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三つの手紙と五つの嘘
二章『ロザリオは銀の輝き』
しおりを挟む雨が、司書室の奥まで染み込んでくる。
それはまるで、届かなかった手紙に染みついた、誰かの涙のようだった。
雨粒が窓を滑るたび、白い封筒の光沢が頭に浮かんでは消えた。部屋に残った雪乃先輩とわたしは、言葉なく窓の外を眺める。湿気に乱れる前髪をそのままに、先輩は口を開いた。
「すごく面白い人だったね。ダンスもすごかったし」
「わたしは……なんだか疲れちゃいました」
「ああいう人は、苦手そうだもの」
「そ、そんな顔に出てましたか?」
先輩にわたしの醜い心がばれないように、慌てたフリをして答えた。
「少しだけ。でも私以外には分からないから大丈夫よ」
「きっとね」
雪乃先輩は穏やかに言った。
「私は……響さんのこと、気に入っちゃった。私のこと趣味じゃないんだって。うれしいな」
先輩はカップの縁に指を滑らせながら、笑った。
「わたしは……」
どう答えても、実質的な告白になってしまう。そう気づいて話題を変えた。
「もし嘘つきが三人の中にいたとして、響先輩は違うかなって、思いました」
「そう?正直な人でも、嘘に助けられる時があるんじゃないかな」
雪乃先輩の曖昧で難しい返事に混乱してしまう。
正直者は正直者ではないのだろうか?
「妹の奏さんはどんな人なんでしょうか?」
わたしは響の性格を思い出した。
あれがもう一人と思ったら、怖くなってしまう。
「私……なんだかドキドキしてきちゃった。詩さんも興味あるな」
先輩は少し楽しそうだった。
わたしたちは、下校前に封筒の出所を調べることにした。購買部は図書室の下、渡り廊下にある。
階段を降りると明かりが見えた。狭い室内は、数人の生徒が買い物をしている。
先輩とわたしに向けられたその視線は、ほとんどが刺すような鋭さ。けれど、応援の眼差しもいくつかあって、心が少し軽くなった。
雪乃先輩は特に気にした様子もなく、文房具の調査を始めている。
手にしているのは、響が持ってきたものと同じ封筒。
手紙の投函者は、おそらく学内の人間だろう。
清心館で売っている封筒を特定して、外で入手するなんて手間がかかりすぎる。わたしはそう考えた。
他に何かヒントがないか、購買を物色する。
そういえば、ここにはロザリオが売っているんだっけ。中学三年の頃、わたしにこの学校を勧めてくださった先生は、清心館の卒業生だった。
先生の柔らかい指先。
微笑みながらそれを爪繰るのを見ているだけで、心が落ち着いたことを思い出した。
入学後すぐ買うつもりだったのに、色々あってタイミングを逃してしまっていた。
雪乃先輩が、小さく手招きをする。
何か事件のヒントを、見つけたのだろうか?
そう思って近くに行くと、スカートのポケットから光る何かを取り出した。
それは、小さなロザリオだった。
淡い光沢が二人の手元を照らす。
細く長い指が指し示す方向を見る。
同じデザインの物だ。
雪乃先輩はそれをポケットにしまうと、すっと離れて行った。迷わず、わたしは同じものを購入した。先輩が自分とお揃いにしようと、わたしだけに教えてくれた事が嬉しくて。千円程度の物なのに、価値の計り知れない聖遺物のように感じる。
握っているだけで、不安がほどけていくようだった。
でも、こんな風に思ってるのはわたしだけだろうか?
喜びと苦しさが、交互にやってきては消えてゆく。
買い物を終えたわたしたちは、いつもの坂道を二人で降りていく。降り出した雨が、アスファルトの上で跳ねた。雨の匂いが坂道を埋め、街灯の光が水面に揺れていた。
下校時間をだいぶ過ぎているため、歩いている生徒たちもまばらだ。先輩にお願いして、二人で帰る時は帰宅の時間を遅らせてもらっていた。あんなに偉そうな事を言ったにもかかわらず、だ。
やはり周りの生徒たちの視線が、気になってしまうから。
雪乃先輩はこのお願いをした時、言葉を探すように軽く唇を結んだ。
「ゆっくり一歩ずつってことよね」
そう言ってわたしの意思を尊重してくれた。
帰り道、ポケットの中のロザリオをそっと確かめる。握る指先から、不安がゆるやかに溶けていくようだった。
周囲の目を気にせずに隣を歩きたい。その気持ちをロザリオに託した。
「日ノ宮雪乃さん。ごきげんよう」
揺れるツインテールが薄明の色に映えた。
曲がり角の薄闇に、影が佇んでいた。
その姿にカスミソウと同じ、色のない想いが宿っている気がした。
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