異世界に降り立った刀匠の孫─真打─

リゥル

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第三章 リベラティオへの旅路

第129話 上陸─マール港─

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 船が大陸に近づきにつれ、マール港らしき町が見えてきた。

「あれが、マール港か!」

 遠目に見ると、その港はいくつかの山々に囲まれている。
 港と聞いていたから、船を停泊、または寄港きこうする事を主に作られていると思っていたのだが……どうやら認識がまちがっていたようだ。

 港のある町。そう言った表現の方がしっくり来るだろう。

 そして気になるのが、町の外れにある山のふもと
 そこから更に少し下った場所には、煉瓦仕立ての大きな二本の煙突が見えた。──もしかしてあれは、反射炉なのか? それなら、ハーモニーの武器を探すついでに鋳造について触れてみるのもいいかもしれないな。

 上陸する楽しみが、また増えてしまった。
 今ならミコ飛び出したい気持ち、分からないでもないな。

 大陸に近づくにつれ船は速度を落としていく。
 風を生み激しくなびいていたシャツも、徐々に枚数が減らされていった。
 推進力に使われている風が、落ち着きを見せているようだ。

 これはこれで、少し寂しいかもしれないな……。

 ふと振り返り船を見渡した。──長い時間、この船にも世話になったな。考えても見れば、この世界で一ヶ所の場所にこれだけ長く止まったこともなかった。愛着が沸いてしまっても仕方がないか?

 その事に気付くには少し遅かったかもしれない。
 俺は船員に声を掛け、港に着くまでの少しの間、雑巾のようなものでオールアウト号を磨く事にした──。


 ──船がマール港に停泊すると、俺達は荷物をまとめ船を降りた。──本当に、長い船旅だった。

 船に別れを惜しみつつも、舷梯げんていを下りきりエルピスのメンバーとひとまず宿に向かおうとした。

「──英雄の諸君、待ってくれ!」

 見知った男の声に振り替えると、船から慌てて走ってくる数人の男の姿が……。
 船長と数人の船員が慌てるように舷梯を降りてきたのだ。

 息を切らせながら俺達の目の前に並ぶ男達。
 わざわざ走ってまで見送りに来てくれた彼等を目の前にして、胸が締め付けられる思いだ……。

「君達には、言葉では言い表せないほど世話になった。──ありがとう!」

 船長の言葉と同時に、彼とその他の船員が深々と頭を下げた。

「ちょ、ちょっと! 分かりましたから、頭を上げてください!」

 屈強な男達に頭を下げられ、周囲からは注目の的だ。
 道行く人と目が合うと、誰しもが目を背けていく。

 顔を上げた船長は、何やら覚悟を決めたような面持ちで、俺達に声をかけてきた。

「もし君達が良ければだが、オールアウト号の専属として雇うことは出来ないだろうか? もちろん、報酬はたんまり出す! 何だったら、ローイングエルゴメーターの優先使用の権利も与えていい! どうだ?」

 船長、その気持ちは非常に嬉しいよ。──筋トレマシンは別として!

「船長、大変嬉しい申し出ですが、俺達にはそれぞれの目標があります。ですので、今回のお誘いはお断り致します」

 エルピスのメンバーも同じ気持ちなのだろう、俺の発言と共に頭を下げていた。

「そうか……そうだよな? 君達には海だけじゃなく、広大な世界が似合うよな?」

 残念そうな船長が、右手の指を擦らせ音を鳴らすと何やら荷物を持った船員が前に出てきた。

「それでは、せめてこれを受け取ってはくれないか?」

 それを受け取り中を覗くと、袋に入った白い生地のようなものが見えてしまった。
 他のエルピスのメンバーも、中身が気になったのだろう、俺の左右から覗きこんだ。

「これはシルフの衣じゃないですか! 船長様、本当によろしいのですか?」

 シ、シルフの衣? もしかしてあのシャツか!
 まさか、そんな名前だったとは……。

「使ってない新品だ。まだ在庫はあるから君達には……グスッ、我々の親友には、是非有効利用してほしい……クッ!」

 言葉を詰まらせながら、船長の瞳に涙が浮かぶ。──そんな……涙するほど俺たちの事を思ってくれてたのか?

「戦友よ大変世話になった……我々は、一生君たちの事を忘れはしないと約束をしよう!」

 そう言葉にする船長の手は、血が出てもおかしくないほど強く握られているのがわかる……。

「いえ、お世話になったのはこちらの方です。船長さんも、クルーの方々もお元気で」

 どちらともなく出され、熱く握られる手には涙が滴り落ちる。
 あの船にいた長い間、俺達は彼らの戦友であり、親友であり、家族だったのかもしれない……。

「君達は私達の誇りだ!」

 握られた手が、次々と瞳から流れ出る雫で濡れていく。──全く、そんな図体でなんて顔してんだよ。

「船長、元気出して下さい! まだやることがあるんですよね」

 船員達の不穏な発言を聞き、左手で涙を拭う船長が「あ、あぁ~そうだったな……」と俺に満面の笑みを向けた。

 どちらともなく離された手に、ほのかな温もりと涙の後が残る。

 ──しかし、次の瞬間!

 船長はその手で、無造作にシャツに手を脱ぎ始めたのだ!
 それを見て一瞬で理解してしまった。──俺のこの後の運命を……。

「戦友よ。君には是非、これを受け取ってほしい」

 そう言いながら彼の右手には、脱ぎたてのTシャツが。
 周りの目が俺に集まった。──このタイミングとか……嘘だろ?

「我が生涯の戦友ともよ。さぁ、これを着てはくれないかい? 君が船を離れても、この船と共にいた……その証明に!」

 周囲の全ての人の視線が俺に刺さる。
 例え、どのようなスキルや魔法を使おうが、この状況を抜け出すことは不可能だろう……。
 貰えば地獄、逃げれば地獄……。
 それなら、選択肢はひとつしかないだろ?

 俺は、震える手を懸命に伸ばし、彼が着ていた体内から出る汁で湿ったシャツを受け取った。

 ──その瞬間だ、驚くほどの歓声がわき起こってしまった。

 目の前の船員も、船の上にいる船員、そして周囲の知らない人も足を止め手を叩く。

 あろうことか、仲間であるはずのエルピスのメンバーも、俺の顔を見ないように手を叩いているのだ……。

 ──この……裏切り者どもめ!!

 シャツを手にしている俺は、注目の視線を感じた。完全に、見世物になった気分だ。

 こいつらが言いたいことは言うまでもなく分かっている……着ればいいんだろ! 着れば!
 やけくそぎみに、それを着用すると歓声と悲鳴が混じる声が上がったのだった……。

 やることやったので、お互いに涙を流しながらもその場を去ることにした。
 一人の犠牲者の功績により! お別れは感動のシーンで幕を下ろしたのだ。

 港から離れていく中、俺の心にひとつの思いが芽生える……。

 いつかまたアイツらに会えるといいなと。

「死ぬまでに、後もう一度位なら、あの船に乗ってもいいかもな……」

 俺は、誰にも聞かれないぐらいの声で思いを口にした。
 きっと他のメンバーも同じことを思っているはず……。

「──癖になってしまったのね……カナデ君……」

 どうやら聞こえてたらしい……。

 トゥナの大きな勘違いの台詞に、彼女を除いたメンバーが笑いながらも、俺達は宿に向かうであった。
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