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三つの手紙と五つの嘘
一章『木崎響――カスミソウ・一つ目の嘘』
しおりを挟む「ちょっと聞いてよ!これ!どう思う!?」
机に投げつけられたのは白い封筒だった。
中には便箋、そしてカスミソウの押し花が一輪。
そこには、一言
『嘘つきは誰?』
そう書かれていた。
目の前で仁王立ちするのは木崎響先輩、三年生だ。
自称『学院一カワイイおんなのこ』
今年四月、三つ子ダンス動画が百万再生を超えた、学内の超有名人――出待ちまで現れて、削除か廃部かを迫られた結果、泣く泣く消したと言う。そのダンスのすごさを、ケイが嬉々として語ってくれたことがある。
しかも、双子の奏先輩、擬似三つ子の詩先輩と三人で付き合っているという。一対一でないお付き合いとは、どう言うことなのだろう?
そんな響先輩は、高めのツインテールに校則ギリギリのメイク。いわゆる“地雷系女子”。そう形容するのが一番早い、そんな人物だった。
付けまつげと短いジャンパースカートが幼さを引き立てていた。
眉根を寄せ、感情を隠さない表情は幼くも見えるが、それが人気の一端らしい。
わたしがそんな風に品定めしていると、手紙を読み終えた雪乃先輩が、指に挟んで手渡してくれた。
「これは、嫌がらせ……なのでしょうか?」
封筒は購買部で売られている艶のある白。
ラブレターとして使えば、成功率が高まると噂されているものだった。
筆跡は角ばっていて、差出人を隠しているようだ。
きちんとポストに投函されたらしく、消印は学校最寄りの郵便局だった。糊のはみ出し一つない、丁寧に閉じられた封筒は、上部が無遠慮に引き裂かれていた。
響先輩の奔放さを、物語っているようだった。
中には一言、
『嘘つきは誰?』の文字が書かれた一枚の紙。
コピー用紙を丁寧に切り取り便箋にしてあった。
送り主は、几帳面な人物らしい。
わたしはひとしきり手紙を見ると、音をたてないようにテーブルへ滑らせた。
「カスミソウの花言葉……」
「感謝、無垢、純粋な心……だっけ?」
口にしたのは、思いがけず響先輩だった。
「私には全然似合わないよね」
響先輩はカスミソウを指先で軽く回した。
確かに黙っていれば、絶世の美少女に見えるかもしれない。
「花言葉の“無垢”は実に響さんらしいと思います」「“嘘つき”と“花言葉”はどう関係するんでしょうか?」
「たとえば、無垢ゆえの嘘……でしょうか?」
雪乃先輩は誰に言うでもなくそう呟いた。
「こういう手紙って前にも?」
「んにゃ、全然」
響先輩の短い返事のあと、揺れるツインテールだけを目で追った。
「嘘……送り主の心当たりは?」
「んにゃ、全然」
響先輩は同じ返事を繰り返すと、再びカスミソウを回した。
「差出人みっけてよ?指紋とか、聞き込みとかあるでしょ」
雪乃先輩を、警察か何かと勘違いしているらしい。
「指紋調査ですか。お望みならやってみますよ」
先輩が笑顔で応える。二人が意気投合しているのを見て、胸がざわついた。
「やるじゃん!」
話の早さに、響先輩の声が弾んだ。
「私は良いんだけどさ、奏と詩が気にしちゃって」
「特に奏が絶対に相談に行って!なんてさ」
「まあ、あの子らしいっちゃ、そうなんだけど」
天真爛漫な響先輩の表情に、心配とも慈愛とも取れない微妙な影があった。この人もお姉さんと言う事だろうか?
「でも、犯人さんの指紋がわからないと照合は難しいですけどね」
そもそもベタベタ触ってるから、あなたの指紋ばかりだけど、とわたしは思った。
「そういうもん?ま、とりあえずよろ」
雪乃先輩は、一度だけ頷いた。
「お心当たりはありますか?」
「あるっちゃあるけど、ないっちゃないね」
曖昧な返答に、雪乃先輩がかすかに首を傾げる。
「私は響さん達の関係を伝聞でしか知らないので」
「デンプン?芋が今、関係あるの?」
「うふふ、聞いた話でしか知らないので、教えていただけますか?」
「はいはい」
「私と奏、ずっと仲良くてさ。告白とかも、結構されるんだけど、片方だけ付き合うと、ぎくしゃくするでしょ」
「フリーはフリーで、姉妹で付き合ってる、とか変な噂立つし。奏もそれ嫌がって」
「そしたら詩が、私たち二人と同時に付き合いたいって言うわけよ、変な子だなぁって思ったけど、奏が嬉しそうにするから、まあいいかって」
響先輩の言葉は、自分本位のようでいて妹への優しさが確かにあった。
「話題にもなるしね。ダンス部の」
照れ隠しのように、響先輩は付け足した。
「響さんは、お二人のどんなところが?」
「付き合うのとか、奏が全部決めたからなぁ。まあ、私に似てかわいいとこかな」
「雪乃……呼びづらいね。ゆきのんでいっか。ゆきのんは二年ならトップビジュだと思うよ。でもね、三年は私達が一番。そう思うよ」
ツインテールを指で撫でながら、響先輩は言い切る。
「響さんたちの次にランクインとは、光栄ですね」
雪乃先輩はまた嬉しそうに笑った。それがなんだか悔しくて、また胸にかすかな澱が積もる。
「まあ、ゆきのんも相当いい線行ってるからさ。落ち込む事はないよ。でも、タイプじゃないんだ。ごめんね」
「あら、振られてしまいましたか。残念です」
また、くすくすと楽しそうに笑う雪乃先輩。
どう考えても、雪乃先輩が一番だろうに。
わたしは、心の中でそう唱えた。
楽しそうな二人の輪に入れずに遠巻きに眺めながら。
「響さんたちのダンス動画、良ければ見せていただいても?」
響先輩は携帯を取り出すと、雪乃先輩と顔を寄せる。雪乃先輩は熱心に魅入っている。時折、感嘆の声が漏れてなんとも愛くるしいのに、心がざわついた。
「神ダンスって、書かれるだけの事はありますねえ。この数字が閲覧数、なんですか?」
先輩は、いちじゅうひゃく……と指さし数えている。
「奏は、いつも丁寧でポーズも綺麗なんだ。ほら、こことかさ」
「詩さんは、奏さんとすごいシンクロですね」
「奏は完璧主義で、部でも結構厳しくてね。自他ともに。詩もいいセンスだよね。合わせるの上手いし。技術だけで言えば、二人は私より上だね」
「でもリーダーは私」
自信満々な響先輩と、感嘆しきりの雪乃先輩。
響先輩がいなければ、この先輩を動画に撮りたいと感じた。あどけない無防備な顔に、そんなことすら思ってしまう。
数週間前に、鋭い表情で警察に連絡していた人と同一人物とは思えなかった。
雪乃先輩と響先輩は、ますます距離を縮め、まるで恋人同士か本物のアイドルユニットのようだ。
お似合いの二人。
胸が締め付けられる。その瞬間、自分が無意識に自惚れていたことに気づく。
この人の隣は自分の場所だと、いつの間にか勝手に決めつけていたのだ。
それを認めたくなくて、心の中だけで、彼女を呼び捨てにすることにした。自分の小さな自尊心を守るために。
雪乃先輩をタイプではないと言った響の言葉を、何度も反芻して安心しようとする自分が嫌だった。
誰にも気づかれないようにそっと前髪を触った。
すべてを見透かすような目で、雪乃先輩はわたしを見つめている。
「さっきも言ったけど今回もね、実はあたし、どうでもいいんだけど」
「奏が、結構気にしちゃってね?」
「そうなんですか?」
ダンス動画のマネだろうか?
無意識に手を動かす先輩。
「んで、ちゃんと相談に行ったか、後で確認するって言うもんだからさ。あの子は昔からそういうところあるから。私がしっかり気を配ってあげないと、っていうか」
妹の事を心配する響の顔は、今までで一番可愛らしく見えた。わたしに見つめられていたのが、照れくさかったのか、サッと立ち上がる。
バッグのマスコット、短いスカート、そして高い位置のツインテールが順に揺れた。
「んじゃ行くね」
「一応、嘘にならない程度に、ね?」
「サラッと表面だけでもいいから」
「頼むよ」
この白い封筒が、三人の、わたしたちの心を深く貫く事になるとは、まだ誰も知らなかった。
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