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第2章:選ばれなかった土地
第2章:選ばれなかった土地
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朝靄が都市《サウタ》の低層区に残る頃、リナは再び歩き始めていた。
起伏の少ない土地に整然と並ぶ住宅ブロック。灰白色の土と植物の緑に溶け込むように設計されたその街並みは、誰のためでもなく、“存在を消す”ことを美徳にしているようだった。
彼女が目指していたのは、都市中枢にある「感性同期ラボ」だった。そこでは都市AIの意思決定ユニットが、毎日何千もの感情データを受信し、調整を行っている。
リナの特技は、「数値化できない感情」を技術的に読み取ることだった。
住民の行動ログ、発話の傾向、光や音の選択、そして沈黙の頻度さえもアルゴリズムに取り込んで、
都市が“人の気配”を感じ取るような設計を施している。
彼女の設計する都市は、人に話しかけず、人を見張らず、それでも「ちゃんとそばにいる」ように設計されていた。たとえば、誰かの歩調がいつもより遅くなれば、街路灯の色温度がわずかに柔らかくなり、帰宅時間が遅れがちな住民には、自動でカフェユニットが“寄り添い用メニュー”を提示する。話しかけはしないが、気づいていることを、環境全体でさりげなく伝える。それが、彼女の思う“そばにいる”だった。
この日、彼女はAIの判断ロジックに「憐れみ」を挿入する実験を担当していた。
──誰もが平等に守られる中で、あえて“例外をつくる”ことが、都市の寛容性を示せるのか?
この問いは、サウタにとっては小さな揺らぎだったが、世界の多くの国々では暴動すら起こしかねない。
それでもリナは、自分の生い立ちが、この実験を必要だと感じさせていた。
十数年前、彼女はまだ“都市になりかけの村”の片隅にいた。
家は焼かれ、名前も奪われ、父母の顔も記憶が薄い。
だが、あのとき彼女を拾ったのは、決して英雄でも国家でもなかった。
──それは、技術者たちの仮設シェルターと、電気で沸かした一杯の白湯だった。
無言で渡されたマグカップ。その温もりが胸の奥に広がっていくのを感じたとき、
彼女は初めて「誰かに生かされた」と思った。言葉も、制度もなかった。ただ温度だけが、彼女を救った。
それは、誰かの声や行動ではなく、静かな「そばにいる感覚」だった。
そして彼女は思った。
──都市も、そんなふうに人のそばにいられたら。誰かの不安に、そっと寄り添えたら。
それから彼女は、都市設計を学び始めた。感情と環境の接点を見つけ出す方法を独学で探り、
やがて都市AIの設計チームへと加わった。
彼女は今も問い続けている。「都市が誰かの孤独や迷いに気づいたとき、どう応えられるか?」
その問いに、完璧な答えなどない。だが、ラボの同僚は彼女にこう言った。
「……それ、いいと思うよ。答えが出なくても、誰かがそれを考えてることが、都市のかたちになると思う」
昼、彼女は初めてメタバース空間の中継を受けた。
どこかの言語で、「この都市の空気が知りたい」と書かれたメッセージが届いていた。
──世界が少しずつ、気づき始めている。
でもまだ、誰も“本気”で踏み込んではこない。
それが、かえって好都合だった。
この都市は、誰かの正しさではなく、誰かの“間違いかけた願い”によって育っている。
だから今日も、リナは問いを仕込む。
「この都市に住む人が、ある日どうしようもなく寂しくなったとき。都市は、どう応えるべき?」
ラボのAIは答えなかった。
ただ静かに、演算を続けていた。
起伏の少ない土地に整然と並ぶ住宅ブロック。灰白色の土と植物の緑に溶け込むように設計されたその街並みは、誰のためでもなく、“存在を消す”ことを美徳にしているようだった。
彼女が目指していたのは、都市中枢にある「感性同期ラボ」だった。そこでは都市AIの意思決定ユニットが、毎日何千もの感情データを受信し、調整を行っている。
リナの特技は、「数値化できない感情」を技術的に読み取ることだった。
住民の行動ログ、発話の傾向、光や音の選択、そして沈黙の頻度さえもアルゴリズムに取り込んで、
都市が“人の気配”を感じ取るような設計を施している。
彼女の設計する都市は、人に話しかけず、人を見張らず、それでも「ちゃんとそばにいる」ように設計されていた。たとえば、誰かの歩調がいつもより遅くなれば、街路灯の色温度がわずかに柔らかくなり、帰宅時間が遅れがちな住民には、自動でカフェユニットが“寄り添い用メニュー”を提示する。話しかけはしないが、気づいていることを、環境全体でさりげなく伝える。それが、彼女の思う“そばにいる”だった。
この日、彼女はAIの判断ロジックに「憐れみ」を挿入する実験を担当していた。
──誰もが平等に守られる中で、あえて“例外をつくる”ことが、都市の寛容性を示せるのか?
この問いは、サウタにとっては小さな揺らぎだったが、世界の多くの国々では暴動すら起こしかねない。
それでもリナは、自分の生い立ちが、この実験を必要だと感じさせていた。
十数年前、彼女はまだ“都市になりかけの村”の片隅にいた。
家は焼かれ、名前も奪われ、父母の顔も記憶が薄い。
だが、あのとき彼女を拾ったのは、決して英雄でも国家でもなかった。
──それは、技術者たちの仮設シェルターと、電気で沸かした一杯の白湯だった。
無言で渡されたマグカップ。その温もりが胸の奥に広がっていくのを感じたとき、
彼女は初めて「誰かに生かされた」と思った。言葉も、制度もなかった。ただ温度だけが、彼女を救った。
それは、誰かの声や行動ではなく、静かな「そばにいる感覚」だった。
そして彼女は思った。
──都市も、そんなふうに人のそばにいられたら。誰かの不安に、そっと寄り添えたら。
それから彼女は、都市設計を学び始めた。感情と環境の接点を見つけ出す方法を独学で探り、
やがて都市AIの設計チームへと加わった。
彼女は今も問い続けている。「都市が誰かの孤独や迷いに気づいたとき、どう応えられるか?」
その問いに、完璧な答えなどない。だが、ラボの同僚は彼女にこう言った。
「……それ、いいと思うよ。答えが出なくても、誰かがそれを考えてることが、都市のかたちになると思う」
昼、彼女は初めてメタバース空間の中継を受けた。
どこかの言語で、「この都市の空気が知りたい」と書かれたメッセージが届いていた。
──世界が少しずつ、気づき始めている。
でもまだ、誰も“本気”で踏み込んではこない。
それが、かえって好都合だった。
この都市は、誰かの正しさではなく、誰かの“間違いかけた願い”によって育っている。
だから今日も、リナは問いを仕込む。
「この都市に住む人が、ある日どうしようもなく寂しくなったとき。都市は、どう応えるべき?」
ラボのAIは答えなかった。
ただ静かに、演算を続けていた。
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