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第3章:透明な政府
第3章:透明な政府
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都市《サウタ》には、議会が存在しない。法案を提出する政治家もいなければ、討論の中継もない。
決定の多くはAIによってなされ、そのアルゴリズムと根拠データは常に公開されている。透明性は「制度」ではなく「空気」だった。住民たちはそれを当然のように受け入れ、誰もそれに従っている感覚を持たない。
サウタの人口は約13万人。多すぎず、少なすぎず。都市を越えた「国家」に属さず、独自の社会システムで回っている。
選挙は存在しない。政策の方向性は、定期的に実施される「住民の感情フィードバック」と「生活ログ」からAIが判断する。政治家の代わりに、住民が日常の中で示す“傾向”が、都市の意志決定に反映される。
税金も徴収されない。全ての基本インフラは、都市が管理するエネルギー・水循環・食糧生産ネットワークによって自動供給され、住民は全員、最低限の生活費として「パブリックバリュー(PV)」と呼ばれる通貨単位を月ごとに支給されている。
PVは都市内の流通にのみ使用され、贅沢品や外部消費には対応しない。逆に言えば、都市内では“お金を気にせずに暮らせる”。そのため多くの人々が創作や育児、学習、地域活動に時間を使っていた。
教育施設は学校という形ではなく、「学習区」として各地区に開かれている。年齢や分野を問わず、誰でも好きな時間に学び、AIチューターと対話できる。子どもたちは年齢ごとの教室ではなく、“問い”によって集まる。
AIロボットは清掃、医療サポート、生活支援、教育補助に広く使われているが、どれも“人の代わり”ではなく“そばにいる存在”として設計されている。
その日の午後、南西地区のメイン電源ユニットのひとつが突発的なエネルギーバランスの乱れで停止した。
都市は即座に検知し、数分以内に自動調整モードへ移行。だが一部の建物では照明が消え、ローカルAIユニットが一時オフラインになった。
リナは緊急対応チームとしてそのログを確認し、保守ユニットに復旧指示を送る。
「第4系統の制御回路、再設計が必要かも。今の構成だと揺らぎに弱い」
「了解。3Dパーツ印刷に回すね」
住民の誰かが、修理ドローンに部品を運んでいた。子どもたちは工具を運ぶ大人の後ろで興味深げにのぞきこむ。
誰かが言った。「今日は都市に頼れないから、俺たちが都市になるんだな」
都市が壊れたとき、人が自然に動き出す。それは強制ではなく、設計に染み込んだ“共感の回路”だった。
修理に関わった住民にはPVが少量付与されるが、誰もそれを気にしていない。行動の動機が、報酬ではなく“つながり”だったからだ。
リナはそんな様子を見ながら、AIログにひとつ指示を加えた。
「今日、都市に助けられたのは人間のほうだった。記録して」
それは業務命令ではない。けれど、AIはそれを確かに記録した。
夕方、照明が戻ったとき、カレンが微笑むように言った。
「見て、詩的なやつ。日没の色、ちょっと優しくなってる」
詩的な要素とは、都市照明が夕暮れになるとき、日没の色彩に合わせてわずかに赤みを差し、壁面に反射する光の角度を調整するような演出のことだ。あるいは、風が強い日には木陰が揺れるリズムに合わせて道の照明が鼓動のように淡く点滅する。
それは、住民にとって「意味がある」わけではない。ただ、“気づかれない優しさ”として、都市が共にあることを示していた。
この都市では、「気づかれない優しさ」こそが力だった。
統治とは命令ではなく、環境の調整であり、感情への配慮だった。
午後、リナはテスト的に導入された「住民感情フィードバック視覚化システム」のモニターを観察した。
表示されたのは、色彩の揺らぎだった。赤や青ではない。淡く、重なり合い、視線を逸らすように変化する光の帯。
それは、都市のどこで、どんな空気が流れているかを“気配”として可視化したものだった。
一見、役に立たないように見える。だが、これを見た者の多くが「なぜか安心する」と言った。
都市が、答えを与えるのではなく、「そこにある」ことで人を支える。
そのことこそが、この政府の“統治原理”だった。
終業間際、リナはラボに記録を残す。
「本日の運用確認:全システム正常。感性同期反応は穏やか。注意喚起なし。
注記:透明であることが、最も深い信頼になることがある」
その文章を読み返し、彼女は送信ボタンを押した。
AIが管理し、人が信じる。
それは、かつての国家にはなかった“静かな合意”のかたちだった。
決定の多くはAIによってなされ、そのアルゴリズムと根拠データは常に公開されている。透明性は「制度」ではなく「空気」だった。住民たちはそれを当然のように受け入れ、誰もそれに従っている感覚を持たない。
サウタの人口は約13万人。多すぎず、少なすぎず。都市を越えた「国家」に属さず、独自の社会システムで回っている。
選挙は存在しない。政策の方向性は、定期的に実施される「住民の感情フィードバック」と「生活ログ」からAIが判断する。政治家の代わりに、住民が日常の中で示す“傾向”が、都市の意志決定に反映される。
税金も徴収されない。全ての基本インフラは、都市が管理するエネルギー・水循環・食糧生産ネットワークによって自動供給され、住民は全員、最低限の生活費として「パブリックバリュー(PV)」と呼ばれる通貨単位を月ごとに支給されている。
PVは都市内の流通にのみ使用され、贅沢品や外部消費には対応しない。逆に言えば、都市内では“お金を気にせずに暮らせる”。そのため多くの人々が創作や育児、学習、地域活動に時間を使っていた。
教育施設は学校という形ではなく、「学習区」として各地区に開かれている。年齢や分野を問わず、誰でも好きな時間に学び、AIチューターと対話できる。子どもたちは年齢ごとの教室ではなく、“問い”によって集まる。
AIロボットは清掃、医療サポート、生活支援、教育補助に広く使われているが、どれも“人の代わり”ではなく“そばにいる存在”として設計されている。
その日の午後、南西地区のメイン電源ユニットのひとつが突発的なエネルギーバランスの乱れで停止した。
都市は即座に検知し、数分以内に自動調整モードへ移行。だが一部の建物では照明が消え、ローカルAIユニットが一時オフラインになった。
リナは緊急対応チームとしてそのログを確認し、保守ユニットに復旧指示を送る。
「第4系統の制御回路、再設計が必要かも。今の構成だと揺らぎに弱い」
「了解。3Dパーツ印刷に回すね」
住民の誰かが、修理ドローンに部品を運んでいた。子どもたちは工具を運ぶ大人の後ろで興味深げにのぞきこむ。
誰かが言った。「今日は都市に頼れないから、俺たちが都市になるんだな」
都市が壊れたとき、人が自然に動き出す。それは強制ではなく、設計に染み込んだ“共感の回路”だった。
修理に関わった住民にはPVが少量付与されるが、誰もそれを気にしていない。行動の動機が、報酬ではなく“つながり”だったからだ。
リナはそんな様子を見ながら、AIログにひとつ指示を加えた。
「今日、都市に助けられたのは人間のほうだった。記録して」
それは業務命令ではない。けれど、AIはそれを確かに記録した。
夕方、照明が戻ったとき、カレンが微笑むように言った。
「見て、詩的なやつ。日没の色、ちょっと優しくなってる」
詩的な要素とは、都市照明が夕暮れになるとき、日没の色彩に合わせてわずかに赤みを差し、壁面に反射する光の角度を調整するような演出のことだ。あるいは、風が強い日には木陰が揺れるリズムに合わせて道の照明が鼓動のように淡く点滅する。
それは、住民にとって「意味がある」わけではない。ただ、“気づかれない優しさ”として、都市が共にあることを示していた。
この都市では、「気づかれない優しさ」こそが力だった。
統治とは命令ではなく、環境の調整であり、感情への配慮だった。
午後、リナはテスト的に導入された「住民感情フィードバック視覚化システム」のモニターを観察した。
表示されたのは、色彩の揺らぎだった。赤や青ではない。淡く、重なり合い、視線を逸らすように変化する光の帯。
それは、都市のどこで、どんな空気が流れているかを“気配”として可視化したものだった。
一見、役に立たないように見える。だが、これを見た者の多くが「なぜか安心する」と言った。
都市が、答えを与えるのではなく、「そこにある」ことで人を支える。
そのことこそが、この政府の“統治原理”だった。
終業間際、リナはラボに記録を残す。
「本日の運用確認:全システム正常。感性同期反応は穏やか。注意喚起なし。
注記:透明であることが、最も深い信頼になることがある」
その文章を読み返し、彼女は送信ボタンを押した。
AIが管理し、人が信じる。
それは、かつての国家にはなかった“静かな合意”のかたちだった。
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