、無茶はしない。
この子を泣かせるような真似は、二度としない。
「ごめん、デイル。お姉ちゃんはもう、無理なんてしないよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。約束する」
私は指先でデイルの涙を優しく拭い、強張っていた頬を緩ませた。
鏡を見なくてもわかる。
今の私は、きっと一番優しい顔をしているはずだ。
「デイル。少し、庭で遊ぼうか?」
「おにわ?」
「ああ。天気がいいし、部屋にこもってばかりじゃ体に毒だからな」
そう提案すると、デイルの顔がパッと輝いた。
涙で濡れた瞳が、宝石のようにキラキラと光る。
「うん! いきたい!」
「ふふ、そうだな。よし、行こう」
デイルは嬉しそうに私の手を引くと、グイグイと引っ張り始めた。
その力は弱々しいけれど、私を孤独な闇から光のある場所へと連れ出すには十分すぎるほど力強かった。
部屋を出て、長い廊下を歩き出す。
ぎゅっと握られた手の温もりを感じながら、私は心の中で誓った。
この小さな手も、この子が向ける純粋な愛情も、全て私が守り抜く。
魔力がなかろうが、落ちこぼれだろうが関係ない。
魔女の第二の人生は、この温もりを守るためにあるのだから。
栗色のサラサラとした髪に、大きな瞳。
そこに立っていたのは、三歳になる私の弟――デイルだった。
記憶の中にあるデイルは、いつも姉であるエルシアの後ろをついて回る甘えん坊だ。
彼は扉の隙間から、部屋の惨状と、汗だくで立ち尽くす私を交互に見ている。
まずいな、心配させてしまったか。
私は慌てて呼吸を整え、努めて平静を装った。
久しい会話。
しかも相手は幼児だ。
どう接すればいいのか、感覚がうまく思い出せない。
だが、エルシアとしての記憶が、自然と私の足を彼の方へと動かした。
私はゆっくりと彼に近づく。
「……デイル。心配をかけてごめん。私は、大丈夫よ」
私はそう言って、精一杯の笑顔を作ってみせた。
しかし、デイルは納得しなかった。
彼はふるふると首を横に振ると、真っ直ぐに私を見上げた。
「うそ、つかないでよ」
デイルは、その小さな手で、私の手をぎゅっと、握った。
その瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おねえちゃん、いつも、くるしそう……。ボク、しってるもん。おへやから、うめきごえ、きこえるもん……ッ」
「デ、デイル……?」
「しなないで……おねえちゃん、しんじゃやだぁ……!」
ああ、そうか。
この子は知っていたのだ。
姉が部屋に閉じこもり、命を削るような無茶な特訓をしていることを。
家族に隠しているつもりでも、一番近くにいた小さな弟だけは、姉の悲痛な叫びに気づいていた。
三歳児なりに、姉がいなくなってしまうかもしれないという恐怖と、戦っていたのだ。
デイルの手が、震えている。
私の手を握るその力は、三歳児とは思えないほど必死で、強かった。
まるで、少しでも力を緩めれば、私がどこかへ消えてしまうと恐れているかのように。
ズキン、と胸が痛んだ。
千年のあいだ、私はずっと“魔女”として恐れられていた。
その力は凶悪で、触れただけで災厄を招くと噂され――
誰も私に近づこうとはしなかった。
だから私は、森の奥深くに身を潜め、
ただ魔法の研究だけを抱きしめて、生き延びてきたのだ。
こんなふうに、誰かが私を心配して触れてくれるなど、一度も、なかった。
……温かいな。
弟の小さな手のひらの熱が、私の冷え切った指先を通して伝わってくる。
それは、魔力枯渇で冷え切った私の体を芯から温めるようだった。
私は――温もりを知りたいと願った。
これが、その答えか。
ただそこに居てくれるだけで、誰かが自分を想ってくれているという事実だけで、こんなにも力が湧いてくるものなのか。
私は自然と空いている方の手を伸ばし、デイルの頭を撫でていた。
くしゃくしゃと柔らかい髪の感触。
もう、無茶はしない。
この子を泣かせるような真似は、二度としない。
「ごめん、デイル。お姉ちゃんはもう、無理なんてしないよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。約束する」
私は指先でデイルの涙を優しく拭い、強張っていた頬を緩ませた。
鏡を見なくてもわかる。
今の私は、きっと一番優しい顔をしているはずだ。
「デイル。少し、庭で遊ぼうか?」
「おにわ?」
「ああ。天気がいいし、部屋にこもってばかりじゃ体に毒だからな」
そう提案すると、デイルの顔がパッと輝いた。
涙で濡れた瞳が、宝石のようにキラキラと光る。
「うん! いきたい!」
「ふふ、そうだな。よし、行こう」
デイルは嬉しそうに私の手を引くと、グイグイと引っ張り始めた。
その力は弱々しいけれど、私を孤独な闇から光のある場所へと連れ出すには十分すぎるほど力強かった。
部屋を出て、長い廊下を歩き出す。
ぎゅっと握られた手の温もりを感じながら、私は心の中で誓った。
この小さな手も、この子が向ける純粋な愛情も、全て私が守り抜く。
魔力がなかろうが、落ちこぼれだろうが関係ない。
魔女の第二の人生は、この温もりを守るためにあるのだから。
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