[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

文字の大きさ
9 / 72
薔薇と少女と、図書室の秘密

九章『煤を纏う白薔薇』

しおりを挟む

窓の向こうに黒煙が糸のように昇っていた。
三丁目、火事、まさかという思いで、わたしの胸の中も灼ける様だった。

わたしは窓に駆け寄り、大きく開け放った。
吹き込んだ風が火災の余韻を運びこんで来る。

不安と動悸に窓枠に力なく寄りかかってしまう。先輩がためらいがちに寄り添ってくれた。

銀の髪が柔らかく光を包んだ。

「もう火は消えているわ。安心して」

冷静な口調とは違い、その横顔には微かな憂いが浮かんでいた。

「空気を入れ替えましょう、少しすれば大丈夫だから」

全ての窓を開け放つと、包み紙の焦げた匂いが濃く戻ってきた。

咳き込む雪乃先輩の姿がひどく儚く、幼く見えた。わたしは指先でその背中を撫でた。

「ありがとう、もかちゃん……」
「先輩……三丁目の火事って……」

先輩が小さく息を吐き、こちらへ振り返って穏やかに告げる。

「もかちゃんのおかげよ。間に合った……」

その言葉に、胸がざわつく。わたしは現実が飲み込めず言葉に詰まった。

「おばあちゃんは無事に保護されたそうよ」

先輩はためらいながらも、淡々と事実を口にする。

「さっきの火事よ。火をつけたのは、おばあちゃんなの」
「え……そんな事って――」

わたしは、それだけしか言えなかった。
朝、家中の花瓶が、全て空だったことが胸の奥でつながる。あの人は、薔薇だけはこの火から守りたかったのだ――そう思えてならない。

先輩は携帯をわたしに見せてくれた。

そこには簡潔に

「火災の鎮火を確認。被害者軽傷。家屋被害軽微」

とだけ書かれている。

一瞬、呼吸が止まりそうになる。硬直して言葉を失ったわたしに、先輩はやわらかく視線を送った。

「じゃあさっきの連絡は……」
「そう、火事は午後二時頃」

先輩の透けるような肌が揺れ、細い手首の内側で時計が瞬く。

「その時間ってわたしたちが……ここで」

わたしが浮かれていた、その時におばあちゃんは、あのお屋敷でそんな絶望と……
煤けた煙を吸ったような重い気持ち。

わたしがここに来たせいで、こんなことが起こったような気がしてしまう。

そんな、動揺を察したのか先輩はやわらかく微笑んでくれた。

「もかちゃんのおかげって言ったでしょ。あなたが今日ここに来てくれたから」

先輩は慰めてくれた。それでも、わたしが朝の時点で気づいていれば。心の中の罪悪感は拭いきれなかった。

「それだけじゃないのよ、もかちゃん。もう一つあるの。明日おばあちゃんと会う約束をしてくれていたでしょう?だから間に合った。おばあちゃん火をつけるのをためらったんだって」

わたしの頭の中で、今朝のおばあちゃんの優しい笑顔が何度も思い出された。
胸の奥に、温もりと切なさが入り交じり、言葉にならずに震えていた。
先輩の言葉は本当だろうか?

わたしがした事は、何も特別ではないはずだった。ただ普通に声をかけて、普通に手伝っただけ。もしかすると、本当の奇跡は、日常の小さな行動から生まれるのかもしれない。

先輩の気遣いに、わたしの心と体の怯えも薄くとけていった。

先輩は窓の外を見た。わたしもそれを目で追った。その瞳にはなにが映っていたのだろうか。
わたしにはわからなかった。

――開け放った窓辺に、灰にまみれた薔薇の花びらを風が運んだ。白い欠片は煤で縁取られていたけれど、それでも甘い香りを失っていなかった。

煙は細く薄く雲に溶け込んでいた。ノートの消し忘れみたいだな。そんなことを思った。

痛いくらいに空が青かった。

それと同じくらい悲痛そうな、先輩の顔。わたしたちは、それから一言も喋らなかった。いや、喋ることができなかった。

教室に戻ると、ケイは先に帰っていた。英語のノートには貼り付けられた付箋が一枚。感謝の言葉に添えられて、わたしの似顔絵、それと薔薇の絵が書かれていた。

その綴りが間違っていて、わたしは少し笑った。

長く伸びる影を辿って昇降口に向かった。

校門に向かいながら、振り返って図書室を仰ぎ見る。窓越しに、先輩の姿が見える。司書室の扉に向かって、丁寧に頭を下げている。その前には、小さく肩を落とした女生徒の後ろ姿。

さっきのラブレターの子……だろうか。
表情までは読み取れなかったけれど、走り去るその背中がすべてを物語っていた。

わたしは安堵と胸の痛みを同時に感じていた。帰り道、おばあちゃんのお家の近くを通ることにした。遠くからでもわかる数台の消防車、現場検証の様子が見えた。

ただの遊びのはずだった、先輩との推理ゲーム。

その楽しかったはずの時間が、急に現実の出来事としてわたしを押しつぶしていた。大好きなお屋敷が、それほど傷んでなかった事。それだけがわたしの心を保ってくれたのだった。

次の日も学校はいつも通りで、黒板には誰かが描いた落書きが残っていた。昼休みのざわめきの中、わたしは購買の紙袋を抱えて教室に戻る。図書室へ続く階段に目を向けた。いつもと変わらない日常のはずなのに、窓の外の青空が、痛いほど眩しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

処理中です...