F.S.ダブルフォックス

シロクマ

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03.プライベートタイム

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 ツキノ・クロバーツ警視によるハナー・マルデス巡査部長の経過観察は早くも一ヶ月が過ぎた。

 ハナーは機能テストと訓練、そしてこれまで通りの巡回任務にあたる。

 ツキノは半日を地下室で研究して過ごして、もう半日だけハナ―に同行して現場でパトロールや緊急出動に付き添い、直に観察するという日々だ。

 これを休暇日以外、ひたすら繰り返す。

「そうですね、もうすぐ還るたまごを見守る親鳥の気分でしょうか」

 ふたりの状況に大きな変化は生じず、なんらかの偶発的事件が発生しても「いってらっしゃい」の一言であとは見守るだけのツキノ警視はいわゆる相棒らしさはてんでなかった。
 ひたすら観察、その場その場で手伝ったりはしてくれない。

 ほとんどの場合、それで困ることはなく、ちょっと寂しいほどに衝突らしい衝突もなかった。

 ふたりともF.S.という生物学的人形を通してのみ接している。生身で一度も顔を合わせたことのない間柄なのだから、そんなものなのかもしれない。

「え、休暇日に本官の“本体”に会いに行きたい? そ、それは困ります!」

「プライベートの秘密を守りたい心理は察します。法律上、正当な理由なくF.S.の本体確認や自宅訪問の強要はできかねること。捜査令状でも取得すれば別ですが……。ですから上司として命じるというわけではありません」

「じゃ、じゃあ、素直にあきらめてくれても」

「そうですか、イヤですか」

 ツキノ警視は無表情のままじっと見つめてくる。何かを訴えてくる。

 ハナーはそそくさと逃げようとするが、さっといつになく俊敏にまわり込んで逃げ道を塞がれた。
 この引きこもりがち変人幼狐、意外と動ける。

「す、素顔の自分を見られて幻滅されたらイヤじゃないですか」

「……わかる」

「わかるならわかってくださいよ~」

「一般論としてです。歴史を紐解けば、F.S.のような非接触技術の進歩、代替人形に社会生活を代行させるという発想は社会が匿名性を求めたことにも起因します」

 ツキノ警視は詰め寄るのをやめて、今度は小難しく説き伏せにきた。
 妖精級の小狐が物語るにはなんとも難解な話で、どうにもアンバランスでならない。

「旧世代での接触感染ウィルスの蔓延をきっかけに、戦争、経済摩擦、食糧難、気づけばあれよあれよと世界人口を八割減らす結果となりました。やがて暗い森に獣が隠れ棲むように、わたしたちの社会は代替品にリスクを押しつけることをよしとした。わたし個人は、これはこれで快適な社会のあり方だと思っているのですが、幸い、まだわたしは少数派のままです」

「はい、少数派その2です! 秘密サイコー!」

「しかし自分の情報を秘匿したい一方、他人の情報を獲得したいのが人の業です。気になります」

「理不尽だ!?」

「ひた隠しにされるほど気になるのは推理小説でも何でもそうでしょう、わかるでしょう」

「……わかる」

「わかるならわかってください」

「個人的興味ってことですよね! それ!」

「そう、個人的興味です」

 ツキノ警視は久方ぶりに、あの不機嫌そうな表情で見つめてくる。
 ちっとも微笑んだりしてくれないくせに、不満な時だけは感情表現が漏れ出すのだ。

 ハナーはとても迷ったが、あまりにしつこいので仕方なく折れることにした。

「わかりました。次の休暇日、わたしの本体を紹介します。でもプライベートだってことを忘れないでくださいね、ツキノ室長。F.S.でいいから私服でおねがいします」

「では、休暇日を楽しみに待っています」

 ツキノ・クロバーツは口ではそう言いつつも一切微笑んだり楽しそうな素振りはみせない。
 それがすこし、いや、だいぶ、不安でいっぱいのハナ―には不満だった。







 休暇日当日。
 待ち合わせ場所は遊園地の園内で、まず休暇らしいことをして心の準備をすることになった。

 ハナー・マルデスの条件はこうだ。
 もしこの遊園地で半日過ごしてみて、不安が解消されなかったら本体との面会は中止にする。

 仕事上の上司としては会いたくない。もし友人のようなプライベートな関係性を構築できる気がすれば、公私の“私”としてハナーの本体を明かしてもいいということだ。

 約束の場所、約束の時間。
 不安いっぱいのハナーは十分前に遊園地の入場ゲート前に着き、そわそわと待っていた。

「人、いっぱいだなぁ」

 アプリコットシティの遊園地は創業百四十年の歴史と伝統がある。

 旧態然とした大掛かりな物理アトラクションは今では古さを珍重されるものばかり。人口減少その他で廃墟化した遊園地は数しれない中、歴史的価値のある場所だ。

 ここを訪れる人々の姿を見れば、アプリコットシティの縮図がわかる。

 生身の人間は七割ほど。残りの三割のF.S.はとりわけ特別視されることもなく、馴染んでいる。
 その理由のひとつとして、生身の人間もまた、あえてF.S.に擬態したり、仮想したりするような装飾パーツを好んで使っているということだ。

 特に動物型フェイスガードは人気が高い。ウィルスや花粉、砂埃などを除去することで呼吸器を守るだけでなく、素顔を隠すこともできる。今現在この場に着用の必然性は無きに等しいが、フェイスガード文化がすっかり定着してしまっているのだ。

 それらを踏まえると、じつに四割しか素顔を晒しているものはおらず、私服のハナ―を不思議がるものはいない。赤茶色の狐型戦士級F.S.はすらりとスタイルがいい女でしかない。

「おまたせしました」

 ツキノ警視、黒毛の幼い狐型妖精級F.S.のいでたちは完全に遊園地に馴染んでいた。

 いや、正しくいえば、遊園地のマスコットキャラクターとまったく同一のチャーミングな衣装を着ていた。もはや持ち前の愛くルックスと合わさって、園の内側から迷い出てきた妖精さんだ。

 そして危惧した通りに、他の来園者に「かわeー!」とキャーキャー叫ばれ「撮影いいですか!」と親子連れに頼まれて無感動顔ダブルピースをさせられている。

 ツキノ警視も断ればいいのに、遊園地でテンションの舞い上がった一般市民の押しの強さに「あ、ちょ……」「はい、まぁ……」と消え入りそうな声で返事して流されている。

 よくよく考えるとツキノ警視はいつの間にかハナーとは饒舌に喋るようになったが、初対面の時、なんだか声が小さかった。

「あれ、ツキノってあんなに弱々しかったんだ……」

 ぽけっと突っ立って見ているハナーに「た、助けて」と救援を求めるツキノ。
 ハナーは頼られて少し上機嫌になりつつ「すみません、この子わたしとデートしにきたただの来客なんですよ~」と事情を軽く話して、どうにかこうにか救出することに成功した。

「つ、疲れた……」

 入園直後にはもうツキノはくたくたな様子で休憩がてらレストランのテーブルに突っ伏した。
 ハナーはいつもと違うツキノの一面をにやにや顔で堪能する。

「マスコットの衣装なんて買ってくるからですよ~」

「わたしなりに時と場合をわきまえたこの場に相応しい衣装を吟味してきたんです。それが裏目に出た、誤算があったとしても、不適切や不格好なわけではありません」

「それはそう。かわいい」

「上司にかわいいとは何ですか」

「今はプライベートだという約束ですよ、ツキノ室長。いえ、ツキノちゃん?」

「ツキノちゃん……!?」

 最小値に設定されているはずの感情表情が、流石にこれは漏れ出している。顔がうっすら紅い。
 いつも偉そうな上司を手玉に取れるチャンスなんて滅多にないので、この優位な立場をしゃぶりつくし、あわよくば本体との面会がご破産になればとハナーは煽る。

「プライベートだとしてもわたしは警視ですよ!?」

「そのカッコーで警視は無理でしょ~」

「年齢、五十歳過ぎですよ!」

「あ、それは知ってます。この時代、五十歳なんてまだまだ若いうちじゃないですか、最長寿命は二百歳届くかもって時代ですよ? それより何を注文します? あ、ここ冷凍ねずみはありませんよ、ツキノちゃん」

「くっ! 注文はあなたにおまかせします! ハナー巡査部長!」

「ハナーちゃんで」

 優越的地位の濫用はこういう時にやるものだ。

「は、ハナーちゃん、さん、注文を……おねがい……します、です」

 愉快痛快この上ないとばかりにハナーは上機嫌になり、鼻歌まじりに注文する。

「すみませーん! 新鮮ねずみと代用レタスのベテルギウス風サラダをひとつ!」

「……あるんですか」

「ありましたねぇ」

 なんだかおかしくて、ハナーはいつものように元気よく笑った。
 つられて笑ってくれる気がしても、ツキノは笑うという感情表現をF.S.にさせなかった。

 でも、なんとなく、きっと楽しいはずだとハナーは勝手にツキノの心の内を仮定した。
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