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第一章 魔法少女の使い魔

第4話 茂木一樹と西野茜

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 人の姿に戻った俺は、教室につくなり自分の席に座った。
 そして倒れ込むように、机に突っ伏す。

 やっと、やっといつもの日常だ。

 貴重な安息の時間。今この時だけは気を抜いて、意識を夢の世界に……。

「──おっすノア、おはようさん」
「……ふぁぁぁ。一樹かずきか、おはよ」

 目を閉じ、夢の世界に片足を踏みこんだ瞬間、幼馴染みで同じ部活の悪友、茂木もてぎ一樹かずきから声をかけられた。
 どうやら俺に、安息の時間は訪れないらしい。

「なんだノア、どうしたよ。エライ眠そうだな?」
「あぁ、ちょっとな」

 返事をした後、もう一度寝ようとしたときだ。
 何を血迷ったのか、自分に起こってる問題の一部を、一樹に相談しようと思い立った。

「なぁ一樹、例えばだけど。もし俺がストーキング被害にあってるとして、お前ならどうする?」

 何だかんだ長い付き合いだ。
 こんな非現実的な例え話も、コイツなら茶化したりせず答えてくれるだろう。
 
 実際、一樹は俺の肩に手を置き、真っ直ぐ見つめ、目を見開いた。そして──。

「ノア……お前を殺して俺も死ぬ」
「おい、なんでだよ」

 答えてくれた。
 内容は殺人予告だが。
 一樹は冗談や冷やかしではなく、真剣に答えてくれているのが分かった。
 だって、目が血走ってるんだもん。
 
「まてまて、言い方が悪かった。俺が言いたいのは、お前がその立場ならって意味で……」
「──それでどうなんだ? 俺は死なないといけないのか!? 白状しろノア!」

 肩に置かれていた一樹の手は、いつの間にか俺の胸ぐらを掴んでいた。
 真剣にも程があるだろ。

「おぃー、人の話を聞け! 例えだ、例え話だからな」

 落ち着かせようと試みるが、中々熱は冷めきらない。
 それどころか全身を小刻みに震わせ、今にも手を出してきそうな雰囲気だ。

「──あんたら、朝っぱらから何アホな事してるのよ?」

 この悲しきやりとりを見てだろう、もう一人の幼馴染みである西野にしのあかねが声をかけてきた。
 些かジト目で、座っている俺達を見下ろして。

「茜か。いやな、ノアがたちの悪い冗談を言うからさ。もし俺がストーキング被害にあってたらとか、寝ぼけた事言うんだぜ?」
「えっ……」
「「…………えっ?」」

 茜のヤツ、もしかして俺がストーキングされている事を知っているのか? いや、今はそれより。

「落ち着け一樹、早まるな! 手に持った凶器シャープペンシルを机に置け……。ゆっくり、ゆっくりな?」

 俺は一樹の手を振りほどき、立ち上がる。
 そして刺されまいと距離を取った。

 生きた年数イコール彼女いない歴の、女大好き一樹にとって、友人がモテるのは素直に祝福出来ないらしい。
 まぁ、されても困るのだが……。

 それにしても、何故こうも次々と人生の危機に追い込まれないといけないんだ?
 多少は自分の撒いた種でもあるのだが。
 それにしても一樹のヤツ、聞く耳持たないって雰囲気だな。

 にじり寄るのマジでやめい!

 かくもむなしい争いが繰り広げる最中、茜から「そういえば一樹。一年生の女の子が、あんたに用があるってさっき来てたけど」っと、助け舟が出された。

「マジか!? それを早く言えよ!!」

 一樹は手に持っていた凶器を投げ出し、一目散に教室の外に向かい走って行く。
 助かったと安堵した時だ、廊下に出た一樹の、無駄にデカい声が聞こえた。

「もしかして相澤ちゃんか、俺に用があるって!?」

 ……今なんて言った‼
 
 教室だからって油断してたが、どうやら校内でもストーキング行為は続いているようだ。
 改めて言うが、俺に安息の時間は無いらしい。

 そして相澤は、一樹の問に違うとでも答えたのだろう、

「俺のかわい子ちゃん、何処行ったー!」

 っと大声を上げ、一樹はどこかに走り去っていった。

「なんだこれ。疲れた……本当に疲れた」

 寝不足には少々刺激が強すぎる。
 頭をかきむしりながら、視線をもう一人の幼馴染に戻した。

「茜知ってたんだな、俺がストーキング被害にあってるって」
「まぁ長い付き合いだからね。あんなの、つるんでれば嫌でも分かるわよ」

 親指を立て廊下示す。
 きっと、相沢の事を言ってるに違いない。

 俺は自分の席に座り、目の前の一樹の座っていた椅子を指さした。

「同じく、長い付き合いの一樹は気付きもしてなかったみたいだけどな。まぁ、俺も先日知ったんだけど……」
「はは、あんたら鈍いからね」

 毒を吐きながらも、茜はこちらを向いて一樹の席に座る。

 先程彼女が言った通り、俺と一樹、茜は家が近く、両親達は俺たちが生まれる前から近所付き合いをする間柄だ。
 もちろん俺達も仲がよく、保育園、小学校、中学と同じで、しかも高校までも同じの腐れ縁ってやつだ。

「なぁ茜。お前、こうして俺とそこそこ仲良くしちゃってるけど、何かされたりとか無いよな?」

 ずっと自分の事ばかりで、周りを気にする余裕なんて無かった。
 俺は相澤が、周囲に迷惑をかけている可能性もあるじゃないかと、いまさらながら気掛かりになった。

「はぁー、普通こんな時に自分より人の心配するかね? 大丈夫、あの娘はいい子だよ。私もまぁ、それなりに上手いことやってるから気にしなさんな」
「それならいいけど、その事で何かあったら教えてくれよ。その時は俺も、ガツンと言うからさ……」

 茜に向かい真剣に話していると、彼女は不意に手にしたスマホを俺に向け、写真をパシャリと取った。
 そして画面を、こちらに向ける。
 
「ほらノア。あんた今、怖い顔してるよ」

 画面に写っていた俺は茜が言う通り、酷くしかめっ面をしていた。

「流石新聞部。被写体が良くないのに、中々よく撮れてるじゃないか」
「それはどうも。それよりさっき言ったように、私は大丈夫だからさ。あんたは自分の事を心配しなって。もしなんかあったら、弔いの意味もかねてこの写真が学級新聞の一面にデカデカと乗るからね」
「何かあったらって……。いい子じゃなかったのかよ?」

 茜は微笑みながら肩を上げると、視線を手元に戻した。
 そして「へへへ、保存保存っと」と、スマホを操作し始めたのだ。

「……弔いなら新聞の一面より、スマホの待ち受けにでもしてくれよな」
「んっ、何か言った?」
「いや、何も」

 ポーカーフェイスを意識しながら、視線を外す。
 何となく、バツが悪く感じたのだ。
 そして彼女から深くは追求される事なく、始業の予鈴が鳴り響く。

「んっ、それじゃ私は席に戻るわ。大丈夫だと思うけど、一応気をつけなさいよね」

 茜は立上り踵を返すと、短い茶髪がふわっと舞う。
 そして手をひらひらして、そのまま自分の席に向った。
 俺はそんな彼女に手を振り返し、その姿を見送った。

「……やっぱ疲れてるな」

 普段なら絶対に、あんな事は口にしないのに……。
 自己嫌悪をしながら机に突っ伏し、廊下の方を見つめた。
 すると、

「ってアイツ、まだ探してたのかよ……」
 
 チャイムとともに、意気消沈した一樹が、教師に首根っこを捕まれ、教室に入ってきた。
 そしてホームルームでは、担任から大声を上げたり、廊下を走っては駄目だと、小学生のような注意を聞かされることになったのだった。
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