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三つの手紙と五つの嘘
六章『二人の傘の距離』
しおりを挟む昇降口でシスターとすれ違う。
初めは目新しかったその姿も、数ヶ月で風景の一部になっていた。
シスターは、先輩がクラスに顔を出すようになったことを、心から喜んでいるようだった。
先輩が新しい一歩を踏み出す、その小さな手伝いを、わたしも一緒にできたら――そんなふうに願った。
そのあとの帰り道は、どこにでもある学生の会話に終始した。先輩は何故か、ケイの話を聞きたがった。
面白い話は特にないですよ。そう言うわたしの言葉を、面白がってくれた。
わたしも先輩のクラスでのことについて聞いてみた。けれど文芸部の二年生、アリサ先輩と同じクラスだということ。聞けたのは、それくらいだった。
買ってから、肌身離さず持ち歩いているロザリオをポケットの中で撫でた。
本降りの雨に傘を差す。
もう一歩近づきたいのに、傘が触れ合って離れてしまう。二人の距離は遠く、当てつけのようで司書室を思い出してしまう。
雪乃先輩は目を伏せたまま、わたしの隣にそっと滑り込んだ。
「これで、声がよく聞こえるね」
わたしにしか聞こえない声でそう言った。
跳ねる鼓動が、届きそうな距離。
わたしは気づかれないように、軽く傘をかしげる。
こんな時ばかりは、自分の背の高さに感謝した。
優しく、柔らかな雨が肩を濡らしても、それさえ心地よく感じた。先輩は少し照れながら寄り添ってくれた。
肩越しに、先輩の温もりが伝わってきた。
足元を見ると、水たまりに映るふたつの影が、ゆっくりと重なったり離れたりを繰り返している。
昨日、奏先輩が声をかけてきた分かれ道と同じ場所。
一つ傘の下で、先輩と短い時間だけれどお話ができた。
昨日の不安を、出来事を洗い流すように。
「梅雨が明けたらどこかに行きましょうよ」
先輩の言葉に、わたしは嬉しくて胸がいっぱいになる。指先がロザリオをなぞり続けた。銀の表面は冷たいけれど、先輩との繋がりを感じるたびに、わたしの心はいつも温かくなる。
もちろん、デートなんかじゃない、そんなことはわかっている。
けれど、それはわたしの気持ち次第だ。
わたしにとって初めてのデート。
お小遣いを貯めておかなきゃ。お母さんにも相談してみよう。理由もなく涙が頬をつたう。
先輩にばれないように左手で涙を拭った。
――さっき、キスしておけばよかった。
もう一度涙が頬をつたい、急いでそれを拭った。
先輩と別れた後の足取りは、重かった。
早く帰って制服を乾かそう。そう思っていると、後ろから人の足音。先輩がもしかして、と思って急いで振り返ろうとした時。
「ねぇ、あなた」
背後から聞こえた冷たく凍える声。
振り向くと、奏先輩が立っていた。
奏先輩の視線には、得体の知れない敵意があった。
「如月さん……だよね?」
「そう、ですけど……」
さっきまで味方だった雨が体を芯から冷やしていく。
「あなたが日ノ宮さんの、今の遊び相手?」
「恋人ごっこ楽しかった?」
「モブとしては最高の栄誉でしょ?私もあなたくらい、お気楽になれたらよかった」
二人で過ごした時間を、見られていた。
その事実は、わたしの心臓を締め付けた。
分かってはいた。でも他人の口から聞きたくなかった。
この人は、何も関係ないのに。
「本気にしちゃだめよ?」
「あの人が、あなたみたいな普通の子を相手にすると思う?……それとも、私みたいに、自分を見失っちゃった?」
奏先輩の瞳に、底知れない悲しみが揺れていた。
「あなたと雪乃さんの嘘……」
「それも、私が暴いてあげるわ」
「――明日、司書室で。手紙を三通並べてね」
奏さんは、わたしの視線を楽しそうに受け止めている。昨日と同じように傘を回しながら去ってゆく。
足元を見ると、おろしたばかりの白い靴下に泥のシミがわずかについていた。
染みは広がり、消えない跡を残している。
その予感が怖くて、わたしは逃げるように歩き出した。
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