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第22話 軋む(きしむ)歯車
しおりを挟む1. 滝溝公園の孤独な夜
国体開幕を一週間後に控えた、冷え込む夜。
かつて二人で切磋琢磨した思い出の場所、滝溝公園の街灯の下で、涼賀は一人もがいていた。
「……っ、クソッ、まただ!」
軽く流しを繰り返すが、どうしても感覚が一致しない。全力で地面を叩いた瞬間、一瞬だけ左足が地面を掴み損ねるような、奇妙な空転感。
タイムは決して悪くない。しかし、涼賀自身の感覚としては、まるで自分の意志が筋肉に届くまでに、見えない「壁」があるような噛み合わなさが強まっていた。
ベンチに座り込み、激しく波打つ胸を押さえながら左足を見つめる。
(痛みも腫れもない。なのに、なんで……)
焦りが、静かに、確実に涼賀の心を削り始めていた。
2. 広がる波紋
翌日の放課後。グラウンドで涼賀の様子を見ていた萌歌と沙玖、そして奏人らの間には、重苦しい空気が流れていた。
「……涼賀先輩、やっぱり変です」
奏人が不安そうに呟く。バトンパスのタイミングがわずかにズレ、涼賀は何度も首を振っている。
「うん……」
萌歌もストップウォッチを握りしめたまま頷く。
「走った後の顔、何か自分でもコントロールできてないような感じ。今まであんなことなかったのに.....」
沙玖は無言で涼賀の走りを見つめていた。
「……肉体の限界を超えようとして、神経とかが悲鳴を上げているのかもしれない。でも、あいつに今『休め』と言っても聞かないだろうな。国体で引退すると決めているから尚更」
3. 静かなる絶対王者
一方、校内の屋内プール。
拓海のコンディションは、人生最高と言っても過言ではない状態にあった。無駄な脂肪が削ぎ落とされた鋼のような肉体が、水面を音もなく切り裂いていく。
「……3位、じゃない。俺が狙うのは、その上だ」
拓海の瞳には、一片の迷いもなかった。インターハイ4位の悔しさをすべて練習量に転換し、今はただ、水の中の絶対的な静寂と一体化している。準備は整った。あとは、その瞬間を待つだけ。拓海は涼賀の異変を全く知らないまま、親友もまた自分と同じく「最強」の状態にあると信じ、己を磨き続けていた。
4. 友からのエール
練習後、部室の前。
着替えを終えて出てきた涼賀に、進路活動の合間に立ち寄った大夢が声をかけた。
大夢は、涼賀が無理をして明るく振る舞うであろうことを百も承知だった。だからこそ、深刻な顔はせず、あえていつも通りの顔で接する。
「涼賀。……いい集中力だ。少しリズムの揺らぎが見えるけど、それはそれだけ限界に近い速度域にいる証拠だよ」
大夢はそう言って、一通の封筒を差し出した。
「これ、僕からの最後の『解析』だ。……といっても、ただの激励だけどね」
涼賀は少し驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「へへっ、ありがとな。大夢の予想を裏切るようなタイム、叩き出してやるよ。……見てろよ」
「ああ、期待しているよ。涼賀は本番に強いからね」
大夢は涼賀の肩をポンと叩くと、笑顔で去っていった。
涼賀はその封筒を大切にカバンにしまい、小さく息を吐いた。
(……やるしかねぇんだ。大夢も、拓海も、らみんな見てる)
国体まであと三日。
執念でリベンジを誓う涼賀と、完璧な静寂の中で研ぎ澄まされた拓海。
桜須学院の「双璧」が、それぞれの覚悟を背負い、最後にして最大の戦地へと向かう。
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