ヒイロ回顧録

五十六

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第14話「ヒイロのファンを増やそう」

大陸歴 2791年 5月 / エヴェリン王国 王都リュミエール / ヒイロ=エヴェリン

俺の寝室は、再び王国の首脳会談の場となっていた。 豪奢なベビーベッドの中で狸寝入りを決め込む俺の周囲には、この国の首脳が集結している。

女王アウローラ、王配エリオン、宰相リリア、神官長テレジア、そして侍女長のエラーラ。錚々たる面々が、俺という新製品のリリース戦略について緊急会議を開いているのだ。

「……というわけで、外務大臣のミラナとも協議した結果、提案がございます」

リリア叔母さんが、手にした資料――おそらく今後のスケジュール案――を広げながら切り出した。

「一か月後の祝福の儀を待たず、早急に国内向けにヒイロのお披露目パーティを行いたいのです」

その提案を聞いた瞬間、俺の脳内であるマーケティング手法が思い出される。

通常、新製品の発表は、スペック公開とセットで行われる。この世界で言えば、一か月後の神殿での儀式で判明する「Word」や「魔力量」がそれに当たる。 だが、リリア叔母さんたちはそれを前倒ししようとしている。

(スペックが公開される前に、ブランドイメージだけでファンを囲い込む……いわゆるティザーキャンペーンか)

製品の性能(Word)がどうであれ、「かわいい」「尊い」という感情(エモーション)を先に植え付け、顧客をファン化してしまう戦略。 性能が判明した後で「期待外れだ」と評価が暴落するリスクを防ぐための、極めて合理的な手法だ。ミラナ大臣とやらの入れ知恵らしいが、なかなかの策士だ。

「ですが、リリア。ヒイロはまだ生後数日よ? あまりに負担が大きすぎるわ」

母上(アウローラ)が難色を示した。当然だ。母親としては、産まれたばかりの我が子を見世物にしたくはないだろう。 警備上のリスクもある。母上の懸念はもっともだ。

だが、ここで予想外の人物が声を上げた。

「いや、アウローラ。……やるべきだ」

父上だ。 普段は母上や叔母上の尻に敷かれている……いや、優しく見守っている穏やかな父が、珍しく強い口調で主張したのだ。

「エリオン?」 
「祝福の儀の後では、ヒイロはWordの有無や魔力量という定量的な面だけで評価されてしまう。……たとえ王族でも、男である以上、それは避けられない運命だ」

父上の言葉には、実体験に基づいた重みがあった。 彼は『Soil(土)』というWordを持っていたから王配になれた。おそらく、彼自身も何度もWordを持っているから~という話で「定量的」に値踏みされ、嫌な思いをしてきたのだろう。

「僕もWord目当てで近づいて来る人たちや、魔力量が少ないことを指摘するような人たちにたくさん嫌な思いをさせられてきた。そう言う目立つ張り紙が貼られる前に、ヒイロという人間そのものを愛してくれる味方を増やしておくべきだ。理屈や損得勘定抜きで、ヒイロのためならと思ってくれる人を一人でも多く。……それが、将来この子を守る力になる」

(親父……)

俺は心の中で、父に深々と頭を下げた。 あんた、ただの優しいパパじゃなかったんだな。 値踏みされて資源として扱われる男性の悲哀と、それを乗り越えるための処世術。それを誰よりも理解しているからこその、愛ある決断だ。

「……エリオン様の仰る通りですわ」

援護射撃をしたのは、神官長のテレジアだ。

「実は、神殿の方にも祝福の儀に参加したいという問い合わせが殺到しておりまして……正直なところ、神殿の収容人数を大きく超えそうなのです」

テレジアは困ったように眉を下げた。

「祝福の儀はどうしても参加できる人数に限りがあります。顔見世を先に行い、そちらに多くの人を誘導できれば、儀式も本来参加すべき方々で執り行えます。参加できなかったと反感を持つような人を減らす観点からも、リスクを分散させるべきかと」

(さすが異母姉ユリアの母上、話が早い。物理的なキャパシティオーバーに紐付くリスクを理由に挙げれば、反対する理由はなくなる)

母上もしばらく考え込んでいたが、やがて覚悟を決めたように頷いた。

「……わかったわ。エリオンとテレジアがそこまで言うのなら。ただし、ヒイロの体調と安全が最優先よ」
「もちろんです」

リリア叔母さんがニヤリと笑い、具体的な開催要項(プラン)を提示した。

「ターゲットは国内の有力貴族、および大商人たちです。今回は特別に、招待客ごとに同伴者を2名まで許可します。家族や部下を連れて参加できることで、参加者が誰を次期当主と考えているか、あるいは誰と懇意にしているかを図りつつ、ヒイロとの接点を持つ人間を物理的に増やします」

(なるほど。顧客接点の最大化か。どうせやるなら効果を最大にするということだな)

「会場は二つに分けます。第一会場には有力貴族や大商人などの最重要人物(VIP)を。第二会場には中小貴族やギルド長などを集めます。ヒイロの体調が許す限り顔見世をしますが、無理なら第一会場の方だけになる可能性もあります。参加者が不満を持たないように第二会場には私や大臣たちが顔を出して接待します」

「警備体制は?」

「ヒイロの配置は、会場前方のひな壇……ベビーベッドのように手すりで守られた場所が良いでしょう。直接触れられない距離を保ちつつお顔を覗き見ていただく形を想定しています。すぐ傍には姉様とエリオン様だけではなく、騎士団長のライラを配置します。エラーラにも近くにいてもらったほうがいいですね。」

リリア叔母さんの説明を聞きながら、俺は状況をイメージする。直接接触は禁止。遠くから手を振り、笑顔を振りまく。 一人当たりの面談時間は極端に短く、流れ作業のように人を捌いていく。

(……これ、完全にアイドルの「剥がし屋付き握手会」だな)

俺は手を振ってニコニコしていればいい神輿(アイドル)というわけだ。 直接触らせないのは、感染症対策や安全面でも理に適っている。 参加者たちは「王子を公開前に特別に見た」「目が合ったし笑いかけてもらった」という事実だけで満足し、勝手にファンになって帰っていくシステムだ。

「わかりました。……やりましょう」

母上の承認が下りた。 場の空気が、「検討」から「実行」へと切り替わる。

「では、すぐに招待状の手配と会場設営に入ります。商業大臣のルシラにも、商人たちへの根回しを頼んでおきますわ」

リリア叔母さんが立ち上がり、エラーラに目配せをする。エラーラも力強く頷き返した。
大人たちの結束と、その手際の良さ。 俺はベビーベッドの中で、静かに拳を握った。

(さて、デビュー戦だ)

父上の言う通り、スペックで判断される前に、俺という存在を売り込む。 相手はこの国の有力貴族や大商人たちだ。 彼らを、俺の愛想笑いと赤ちゃんムーブで骨抜きにし、強固な支持基盤を築き上げる。この「顔見世」という一大プロジェクトを成功させてみせようじゃないか。

「あぅ!」(訳:やってやるぜ!)

俺の気合の入った声に、両親たちは「おや、やる気満々ね」と微笑ましげに笑った。
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