F.S.ダブルフォックス

シロクマ

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02.ツキノ室長

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「おめでとう、お手柄だよマルデスくん」

「はっ! 我ながらはなまるの活躍であったと自負しております」

「それでだね、署長直々に君にある昇進の話がきていてね……」

 犬のおまわりさん、ならぬ狐の婦警さん。
 ハナー・マルデス巡査は本日づけで巡査長、さらに上の巡査部長に昇進させられてしまった。
 二階級特進である。

 ただし部署異動に伴うもので、一番下っ端のままでの配属は格好がつかないという理由だった。

「まさか、対F.S.特別対策班に移動させられるなんて……」

 荷物をダンボール箱に抱えて、ハナーはアプリコットシティ警察署本部の地下へ地下へと潜っていく。エレベーターも直通していないような地下階層が署内にあったこと自体が驚きだ。

 これはもう栄転どころか左遷人事ではないか。
 なにか、薄暗い洞窟の奥底に潜むドラゴンなりの生贄にされる少女のような心細さだ。

「ハナー・マルデス巡査部長です。本日づけで対F.S.特別対策班に配属となりました」

「……お入りください」

 なにか小さく、繊細そうな女の声がした。
 自動開閉もない無骨な鉄扉をキィと軋ませながら開けば、そこには警察署内であることを疑うような別世界が広がっていた。

 この近未来都市アプリコットシティの警察署に、物理本の書架がずらりと並んでいるのだ。
 表紙を見るに、今でも大学や図書館で大事にされているような紙の本にほかならず、電子書籍の普及で減少の一途を辿る紙の本をこれだけ揃えているのは盛大に趣味的だ。

「うわぁ……これ、公金で買い揃えてたら大問題じゃあ」

「……私物です。自宅の本の一部を、仕事道具と息抜きを兼ねて、持ち込ませてもらっています」

 どこからか、声がする。
 ふと見やれば、書架の裏からひょっこりと黒毛の狐の尻尾が見え隠れしている。

「失礼します! 入ります!」

 敬礼して入室、すたすたと書架の裏に回り込んでみれば、そこにはちいさな妖精さんがいた。

 いやさ、妖精と見紛うほど可愛らしく小さな黒狐型F.S.が本棚の整理をしていた。

 女子小学生もかくやという背丈なれど、生物学的人形であるF.S.の造形モデルとしては定番の妖精級《フェアリークラス》だ。それでもなお見惚れるほど素晴らしく愛くるしい作りをしている。

 しかも警察署らしいフォーマルな制服を、ちびっこなのに無理やり着こなしている。

 ハナー・マルデスは自らのF.S.のルックスに抜群の自信があって、とても美しい仕上がりだと思っているものの、戦士級《ウォリアークラス》の高身長ではさすがに勝ち目がなかった。

「妖精級《フェアリークラス》! この警察署内で見かけるなんて思ってもみませんでした!」

「……そうですね。戦士級《ウォリアークラス》や平準級《ノーマルクラス》の、もっと背の高い規格のF.S.でないと力仕事には不向きですから」

「妖精級《フェアリークラス》の利点はちいさな分だけ、本体への負担が少なく長時間活動しやすい、で合ってますか?」

「……F.S.は元の体格と差が離れるほど感覚のズレが生じるから、というのもあります」

「なるほどう」

 黒狐のF.S.は赤茶狐のF.S.であるハナーと並び立つと、なんだか小さな妹のようだ。
 高いところに手が届かないので、わざわざ脚立を使って本棚を整理するさまが何ともかわいい。

「それでその、対策室の室長殿はどこに? ご挨拶をしないと」

「わたしが室長です」

「やや! こ、これは失礼しました!」

 黒狐のF.S.が脚立から降りてくるまでハナーは必死に頭を下げ、恐縮した。
 とても低く頭を下げてもなお、妖精級の室長さんの方がまだ小さいのでやりづらさこの上ない。

「わたしはF.S.特別対策班の責任者、ツキノ・クロバーツ警視です。どうぞよろしく」

「けけけ、警視!? うちの署長は警視正だから、その次に偉いんですか!」

「はい。警視の直属の部下が巡査では困るので、わたしの一存であなたを巡査部長にしました」

「しました、て……、気軽におっしゃる……」

 ツキノ警視は無表情のまま受け答えする一方、ハナーは先ほどから百面相もいいところだ。
 応接用のローテーブルに楽にして座るように言われて、ハナーは室長自ら用意してくれた缶コーヒーを前にすると思い出したようにダンボールからドーナツ箱を差し出した。

「美味しいですよ! せっかくだからいかがですか室長!」

「いただきます。F.S.は動物と同じく、カロリーを摂取しないと飢えてしまいますので。この地下深くだと警察署まで料理を配達させても、さらに職員に運ばせないとなりません。署内運搬用ドローンも地下までは運用できません」

「じゃあ普段はなにを?」

「冷凍ねずみです」

「あー……」

 ハナーはドーナツを頬張っている途中で冷凍ねずみの味を思い出してしまい、少し青ざめた。
 一方、よほど食べつけているのか、ツキノ警視は冷凍ねずみの話でも涼しい顔つきのままだ。

「いえ、わかりますとも。冷凍ねずみ一匹50クレジットくらいで安く買えて、栄養あって、調理済みのやつはけっこうイケるんですよね。とくに狐型のF.S.だと妙に美味しく感じる味覚補正があるからクセになってしまって。けど生身の時に食べるのには抵抗感あるのに不思議ですよね」

「わたしは生身でも食べます。F.S.の食事と本体の食事は別々に摂取しないとならないのが難点ですから、同じ冷凍ねずみを食べれば一石二鳥です」

「そ、それは合理的です、ね」

 ハナー・マルデス巡査部長にとって、それはネコのエサやりついでに高級ペットフードを常食する飼い主をあろうことか上司に持ってしまったことを意味した。

 アプリコットシティの食品事情は年々、旧世紀より悪化の一途をたどっているとも、より環境負荷の最小化に配慮しているとも問題視されているが、その縮図を見てしまった形だ。

 ツキノ・クロバーツ警視。

 妖精級の黒狐F.S.に私物の書架、冷凍ねずみの常食、かわいい見かけに反して相当な変人だ。

 その変人幼狐警視になぜまたハナ―は転属させられたのか、そこが気がかりだった。

「あの、わたし、どうしてここに配属に……?」

「F.S.のログを確認しました。あの状況下で見事な機転と勇敢さです」

「いやぁ、それほどでもありますが~!」

「が、あなた個人の活躍はわたしにとって重要な点ではありません。こちらをご覧ください」

「あ、ですよね……」

 尻尾をしんなり萎えさせ、調子ノリを打ち砕かれたハナーはツキノ警視のノートブックを覗く。
 少々専門的なデータやグラフの羅列にちんぷんかんぷんなハナー。

「か、解説をおねがいしてもいいですかね」

「失礼、自分にわかるようメモした代物で他人に見せる意図を忘れきっていました。反省点です」

 意外に素直だ。

「マルデス巡査部長、端的に言えば、あなたのF.S.はとても高いシンクロ率を検出しています。そしてとても貴重なケースF-90の発現過程にある。アプリコットシティ警察としてあなたのデータサンプルを取得、研究することは重要な意義があります」

「ケースF-90……?」

「この場合の“F”はファンクションキーと同じ“機能”を意味します。F.S.に備わる機能のうち、90番台目以降のパラメータは空欄として存在しないことになっています。その“仕様上存在しない機能”を総じてケースF-90、空欄の九十番とも呼びます。これはシンギュラリティです」

「もうちょっとわかりやすく言うと……?」

「特殊能力、超能力、チート、スーパーパワー。とにかく興味深い」

「なにそれすごい」

「そして危険です。あなたは要監視下にあり、最悪の場合はそのF.S.を抹消処分します」

「ええっ!? こ、困ります!! F.S.は一生涯モノですよ!」

「勿論、代替品と補償金は支給されますし、こちらも貴重なサンプルを無意義に処分はしたくありません。ですからあなたをわたしの手元に置き、経過観察を行い、あなたのF-90の機能開花を見届けたいというのが事の経緯です。わかりましたか?」

「は、はい、ハナー巡査、了解いたしました!」

 ビシッと敬礼して高らかに返事する。
 それさえやっとけばなんとかなる、というのがハナー・マルデス巡査“部長”の人生訓の一つだ。

「二階級特進を忘れていますよ。それとケースF-90の発現兆候は機密事項です。くれぐれもいくつかの機密事項について、家族、友人、恋人、また警察署内でもわたしの許可する人物以外には秘匿をおねがいします」

「あ、はい。それならご心配なく、だって……あ、いえ、なんでも」

 ここまで元気はつらつと歯切れのよさが取り柄だったハナーが急に押し黙ったのが気に食わないのか、無表情、とりわけ笑うことのないツキノ警視は少しだけ睨むようなきつい目つきをする。

「上司として命じます。理由を話しなさい」

「ひっ! は、話します、話しますからそんな怖い顔しないでぇ!」

「怖い顔……? わたしが?」

 ツキノ警視は自分の頬をもちもちとさわって確かめ、不思議がる。

「このF.S.は感情表現設定を最小値にしてあります。生物学的人形を、生物学的人形らしくしておくための措置です。他人に表情から心中を見透かされるのも不利益が大きい。いえ、そんなことより、ちゃんと理由を話しなさい、早く」

 ツキノ警視は言ったそばから余計に不機嫌そうな表情をしつつ、表情筋を確かめているつもりなのか、むにゅーと、もにゅーと、ほっぺたを引っ張るものだから面白かわいい顔になっている。

 ハナーはうっかり笑ってしまいそうになり、焦る。今ここで笑うのは警察人生に関わる。
 表情に出すまいと、代わりにタムタムと足先を動かし、尻尾に感情を代替表現させてやり過ごす。

「はっ! 理由ですが! 本官に家族、友人、恋人、また署内で特別に付き合いの深い人物はおりませんので! ついうっかり話すような相手がいないのであります!」

「……本当にですか」

「本当にでありますです!」

 感情表現設定を最小値にしている、と言っていたツキノ巡査は今度は無表情を貫いている。
 確かに、これではなにを考えているのか、どういう反応なのかわからない。

 哀れみ、驚き、飽きれ。
 積極的に示すつもりがなければ、人形越しにはなかなか相手の心が見えてこない。

 “毛深い予備品”

 これを求めたアプリコットシティのある種の人々にとって、自他の心が隠れることは幸福だった。
 これがふたりの、警察署内随一のF.S.依存者同士の初顔合わせだった。
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