[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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三つの手紙と五つの嘘

七章『木崎奏――灰かぶりの白薔薇・三つ目の嘘』

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三日目の放課後。
奏先輩の宣言通り、目の前には『契約恋愛』の三人。
誰も口を開こうとしない。
テーブルの中央には赤いコンフィチュールが載った高価なクッキーが並ぶ。
その沈黙は、まるで閉じられたままの封筒のようだった。

詩先輩は、まず皿を響先輩の前に押し出す。
響は当然のように、一番大きく鮮やかな一つを手に取ると、ためらいなく口へ運んだ。

次に響は、奏さんの前に皿を置いた。
まるで餌付けするような気安い仕草だった。

奏先輩は自分の皿に置かれたクッキーを見つめて、しばらく躊躇った。迷った末、奏先輩はそれを半分に割り、小さな半分を口にした。

その後で、残った半分を詩先輩へ渡した。
その仕草はどこか申し訳なさそうで、自分より詩先輩を気遣っているようだった。

詩先輩は、受け取った半分だけを口にし、響の前に皿をそっと戻した。

机の下で、わたしは指先で一つ、二つと膝に軽く触れた。
響が食べた枚数、奏先輩に分けた枚数、奏先輩が詩先輩に渡した量……

こうして目の前で繰り広げられた分配。
それはあまりにも歪で、三人の関係性をそのまま表しているように思えた。テーブルに置かれた皿は空になり、描かれた繊細な絵がよく見える。

雪乃先輩は何も言わない。

三人共にこれからどうするのか、そんな困惑を示し始めた時だった。

奏さんが三通目の手紙を取り出してテーブルに置いた。

響と詩先輩も、手に持った封筒を、その隣に並べた。

三つの白が横一列に揃った。

最後の一通は、封が開け放たれていた。
奏さんが送り手だと、証明しているかのように。
たった今、降り出した新雪のように、足跡一つない無垢な封筒だった。

雪乃先輩は、手袋をしてないのが不思議なくらい慎重な手つきで、ゆるやかに手紙を取り出した。

同じ言葉が書かれた便箋。

『嘘つきは誰?』

違うのは、小さな白薔薇。

花言葉は『私はあなたにふさわしい』

けれど、違うのはそれだけではなかった。
花びらには灰がかかっていて、それはまるで灰かぶり姫の物語を思わせた。
煤のような臭いが鼻をかすめ、数週間前の図書室の事件が胸に蘇る。
わたしの胸を押しつぶす、灰色の記憶。
焼け焦げたお屋敷が瞼の裏に蘇った。

奏さんの独白を思い出す。
ずっと選ばれないでいる、その痛みを。
わたしなんかが選ばれるわけはないという、その言葉を――

雪乃先輩が呟いた。

「白薔薇、とても象徴的ですね……それにこの灰が意味するもの……」

雨音を縫うように、奏さんが言った。

「響も詩もわかってるでしょ?」
「手紙は……私が出したのよ」

「奏、やっぱりあんた!」
「部が全国目指してる大切な時期に!」
「わかってんの?」
「こんな事のために」

響の手が一瞬、奏さんへ伸びそうになった。
詩先輩は何も言わずに制止した。
やはり、気づいていたのだろうか。

「こんな事って何?私にとっては一番大切なの!」

詩先輩は心痛の様子で黙ったままスカートを握りしめている。

「この話が解決しないと、部の方だって続けていけない!でもね、私は嘘つきじゃない!」

「何……言ってんの?」

響の声が凍りついた。

「手紙は私が出したって言ったでしょ!?全部、知ってるって言ってんの!」

奏先輩の声は叫び声に近かった。


「何よ……奏、あなた……もしかして知ってたの?」

時間は重く、その流れを止めたようだった。

「……あれが嘘だって言うなら。認めるよ」

響は震える声で言った。

「雪乃さん、あなたはどう?響の嘘……わかる?」

奏さんの誘うような声に、雪乃先輩は目を閉じたまま、考え込んでいた。
悩んでいるでも、言い淀んでいるでもなく、ただ悲しさがそこにはあった。

「響さんの『嘘』」

「添えられていた花がカスミソウ」
「花言葉は感謝、無垢、純粋な心」

先輩は呟いた。

「響さん、あなたは三人のお付き合いの中で、自分だけ楽しければいいと言っていた。けれどお話の中で、あなたは奏さんをずっと気遣っていた」

雪乃先輩はテーブルに三つの押し花を綺麗に並べながらそう言った。

「響さんは表面上の態度は自由奔放ですが、本当は、奏さんを第一にしているように思います。無垢と感謝……」

「それが奏さんの響さんへの気持ちだとすると……」

「そしてそれが『嘘』と言う事なら……」

「響さんは恋人を、奏さんに譲ったのではないでしょうか」

響先輩の唇が揺れた。否定しなかった。

「……ごめん。あんたが、知ってたなんて」

「奏さんはお姉さんに感謝はしていた……」

「けれど、その無垢な『嘘』は奏さんを傷つけるには十分だった……お下がりを譲られることを望んでいなかった」

「これが一つ目。響さんの“無垢”の『嘘』」

雪乃先輩の言葉に、思わず口をはさんでしまう。

「一つ目ってどういう事ですか?」

困惑しながら尋ねるわたしの口に、軽く手を当て、遮る仕草をする。雪乃先輩の視線の先には奏先輩。その表情は、怒りに震えているようだった。それとも、悲しみだろうか?

響が口を開いた。

「私だってね、お姉ちゃんとして、出来ることをしてあげたかったんだ。私だけがモテるのが悪い?それって私にどうこうできる問題?」

「確かにそうだよ――譲ったよ。しかも、初恋の人を」

怒りが次第に膨らんでいるのが伝わった。
静かな口調が激昂に近づいてくる。

「なんなんだよ……人様にこんな……恥をさらしてさ!奏もさ!なんでもっと早く言ってくれなかったの!」

その声は、奏さんにそっくりだった。
冬が訪れた瞬間のような冷たさだった。
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