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第9話 休日の邪魔者

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とある祝日。ダリアは噴水の前で手鏡を見ながら前髪をいじっていた。フリルのついた桃色の可愛らしいワンピースを着て、首元にはとっておきの真珠のネックレスをつけている。
約束通り、ダリアはシアンと遊びに行くことになった。
「でも少し強引だったかしら。私のこと、嫌いになったりしたかな……」
シアンが自分のことをどう思っているのか、ダリアは気になる。向こうから感情を見せてくることがないので、よくわからないのだ。
約束の時間の30分前から待ち合わせ場所にきてしまったダリア。今日は都の中心街で一緒にお買い物をして、ランチをして、お芝居を観に行く予定だ。
デートみたいだと、ダリアは勝手に気合いを入れていた。だからとびきりに可愛くして、頑張って家を出てきた。

「シアン来ないなあ」
約束の時間になってもシアンはこない。ダリアは時計塔を眺めてひたすらに待っていた。鼓動の音がはっきり聞こえる。少し緊張しているみたいだった。
「――おい」
噴水の淵に腰掛けていたダリアは、正面をハッと向いた。そこにいるのは、とても美しい少年だった。
「ど、どうしたの!? なんだかいつもと違うわ」
「うっせ。それはお互い様だろ」
いつも無造作に跳ねている髪は綺麗に整えられ、銀髪が光に照らされ艶めいている。前髪は相変わらず長いが、不揃いではなくちゃんとカットされていた。
もともと顔は整っていたように見えたが、髪をきちんとセットするとその端正さはより際立った。
ダリアは立ち上がって、その髪をすいてみる。さらさらっと手ぐしが通る。
「とてもーー素敵だわ、シアン。いつもそうすればいいのに」
「別に見せる相手もいないし」
「ダメ! ちゃんとすればこんなにかっこよくなるのに勿体無いわ!」
「近い近い」
ダリアが詰め寄ると、シアンはダリアの手を抑えて制する。ダリアはすっかりシアンに見とれてしまった。

「行くぞ、行きたい所があるんだろ」
「ええーーそうだったわ、インクを切らしていたから、文具店に行きたいの。新しいペンも欲しいわ」
「お前は休日も真面目だな」
「ちょっと、それバカにしてるの!? 別にいいじゃない、インクがなければお友達にお手紙も書けないし、日記も書けないのよ」
隣を歩くシアンに、ふくれっ面を向けるダリア。シアンの目は前髪に隠れて見えないが、
口元がわずかに上がった。
それを見てダリアは仕方ないかと微笑んだ。わずかでも、彼が微笑みを見せてくれることが、嬉しかった。

中心街には色々なお店があり、いつきてもダリアは目移りしてしまう。行きつけのアイスパーラーにケーキ屋さん、文具店や杖専門店、魔法雑貨屋やブティックーー。
「このドレス、綺麗ね」
ショーウィンドウにべったり張り付かんばかりのダリア。フリルやレースがさりげなくあしらわれ、ワンポイントのジュエリーが上品に光る清楚な桃色のドレスがとても気になっている。そのドレスを着た人形は色々とポーズを決め、こちらに優雅に手を振っている。
「見て、後ろも可愛いわ。背中とか胸元が大きくあいているやつ、苦手なのよね。でもこれはあまり露出度高くないし、飾りも下品じゃないし、とっても素敵」
シアンはダリアの隣に立って、人形を興味なさげに見上げた。
「前も桃色のドレスを持ってたな」
「え? ――ああ、あの時ね! シアンに初めて出会った日」
路地裏で男たちに襲われそうになったところをシアンに助けてもらったのが、2人の出会いの始まりだった。そのとき持っていたドレスも桃色だったのだ。
「覚えていてくれたのね! 意外だわ、私とどこで会ったのかも忘れてるんじゃないかと思っていたわ」
「最近の記憶なんだから忘れるわけないっつーの……」
ふんと顔をそらし、シアンは歩き始めてしまう。どうせ買うお金もないので見ていても仕方ないと思ったダリアは、すぐシアンの後についていく。


「ねえ、シアン。そろそろお昼にしない? 近くにーー」
「ダリアじゃないか! ねえ!」

突然後ろから両肩を叩かれ、ダリアは驚きのあまり固まったまま飛び跳ねた。前方のシアンも立ち止まり、後ろを振り向く。
「こんなところで会えるなんて嬉しいなあ!何してるんだ?」
「あ、あなたはーー」
後ろにいたのは黒髪長身の青年。病室でふざけたことをしてきたあの人だとは思い出したが名前が思い出せない。
「俺だよ、ユウチ・グローリー! なんで覚えてくれないんだい」
そう言うと、ユウチはダリアの肩に手を回し、グッと密着してくる。ダリアは引き気味で目線をそらす。
「友人と遊んでいるんですのーー」
「友人? それはこの前にいる男の子かな?」
ユウチは、2人の前に無表情で佇むシアンを顎でさし、目を細くした。
「ふーん。君みたいな花が、なぜこんな陰気そうなやつと一緒にいるかわからないけど。
ねえ、今日の残りは俺と一緒に過ごさない?」
シアンのことをバカにされると、ダリアはイラっときた。手を振りほどき、シアンの方に駆け寄る。
「いえ、今日は彼との予定がありますので、失礼します」
「ちょっと待った待った、早すぎんだろ。あのさあ、君わかってる? 誰に誘われてるのか。
学校で言ったら顰蹙を買うくらい羨ましがられることだぜ?」
「別に私は嬉しくありません! ――いこう、シアン」
「待てってのが聞こえないのかよお嬢さん」
シアンの腕を掴んで立ち去ろうとするダリア。ユウチは乱暴にダリアの腕をつかんで、引き寄せる。
「ねえ、なんで嫌なの? 俺は別に君の爵位を狙ってるわけでもないのに。むしろ君が俺と結婚すればご両親も助かっちゃうよ」
「離して! 私はシアンがいいの!」
ダリアはシアンの腕をぎゅうっと引っ張る。シアンは目を閉じて、ため息をついた。
「全くーーお前は本当にバカだよーー」
シアンに軽く引っ張られると、腕を掴まれていたはずなのにするりと抜け出せた。振り返ると、後ろには一切動かずまるで石のようになっているユウチがいた。
「これはーー時を止めてるの?」
「早く行くぞ。あまり長く留めたら怪しまれるからな」
シアンはすぐに歩き始め、路地に入って行く。ダリアは振り返りもせずに彼について言った。助けてくれたのが嬉しいという思いと同じくらい、なぜシアンには様々な術が使えてしまうのか、気になってしまう。
路地を曲がると、後ろからダリア!と、ダリアを探すユウチの声が聞こえた。
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