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01.ドーナツときつね
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F.S.《Furry spare》。
“毛深い予備品”と呼ばれる生物義体がこのアプリコットシティでは市民権を得ていた。
生身の人間にまぎれて、動物を模した生物学的人形がこの近未来の街では暮らしている。
例えば、閉店間際の品揃えのわずかなドーナツショップのショーケースを前に、トングをカチカチ鳴らすアホまるだしの女性警察官、ハナー・マルデスがまさに『F.S.』の模範例だ。
くんくんと犬科特有の突き出したマズルでドーナツの甘い香りに胸躍らせ、細長い口をだらしなく開いて、人より長い舌でぺろりと舌なめずりしてはホットドッグのようにふっくらした茶色い尻尾を振るさまを、二足歩行と警察官の制服で取り繕わなければ、まさに駄犬、いや駄狐だ。
「は~、この色とりどりのドーナツが無料だなんて、警察官になってよかったなぁ~」
『お客様、閉店まであと五分です』
無人ドーナツショップのAI店員に催促されて、ハナーは悩ましさにう~と唸る。
しかしよく考えればわかるが、もうドーナツはショーケースに四種類計二十個あまりしかないので無料で買えるのなら全部買って帰ってしまえばいいのである。
なのに“選ぶ”という普段の発想があるせいで気づけない、ハナーは合理性に欠くパーソナリティをたかだかドーナツひとつで露呈していた。
『お客様、閉店まであと三分です』
「えと、えーと! じゃあまずコオロギシュガーフロストを二個! サボテンリング二個!」
『では、お会計にお進みください』
「それからえーと……」
トングをカチカチ、尻尾をそわそわ。
無人ドーナツショップのAI店員はごく限られた思考的自由の中でひとつの結論を得た。
『人間は愚かだ。このF.S.はもっと愚かだ』
そう考えても、外部出力はしないのがこのAI店員の優れた人格形成学習結果の賜物だ。
「レッドモンスタージャムも三つ! メロンソーダティー! 以上で! よーし、間に合ったゾ!」
『ご利用ありがとうございました』
意気揚々と自分でドーナツを箱詰めして腕輪型の端末をかざし、会計を済ませるハナー。
これで本日の営業を無事に終えることができる、と安堵するAI店員。
そこに最後の駆け込み客がやってきた。
いや、強盗だ。
茶褐色のライダースーツを着たライオン型の大柄なF.S.が鋭利な爪を剥き出しにして吠える。
店内に人間に類する者はハナーのみ。
当然、その爪をライオンのF.S.はハナーに突きつけられる。ハナ―は右手にトング、左手にドーナツ箱を握ったままおとなしく手をあげた。
「おいAI、命が惜しければ金を出せ! 2000万クレジットだ!」
『強盗は犯罪行為です。警察に通報いたします。また、わたしはAIです。命は惜しくありません。また、当店では現金の取り扱いはございません』
「ンなこたぁわかってるよクソAI! だが女の命はどうだ? 人命優先、いや企業イメージ最優先だろ? この女を殺されたくなかったら指定口座にダークマネーを送金しろ!」
『了解いたしました』
アプリコットシティは先進的都市であるが、技術の進歩はイタチごっこが常、現金の不使用と無人化店員、電子決済サービスでリスクを軽減しても逆手に取る発想は必ず出てくる。
もしドーナツショップ側が目先の金銭を守るために来客を見殺しにしたら、そのログを公開されたとしたら評判はガタ落ちだ。2000万クレジットどころの損失ではない。
その企業的利益を勘案すれば選択の余地はなく、このAIの権限で許された支払い限度額であろう2000万クレジットを後々に奪い返すことのできない追跡不能のダークマネーとして送金させる。
電子・無人化の著しい社会でも通用する強盗のメソッドはなかなか巧妙な“よくある手口”だ。
そして強盗の物理的なリスクを、違法作成されたF.S.の強靭さで補おうというわけだ。
このライオン型F.S.の強さであれば、警察の現着までに犯行を済ませ、容易に逃げ切れる。もし警察に追いつかれても、生身の人間であればあっさり蹴散らすことができる。
違法F.S.には軽度の銃撃は通用しない。
アプリコットシティで今最も大きな懸念事項は、この増加の一途を辿るF.S.関連犯罪だ。
この強盗ライオンの犯行は、失態を重ねるアプリコットシティ警察の歴史にまた汚点をひとつ刻みつけるかに思われた。
が、強盗犯にとって不幸なことに、偶然居合わせた客は警察官ハナー・マルデスだった。
「えと、通報を受けて現着しました! とは言えませんよね、人質にされてちゃ」
「オレの電刃の爪《エレクロ―》は最新式だ。無駄に暴れるなよ」
電刃の爪《エレクロ―》。
戦士級F.S.が備える伸縮可能の爪型の格闘武器は、電撃と電子戦攻撃を同時に行うことが強みだ。
F.S.の難点は自在に遠隔接続を切れないこと。アンチフュードバック障壁を突破して本体へ直接攻撃、電子流血多量により意識を奪うことができる。
「うわっちゃぁ……完全武装かぁ」
「そっちはトングにドーナツか、笑わせるぜ」
ハナーは考察した。
強靭なライオン型F.S.に電刃の爪。銃弾も肉弾戦も通じない。単独のF.S.警察官の対処可能なスペックを向こうは越えている。
困ったことに、アプリコットシティの警察が装備する電刃の爪は彼らより旧式だ。お互いにダメージを与えあった場合、敵側の方がより早く電子流血過多で本体を仕留めることができる。
なぜ旧式に甘んじねばならないかといえば、犯罪者個人は常に最良の装備品をひとつ買えばいいものの、警察は旧式を刷新するたびにすべての装備品を買い換えなくてはならない。
いわゆる「攻撃側は点でよく、防御側は面で防がねばならない」という問題だ。
世知辛いことに、すべては予算の都合だ。
この理不尽な個人では解決しかねる問題点を踏まえて、ハナーは事件を解決すべく。
「あ! 警察!」
「なにっ、どこだ!?」
原始的で使い古されたフェイントを仕掛け、ほんの一瞬、気をそらした。
「ここに居ます!」
「ぐわっ!」
トングを顔面に投げつけ、ひるませる。
「こんなものっ!」
しかしすぐさま強盗犯はライオン型F.S.の剛体に物言わせ、電刃の爪を起電して襲いかかる。
ここが狙い目だ。
ハナーは身軽に初撃をかわした。
外れた爪撃によって切り裂かれたテーブルは断面が焼け焦げ、真っ二つに。
次なる爪撃を狙って、ハナーは箱から取り出したドーナツを投擲するという反撃に出た。
まるで輪投げだ。
細長く突き出した電刃の爪にすぽっとハマったドーナツはたちまち、高熱帯電に触れて発火しつつ溶け、絡み、さらにライダースーツに着火した。
小麦粉をたっぷりの油で揚げてある代物ならば、流石によく燃える。
「ぐわぁ!? 熱っ、くそっ、脱げねェ!」
「はぁっ!」
勝負は一瞬。
ハナーは迅速に迫る。床のタイルが砕けるほどに力強く地を蹴って。
F.S.の急所の一つ、首を一突きにする。
旧式の電刃の爪が、手刀が、たったの一撃で伝達系を破損させた。
ずぶり。
F.S.は生物学的人形だ。首を貫けば、流血もする。神経伝達系に直結する首に電刃の爪を直接接触させれば、電子流血による本体の気絶はできたはずだ。
そして最後に銀輪の手錠をかける。
「遮断完了、逮捕しました!」
銀輪の手錠は強制的にF.S.を機能停止、より厳密にいえば遠隔接続を遮断させることができる。本体を倒さずに使っても逃げられるし、暴れるF.S.の手首に手錠をかけるのは電刃の爪や銃撃でやっつけるよりも難易度が高いので、無力化した目標を拘束するためのものだ。
「十一時二分、強盗の現行犯で被疑者確保!」
ハナー・マルデスは鼻高々に大手柄を喜んだ。
ところが後にこの事件が苦難のはじまりとなるのである。
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