1 / 6
第一話 龍閣の白蛇一派
龍閣
しおりを挟む
寂れた山の神社を立川陽一が尋ねたのは、睦月も終わりに差し掛かった頃である。
旧暦の二月・・・・・・今で言う三月の下旬であった。
立川陽一、現代を生きるごく普通のサラリーマンである。背もそこそこにあり体躯もしっかりしてはいるが、頬は痩せこけ、目の下は隈で真っ黒であった。
夜に眠れていないのだろう。髭も伸びたままだ。
石畳の坂を登る足取りも、一歩進めば右へ、また一歩進めば左へと不安定である。
今にもころんと倒れてしまいそうな、そんな弱々しい出で立ちだ。
いかにも具合の悪そうな身体なのに、どうしてこの、人の寄り付かない破れた神社へ足を運んだのか。それはつい七日程前に遡る。
最初は些細な事だった。共に衣食住を暮らす陽一の母が、いつも顔をしかめるようになった。
母は滅多なことで機嫌を悪くしたり、他人や物に当たり散らすような真似はしない。それが、少しでも自分が気に入らない事があれば父や陽一に怒鳴りちらしたり、手にあるものをひたすら壁や床に投げ付けたりと、凄まじい有り様であった。
最初こそ、なにか自分たちの知らないところで大きな負担をかけてしまったのではないかと思い、その手の事に強い医者へ連れていったりしたのだが、いっこうに良くならない。
元々、オカルトよりも現代科学を崇拝する陽一はこの事をなんらかの精神疾患と疑っていた。だが次第に母の奇行は激しさを増し、二日前の三月二十九日の夜。
暴れる母を寝かしつけ、両の手足をしっかりとベッドの柵に縛り付け一時の安眠に興じていた。
深夜、陽一は台所から物音がするのを聞いた。
陽一の部屋は同じく一階にあり、すぐ隣が台所、その前に父の寝ている部屋がある。
目を覚ました陽一は起き上がってすぐに部屋からは出ず、戸の前に立ち一度耳をそばだてた。物音はなおも続いている。冷蔵庫の低い音、なにかを漁る音、咀嚼する音、独り言のようなもの。
「なんなんだ・・・・・?」
一瞬のうちに冷や汗が背中におりてきた。こんなこと、人生で初めてだ。
意を決して陽一は壁際に立て掛けてあった古い木製のバットを握り締め、音を出さぬようドアノブを回し外へ出た。
春のくる前らしく冷えた廊下を静かに、静かに踏み締めゆっくりと台所を目指す。
明かりは一つも点いておらず暗いが、開け放たれた戸から冷蔵庫の朧な光が漏れている。
近付くたび、なにか、生モノを貪るようなグチグチと言う気味の悪い音が大きくなっていく。幽霊か、はては野良人間か。
そっと台所の入り口から頭だけを乗りだし、その正体を暴く。
ぼんやりと頼りない冷蔵庫の光が、人の形を照らしていた。逆光となってしまっているが、その人影が着ている青い寝間着の柄をうつすには充分だった。
「お、え・・・・・母さん!?」
手足を縛ってベットに縫い付けていたはずの母が、陽一の事など構わずひたすら手に掴んだ食べ物を食い漁っている。もう数日もろくに風呂へ入っていないせいで傷んだボロボロの髪を振り乱し、鶏肉の塊を貪る姿はまさに野犬そのものであった。
変わり果てた母の姿に陽一は、恐怖とも悲しみとも言えぬ感情に心を潰され、その場に座り込み泣き叫んでしまった。
・・・・・・・結局、陽一の悲鳴を聞き付けた父と近所のおばさんが母を病院へ連れていってくれた。それどころか、母が散らかした食糧の片付けまでやってもらった始末。その時陽一はただ自室にこもり、頭に布団を被って朝まで震えていた。
一体、母はどうしてしまったと言うのだ。こうなってしまった事に、全く心当たりがない。八方塞がりである。
母の症状を手元のパソコンで調べる毎日だ。しかし、どれも精神科にかかる他はなさそうだった。病院でもどうにもならないから調べているのに、と妙な苛立ちを募らせていたある日の事である。
一つのネット記事を発見したのは偶然であった。書き込みは少ないが、気になるものだった。
「白蛇一派?なんだこれ?」
聞きなれない組織の名前が見出しとして大きく掲載され、下にはつらつらと詳しい情報が載っていた。読み進めてはみるが、なんだかありがちな胡散臭い内容が長々と軒を連ねている。
要約すれば、人間の手にはおえないような怪奇現象の解決や化け物退治、お祓い、封印から行方不明者の捜索なんでもやります。と言ったものだ。
「便利屋みたいなもんか。変な霊能力者のアレだったら嫌だな・・・・・」
嘘も真実も全てが混雑するこの現代において、すぐに食いつくのはどうかしている。詐欺だったら溜まったもんじゃない。溜まったものではないのだが・・・・・
「・・・・・・他に宛もないしなぁ」
普段であれば、鼻で嗤って無視を決め込むところだ。しかし、今の陽一は度重なる母の奇行と不眠、近所からの視線に晒される毎日にもう疲れてしまった。
陽一は記事の感想欄へ目をうつした。数はそこそこに、色々と情報が交錯している。
『一派は人間の世界の隣に住んでいる』
『私は妙な古い橋を渡って向こう側?へ行った』
『一派は全部で十人いる』
『嘘乙』
読み込んでいくと、ある文章をとらえた。半ば身を乗り出すようにして陽一は画面に食らいついた。
『◯△✕町の古い◯◯神社の横に川が流れているじゃないですか?そこにないはずの古い橋がかかってたんですよ。そこに・・・・・・』
旧暦の二月・・・・・・今で言う三月の下旬であった。
立川陽一、現代を生きるごく普通のサラリーマンである。背もそこそこにあり体躯もしっかりしてはいるが、頬は痩せこけ、目の下は隈で真っ黒であった。
夜に眠れていないのだろう。髭も伸びたままだ。
石畳の坂を登る足取りも、一歩進めば右へ、また一歩進めば左へと不安定である。
今にもころんと倒れてしまいそうな、そんな弱々しい出で立ちだ。
いかにも具合の悪そうな身体なのに、どうしてこの、人の寄り付かない破れた神社へ足を運んだのか。それはつい七日程前に遡る。
最初は些細な事だった。共に衣食住を暮らす陽一の母が、いつも顔をしかめるようになった。
母は滅多なことで機嫌を悪くしたり、他人や物に当たり散らすような真似はしない。それが、少しでも自分が気に入らない事があれば父や陽一に怒鳴りちらしたり、手にあるものをひたすら壁や床に投げ付けたりと、凄まじい有り様であった。
最初こそ、なにか自分たちの知らないところで大きな負担をかけてしまったのではないかと思い、その手の事に強い医者へ連れていったりしたのだが、いっこうに良くならない。
元々、オカルトよりも現代科学を崇拝する陽一はこの事をなんらかの精神疾患と疑っていた。だが次第に母の奇行は激しさを増し、二日前の三月二十九日の夜。
暴れる母を寝かしつけ、両の手足をしっかりとベッドの柵に縛り付け一時の安眠に興じていた。
深夜、陽一は台所から物音がするのを聞いた。
陽一の部屋は同じく一階にあり、すぐ隣が台所、その前に父の寝ている部屋がある。
目を覚ました陽一は起き上がってすぐに部屋からは出ず、戸の前に立ち一度耳をそばだてた。物音はなおも続いている。冷蔵庫の低い音、なにかを漁る音、咀嚼する音、独り言のようなもの。
「なんなんだ・・・・・?」
一瞬のうちに冷や汗が背中におりてきた。こんなこと、人生で初めてだ。
意を決して陽一は壁際に立て掛けてあった古い木製のバットを握り締め、音を出さぬようドアノブを回し外へ出た。
春のくる前らしく冷えた廊下を静かに、静かに踏み締めゆっくりと台所を目指す。
明かりは一つも点いておらず暗いが、開け放たれた戸から冷蔵庫の朧な光が漏れている。
近付くたび、なにか、生モノを貪るようなグチグチと言う気味の悪い音が大きくなっていく。幽霊か、はては野良人間か。
そっと台所の入り口から頭だけを乗りだし、その正体を暴く。
ぼんやりと頼りない冷蔵庫の光が、人の形を照らしていた。逆光となってしまっているが、その人影が着ている青い寝間着の柄をうつすには充分だった。
「お、え・・・・・母さん!?」
手足を縛ってベットに縫い付けていたはずの母が、陽一の事など構わずひたすら手に掴んだ食べ物を食い漁っている。もう数日もろくに風呂へ入っていないせいで傷んだボロボロの髪を振り乱し、鶏肉の塊を貪る姿はまさに野犬そのものであった。
変わり果てた母の姿に陽一は、恐怖とも悲しみとも言えぬ感情に心を潰され、その場に座り込み泣き叫んでしまった。
・・・・・・・結局、陽一の悲鳴を聞き付けた父と近所のおばさんが母を病院へ連れていってくれた。それどころか、母が散らかした食糧の片付けまでやってもらった始末。その時陽一はただ自室にこもり、頭に布団を被って朝まで震えていた。
一体、母はどうしてしまったと言うのだ。こうなってしまった事に、全く心当たりがない。八方塞がりである。
母の症状を手元のパソコンで調べる毎日だ。しかし、どれも精神科にかかる他はなさそうだった。病院でもどうにもならないから調べているのに、と妙な苛立ちを募らせていたある日の事である。
一つのネット記事を発見したのは偶然であった。書き込みは少ないが、気になるものだった。
「白蛇一派?なんだこれ?」
聞きなれない組織の名前が見出しとして大きく掲載され、下にはつらつらと詳しい情報が載っていた。読み進めてはみるが、なんだかありがちな胡散臭い内容が長々と軒を連ねている。
要約すれば、人間の手にはおえないような怪奇現象の解決や化け物退治、お祓い、封印から行方不明者の捜索なんでもやります。と言ったものだ。
「便利屋みたいなもんか。変な霊能力者のアレだったら嫌だな・・・・・」
嘘も真実も全てが混雑するこの現代において、すぐに食いつくのはどうかしている。詐欺だったら溜まったもんじゃない。溜まったものではないのだが・・・・・
「・・・・・・他に宛もないしなぁ」
普段であれば、鼻で嗤って無視を決め込むところだ。しかし、今の陽一は度重なる母の奇行と不眠、近所からの視線に晒される毎日にもう疲れてしまった。
陽一は記事の感想欄へ目をうつした。数はそこそこに、色々と情報が交錯している。
『一派は人間の世界の隣に住んでいる』
『私は妙な古い橋を渡って向こう側?へ行った』
『一派は全部で十人いる』
『嘘乙』
読み込んでいくと、ある文章をとらえた。半ば身を乗り出すようにして陽一は画面に食らいついた。
『◯△✕町の古い◯◯神社の横に川が流れているじゃないですか?そこにないはずの古い橋がかかってたんですよ。そこに・・・・・・』
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる