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第一章 魔法少女の使い魔

第8話 ゾーオ戦終結

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「──良かった、本当に良かった! 結界魔法が効いてて、本当ーーに良かった!!」

 屋上に戻りアジールを解くと、先程の惨事は嘘のように元通り、平穏な日々を取り戻している。
 この時の俺は、心底安堵していた。
 きっと今、間違いなく涙目なんだろな。

「んー、そう言えば使い魔さん」

 いつの間にか元の姿に戻っている相澤が、すぐ近くでしゃがみ込み、俺を見つめていた。
 彼女に見つめられて、情けなくもついたじろぐ。

「君の名前、まだ聞いてなかったね。いつまでも使い魔さんじゃ、言いづらくて」
「あ、あぁ、そうだったな。俺の名前はノ……」
「ノ?」

 俺が言いかけたので、相澤は小首を傾げる。

 しまった、彼女に正体は秘密だった。
 色んな意味で、俺が日輪ヒノワ希空ノアだと知られるわけにはいかない、何とか誤魔化さねば……。

「ノ、ノ……野良だったから名前はないんだ。必要なかったし、付けてくれる人も居なかったから」
「そうなの? じゃぁ、私がつけていいかな」

 彼女はそう言って腕を組み「うーん」っと声を出しながら考え込む。
 その姿を見ると、今さら「けっこうです」っとは、断りづらい。
 そして相澤はしばらくすると、思いついたのだろう。
 わざとらしく、ポンッと手を叩いた。

「ノアールなんてどうかな? 黒色だし」
「相澤……」

 一生懸命考えてくれた、それは素直に嬉しいし、なんなら言葉に出して感謝の言葉を述べてもいい。
 しかしだ、しかしその名付けてくれた名前には、下心が見え隠れしている。
 突っ込まずには居られないだろう。
 
「それって絶対、日輪からとっただろ?」
「そ、そ、そ、そんな事無いし!」

 図星だ、この反応絶対に図星だ。
 きっと「ノア」って呼びたいがための口実なんだろうな。
 ここまでくると、一種の病気じゃないのかと心配してしまう。

「ノアちゃん、素敵な名前だよね。はい決定! そう言えばさっきの学生はどうなったかな?」

 言いたい事だけ言って、相澤は逃げるようにゾーオの被害者を見に行った。

 こいつ、有無を言わさずに決めやがった。
 まぁ、本名みたいなものだし、断る気も無かったから良いけど。

 俺も溜め息をつきながら、彼女について行き屋上のフェンス越しに覗き込む。

 殴られていた男子生徒はタンカで運ばれ、ゾーオに操られていただろう男子生徒は、先程の暴れようが嘘のような落ち着きを見せていた。
 そして教師数人に連れられ、校舎内へ連行されて行く。

 何はともあれ、一件落着ってところかな。

 ぐぅーーっと伸びをして、不意に隣を見上げた。
 すると、一緒に下を見ていた相澤の表情が、どこか陰っている。

「殴られてた人、大丈夫かな? それにゾーオに取り憑かれたあの生徒も、きっと停学か謹慎処分だよね……」

 そうか、俺はゾーオを倒して終わりだと思い込んでいたけど、被害者は別だ。
 自分の意思では無いにしろ、操られて暴力を振るった事で、彼の今後に少なからず影響が出てしまうだろう。

「やれる事はやったんだ、相澤が心を痛める事はないさ……」

 俺の慰めの言葉に彼女は首を横へ振る。

「無理だよ。だって、昨日あのゾーオを退治できてたら、こんな事にはならなかったもん……」
「相澤……」

 彼女は見るからに落ち込んでいる。
 情けなくも俺は、こんな時になんて声を掛けたらいいか分からない。
 それでもなんとか元気を出して貰うため、慰めの言葉をかけようとした時だった。
 
「──澪、それは自惚れにゃ」

 俺は驚いた。
 何せ突然、あのシロルが真面目な表情で相澤に冷たい言葉を言い放ったのだから。

「シロルちゃん?」
「魔法少女は万能じゃないにゃ。人である以上、当然守れないものもあるにゃ」
「でも……」

 でも納得出来ない、他人事じゃなくなった事で、彼女の気持ちは分かる。

 シロルは屋上のフェンスの上に飛び乗り、その場で立って見せた。
 そして両手を一杯に広げ、

「成長したゾーオが動き出して、これだけの被害で済んだのは奇跡的にゃ。これも全部、澪。お前さんが居てくれたからにゃ。ありがとう」

 と深く深く頭を下げた。
 その言葉と行動を見て、感極まったのだろう。
 相澤はしゃがみ込み、手で顔を抑え肩を震わせた。

「……なあシロル、ゾーオが人に取り付く前に、事前に察知することは出来ないのか?」

 二人の話を聞き、俺もいい加減歯がゆく感じてた。
 どうせ人助けするなら中途半端は嫌だ。
 何より可愛い……?
 かどうかは置いておいて、後輩の女の子にこんな顔させるのは、俺の自尊心が許さない!

「正直かにゃ。今みたいに食事を取るときか、外で暴れでもしなければ発見は非常に困難なのにゃ」
「食事?」
「そうにゃ、食事にゃ。自分の好みの感情を、より多く生み出す者に取りつき、操り、増長させ食らう。それが初期段階のゾーオの性質の一つとされているにゃ」

 なるほど。ゾーオが人を操るのには、そういった理由があったのか。

「でもどうしたら良いんだよ。それじゃぁ、常に後手に回る事になる……」
「今のところは打つ手無しにゃ。ゾーオの発生を減らすのが一番にゃんだけど、人が作ったこの世界はストレスが多すぎるのにゃ。それが自らの天敵ともなってるとは知らず。俺っちには人間の生き方は、随分と窮屈に見えるにゃ」

 シロルは呆れた様子で、平然と言ってのけた。
 そして外へと振り返り、真っ白な小さな翼を出す。

「ちょっと、何処へ行くんだよ?」
「何処も何も、事が済んだ以上ここには用はないなのにゃ。この先は魔法じゃ無く、人が定めた法の管轄にゃろ? 部外者は去るに限るにゃ」

 それだけ言って屋上から飛び出すと、空を飛び何処かへ消え去って行く。
 行き先も告げず何処かへ消え去るところは、自由気ままを体現する猫そのものに見えた。
 
「ストレスが、自らの天敵を生んでいる……か」

 皮肉な話だ。
 根本的な原因が、人である故に生まれるストレス。
 しかしそれは、個の力ではきっとどうする事も出来ないだろう。

 俺はしゃがんでいる相澤の膝に飛び乗り、手で彼女の頭を撫でた。

 きっと人々に必要なのは、魔法なんかじゃない。
 隣で涙をすすってる彼女が見せた様な、少しばかりの優しさなのかもしれないなと、思いを巡らせながら……。

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