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第1章:沈黙のフロンティア
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朝の光は、まだ風を連れていなかった。
乾いた土をまとう、やわらかな日差しが、リナの足元の床に伸びていた。
粘土と断熱繊維でできた建材の上で、彼女はゆっくりと指を動かしていた。
空気は静かで、情報はまだ動いていない。
彼女の部屋は、都市《サウタ》の北端――“気候境界エリア”にある。
ここは年中気温が変動しやすく、都市のAIインフラが最も多く介入している区域だ。
つまり、システムが「生きている」と感じられる場所だった。
リナは、〈調整技術者〉としてその都市の“神経系”の一部を見守っていた。
正式な肩書は、AI適応インフラ・環境同期設計士。
都市の内部を流れる情報と、外部の気候・需要・人的移動をリアルタイムに接続し、
居住区の温度、水供給、エネルギー分配を最適化するための“呼吸”をつくる仕事。
端的に言えば、都市が「がんばらずに生きていける」状態を保つのが、彼女の役割だった。
この都市《サウタ》は、かつて地図に名前のなかった場所に築かれた。
大陸中央部の標高の高い盆地。気候変動によってかろうじて生き残った安定圏。
周辺を構成する大国、エイラ共和国(東)、サルク連盟(北)、旧フェルン経済圏(西)のどこにも属さず、
誰にも注目されない、そのこと自体が、この都市のはじまりだった。
都市は、戦争で消えた子どもたちと、国を追われた技術者たちが共同で始めた。
誰かの理想ではなく、「もうどこにも行けなかった人々」が、ここに残った結果だった。
リナもそのひとりだった。
13年前、南端州で発生した内戦によって家族を失い、瓦礫の中で一人になった。
生き延びたのは、都市初期建設に加わっていた無国籍の気象技師に拾われたからだった。
「この都市には、命令も国旗もいらない。
それでも、人は支え合えるってことを、ここで証明しようとしてる。」
そのときの言葉が、彼女のすべてを変えた。
彼女は命令されたのではなく、“信じていい”と言われた初めての経験だった。
以来リナは、サウタに居続け、都市の設計そのものに関わるようになった。
今、彼女が触っているのは、AIインフラの温度制御層。
ここに入力される数値は、ただの“物理的快適さ”だけでなく、
住民の心拍、通勤ストレス、言葉にされない疲労、そして――静けさを読み取るためにある。
なぜならサウタでは、静けさが暮らしの“指標”だった。
誰も怒鳴らず、誰も押しつけず、誰も支配せずに生きられるかどうか。
そのために都市がどう呼吸するかを、
リナは毎朝、じっと耳を澄ませて確認するのだった。
乾いた土をまとう、やわらかな日差しが、リナの足元の床に伸びていた。
粘土と断熱繊維でできた建材の上で、彼女はゆっくりと指を動かしていた。
空気は静かで、情報はまだ動いていない。
彼女の部屋は、都市《サウタ》の北端――“気候境界エリア”にある。
ここは年中気温が変動しやすく、都市のAIインフラが最も多く介入している区域だ。
つまり、システムが「生きている」と感じられる場所だった。
リナは、〈調整技術者〉としてその都市の“神経系”の一部を見守っていた。
正式な肩書は、AI適応インフラ・環境同期設計士。
都市の内部を流れる情報と、外部の気候・需要・人的移動をリアルタイムに接続し、
居住区の温度、水供給、エネルギー分配を最適化するための“呼吸”をつくる仕事。
端的に言えば、都市が「がんばらずに生きていける」状態を保つのが、彼女の役割だった。
この都市《サウタ》は、かつて地図に名前のなかった場所に築かれた。
大陸中央部の標高の高い盆地。気候変動によってかろうじて生き残った安定圏。
周辺を構成する大国、エイラ共和国(東)、サルク連盟(北)、旧フェルン経済圏(西)のどこにも属さず、
誰にも注目されない、そのこと自体が、この都市のはじまりだった。
都市は、戦争で消えた子どもたちと、国を追われた技術者たちが共同で始めた。
誰かの理想ではなく、「もうどこにも行けなかった人々」が、ここに残った結果だった。
リナもそのひとりだった。
13年前、南端州で発生した内戦によって家族を失い、瓦礫の中で一人になった。
生き延びたのは、都市初期建設に加わっていた無国籍の気象技師に拾われたからだった。
「この都市には、命令も国旗もいらない。
それでも、人は支え合えるってことを、ここで証明しようとしてる。」
そのときの言葉が、彼女のすべてを変えた。
彼女は命令されたのではなく、“信じていい”と言われた初めての経験だった。
以来リナは、サウタに居続け、都市の設計そのものに関わるようになった。
今、彼女が触っているのは、AIインフラの温度制御層。
ここに入力される数値は、ただの“物理的快適さ”だけでなく、
住民の心拍、通勤ストレス、言葉にされない疲労、そして――静けさを読み取るためにある。
なぜならサウタでは、静けさが暮らしの“指標”だった。
誰も怒鳴らず、誰も押しつけず、誰も支配せずに生きられるかどうか。
そのために都市がどう呼吸するかを、
リナは毎朝、じっと耳を澄ませて確認するのだった。
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