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第2話 伯爵令嬢リコリス・スパイダー登場

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学園についたダリアは真っ先に、隣のクラスを覗きに行く。まだ朝早いためクラスにはちらほらしか人はおらず、もちろんその中にシアンはいなかった。
少しがっかりしたダリアは、しょんぼりしてくるりと引き返そうとする。
しかし、教室の中から鋭い声が響き渡り足を止めさせた。
「ちょっと、何覗いてんのよアンタ。伯爵の空気を吸ってみたかったとかあ?」
コツコツというヒールの音を聞いて、ダリアはうんざりしてしまった。


またか……と目を強く閉じ深呼吸。
振り返って、教室から出て来たリコリス・スパイダーを睨みつける。
「なんでもないわよ、人を探していただけだもの」
「へえ、ダリアさん、あなた伯爵家にお友達なんているのねえ、誰かしら? 相当な物好きね」
リコリスは華やかな顔に、フンと意地悪そうな笑みを浮かべる。長い金の髪は綺麗に整えられ、手の込んだ編み込みでハーフアップにし、ピンクの大きなリボンで結んでいる。
アルカディア学園は、制服を着てさえいれば、髪型もアクセサリーも、靴も自由だった。制服にフリルや宝石をつける学生もおり、学園の中でも、身なりだけで貧富の差がはっきりとわかる。
スパイダー家は王都近くに広大な領地を持っている大貴族で、伯爵の中でもランクは高く、そのご令嬢のリコリスは、プライドとワガママの塊のようなものだった。
「リコリス、たとえ伯爵令嬢だとしても成人するまでのあなたの身分は子爵なのよ、伯爵家の娘というだけで、今の爵位は私と変わらないわ」
ダリアが鋭い指摘をすると、リコリスは痛いところを突かれて顔を真っ赤にする。
「違うわよ!! アンタみたいな野良と生まれも教養も品格も全て違うんだから! この間地方の別荘に行った時、アンタのお家を見たけど、あれって人が住んでるの? 豚小屋かなんかじゃないの?」
リコリスは言いふらすように大きな声を出した。今度は、ダリアの耳が赤くなる。

確かに、ダリアは貧乏子爵の令嬢だ。地方の家は割とボロボロだし、王都に別荘も持っていないし、都の外れにある寮から歩いて登校しているほどで、持ち物もどこか年季を感じさせる、いい風に言ってアンティークらしいものばかり。
それなのに勉学と魔術の才能、そして美貌と気品も持ち合わせ、アルカディア学園の代表生徒のような扱いをされているので、それを気に食わない生徒も一定数いる。
リコリスはその代表格のような者で、ことあるごとにダリアに突っかかってくる。
ここアルカディアは選ばれし者の栄光の地であると同時に、差別や陰謀の渦巻く泥沼でもあると、入学した後に思い知らされたダリアだった。
「図星で言い返せないみたいね。今度うちにご招待してあげるわ。私の着なくなった服とか、使わないアクセサリーとか、いらなくなった召使とか、よかったらあげましょうか? 困ってるでしょ。あなたがパーティに出る時、いつもかわいそうだものねえ、見ていて心が痛むわ! だってーー」
いつもの調子で喋り倒していたリコリスだったが、突然顔を引きつらせて口をパクパクさせたと思うと、突き飛ばされたように地面にコロリと転がった。
そしてその後ろに、立っていたのは。


「シアン!!」


怒りで顔を歪めていたダリアだったが、蝶を見つけた少女のように目を輝かせた。
地面にしゃがみ込んでブツブツ言っているリコリスなどお構いなしで、シアンの前にぴょこんと立つ。
「来てくれたのね、無視すると思っていたわ」
「――別に、お前のために来たわけじゃない」
シアンはダリアの目線から回避するようにさっと目をそらした。
「ちょっと、今何したの!? 一瞬苦しくなったんだけど! それよりあなた誰よ!」
「うるさい……。喋りすぎて過呼吸になったんじゃねえの」
地面にしゃがみこんでいるリコリスは、シアンを見上げてドワーフのようにキイキイと喚き散らした。シアンは横目でリコリスを睨みつけ、黙って教室に入った。
おそらく、シアンは空気を操ってリコリスの周りの酸素を薄くしたのだろうとダリアは推測する。あまりに超然すぎてリコリスは気づいていないようだが。

「すごいわ、杖を振るのも見えなかったけどーー。 何か特別なことをしてるのね、さすがシアンだわ」
席に座って頬杖をついたシアンを見つめて、ダリアは顔をほころばせる。
「アンタの知り合いってアイツ? やっぱそうよね、アンタの友達なんてロクな人いないもの。アイツも学校にぜんっぜん来ないし、なんか気味悪いし。お似合いじゃない」
「シアンのことをバカにしないで! 許さないわよ」
ダリアは腰から杖を抜き出した。今まで強気だったリコリスだったが、一瞬びくりとする。ダリアの魔術の実力を知っているからだ。
「決闘目的での魔術の使用は禁止されているのよ! 私に手出ししたら先生に言いつけてやるし、パパとママも怒るわよ。そしたらアンタの家だってタダじゃ済まない」
リコリスはフンと鼻を鳴らし、偉そうに教室内に入っていき、こちらをずっと見ていた取り巻き達の中に迎えられ、ダリアの悪口を言い始めた。
「はあ、あほらしいわ」
ため息をついて、ダリアは自分の教室に戻った。
せっかくシアンが学校に来てくれたのに、朝から気分は台無しだ。爵位が低いと少し目立つだけですぐに悪口の対象になるのだから、滅入ってしまう。

自分の教室に戻り、くたりと机に突っぷすダリア。嫌な気分だけれど、シアンが学校に来てくれたことを思って、心を落ち着かせていた。いつならば彼は時間があるだろうか、昼は? 放課後は? 
「すっかり夢中になっているじゃないーーバカね」
ダリアは息を吐いて、目を閉じた。

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