21 / 72
三つの手紙と五つの嘘
八章『三つの手紙と三つの嘘』
しおりを挟む
雨が降り続いていた。
霧雨が世界の境界をゆるく溶かしていく。
嘘と真実の境目も、三人の心の距離も。
奏さんを問い詰めていた響は、今は黙って座り込んでいる。隣には詩先輩が寄り添い続ける。
片手には、持っていることを忘れているのか、クッキーの最後の一枚。
強く握るものだから、かけらがぱらぱらと零れ落ちた。それを払い落すことも忘れ、一点を見つめていた詩先輩が、声を絞り出した。
「響が嘘つきって言うなら、私だってだよ」
その声は、いつもの明るい彼女ではない、別の誰かのように聞こえた。
「奏が全部知ってるって言うなら……思ってること、全部言う」
「私は響が好き。でも、奏も好きなの」
俯いていた奏先輩の眉が、わずかに動いて見えた。
「私は選べなかった。私自身が、奏と同じで選ばれない側の人間だったから。どうしても奏を見捨てられなかった」
「奏が『三人で付き合おう』って言った時、本当は断らなきゃいけなかった……そうしたら、こんなことに、奏にとって、一番酷い選択にならなかったのに」
詩先輩は二人を交互に見ると、静かにうなだれ、視線を落とした。
「平等にしていれば、誰も見捨てないで済む。見捨てられないで済む――はずだったのにね」
詩先輩は自分自身に言い聞かせるように笑った。
「だから私にはアネモネなんでしょ」
「花言葉は……儚い恋・見捨てられた・君を愛す」
「見捨てられたのは奏なのかな、それとも私かな?」
「ね、奏?」
また、誰でもない声で詩先輩はつぶやいてから、からりと虚ろな笑みをこぼした。
「詩さんの嘘。やさしさゆえの」
「それはやがて、奏さんにとって“一番”になれない痛みに変わっていく」
雪乃先輩の言葉は、まるで詩先輩自身の心を代弁しているようだった。
「さっきのクッキー、響さんは迷わず取りました、奏さんは二つに分け、詩さんは自分を後回しにした」
「それも、三人の嘘の、写し鏡に見えます」
「恋って……難しいですね」
わたしだけが聞き取れた先輩の囁き。
「これが二つ目“平等”の『嘘』」
「残るは、白薔薇――奏さんの嘘」
「……聞かせてよ、あなたの考えを」
奏さんは、雪乃先輩の言葉を遮った。薄氷の鋭さは、昨日までとは別人のようだった。
罪の意識や卑屈さを、雨と共に洗い流したようだった。
響の影でも詩さんに寄り添うでもない、奏さんそのものだった。
「私に、人の心を読み解けなんて……奏さんもひどい人ですね……本気で苦手なんですよ」
雪乃先輩の、今にも消え入りそうな声。
「奏さんのお気持ち……わかるとは言いません」
「でも……できるだけ頑張ってみますね」
「奏さんあなたは、双子の響さんばかりに人気が集まることが、ずっと不満だった」
「響に人気があるのは別に、嫌でも不満でもないよ……」
静かで、遠い稲光のような奏さんの一言。
「そうですね……申し訳ありません」
雪乃先輩はそっと頭を下げる。揺れる前髪が表情を覆い隠す。
「あなたは……奏さんは、いつも二番手な事に――ずっと、ずっと傷つき続けていたんですよね」
顔をあげた雪乃先輩は、感情を込めずに言った。逆に、言いしれない悲しみを物語っているようだった。
その言葉に、奏さんが口を開く。
「誰か一人でも、自分を一番として扱ってくれれば、必要としてくれたらそれだけで」
奏さんの痛切な声が、雨音と溶けあった。
「二人を等しく好きと言ってくれていた詩さんに感謝しながら、本心では独占したかった」
「受け入れられないのが怖かった。奏さんの胸を裂くような想い……」
「それが、白薔薇の花言葉に託された」
「私はあなたにふさわしい。心からそう叫びたかった」
「三人でのお付き合いを提案したのは、奏さんですよね」
「“平等”を言い出したのは奏さん自身。でも心の奥底では、花言葉を叫びたかった」
『私はあなたにふさわしい』と。
「それは、言い換えれば、“一番”であるという事……」
「私だけを見てと、そう叫ぶこと」
「それはどんなにか……」
先輩の言葉は、空に溶ける様だった。
「三つめ、それは。奏さんの“欺瞞”の『嘘』」
先輩の言葉は霧の中に染み渡っていく。
「一番でなくてもいい」
「そうやって自分自身を騙す嘘。なんて悲しいんでしょうか」
「私はそれを、嘘とは、言いたくはないです。とても言えません……」
「私はずっと影だった。いらない子だったのよ」
奏さんの悲痛な声はいつまでも部屋を満たしていた。
思えば、あの二通は“姉と妹”みたいだった。封筒は新品とお古、押し花は違う季節を抱いていた。
奏さんと先輩の言葉は三人を、そしてわたしの胸の奥深くを切り裂いた。
覗き込むようなその痛みは、わたしの胸に長く鈍く響いた。
いつまでも読まれない手紙のように――
霧雨が世界の境界をゆるく溶かしていく。
嘘と真実の境目も、三人の心の距離も。
奏さんを問い詰めていた響は、今は黙って座り込んでいる。隣には詩先輩が寄り添い続ける。
片手には、持っていることを忘れているのか、クッキーの最後の一枚。
強く握るものだから、かけらがぱらぱらと零れ落ちた。それを払い落すことも忘れ、一点を見つめていた詩先輩が、声を絞り出した。
「響が嘘つきって言うなら、私だってだよ」
その声は、いつもの明るい彼女ではない、別の誰かのように聞こえた。
「奏が全部知ってるって言うなら……思ってること、全部言う」
「私は響が好き。でも、奏も好きなの」
俯いていた奏先輩の眉が、わずかに動いて見えた。
「私は選べなかった。私自身が、奏と同じで選ばれない側の人間だったから。どうしても奏を見捨てられなかった」
「奏が『三人で付き合おう』って言った時、本当は断らなきゃいけなかった……そうしたら、こんなことに、奏にとって、一番酷い選択にならなかったのに」
詩先輩は二人を交互に見ると、静かにうなだれ、視線を落とした。
「平等にしていれば、誰も見捨てないで済む。見捨てられないで済む――はずだったのにね」
詩先輩は自分自身に言い聞かせるように笑った。
「だから私にはアネモネなんでしょ」
「花言葉は……儚い恋・見捨てられた・君を愛す」
「見捨てられたのは奏なのかな、それとも私かな?」
「ね、奏?」
また、誰でもない声で詩先輩はつぶやいてから、からりと虚ろな笑みをこぼした。
「詩さんの嘘。やさしさゆえの」
「それはやがて、奏さんにとって“一番”になれない痛みに変わっていく」
雪乃先輩の言葉は、まるで詩先輩自身の心を代弁しているようだった。
「さっきのクッキー、響さんは迷わず取りました、奏さんは二つに分け、詩さんは自分を後回しにした」
「それも、三人の嘘の、写し鏡に見えます」
「恋って……難しいですね」
わたしだけが聞き取れた先輩の囁き。
「これが二つ目“平等”の『嘘』」
「残るは、白薔薇――奏さんの嘘」
「……聞かせてよ、あなたの考えを」
奏さんは、雪乃先輩の言葉を遮った。薄氷の鋭さは、昨日までとは別人のようだった。
罪の意識や卑屈さを、雨と共に洗い流したようだった。
響の影でも詩さんに寄り添うでもない、奏さんそのものだった。
「私に、人の心を読み解けなんて……奏さんもひどい人ですね……本気で苦手なんですよ」
雪乃先輩の、今にも消え入りそうな声。
「奏さんのお気持ち……わかるとは言いません」
「でも……できるだけ頑張ってみますね」
「奏さんあなたは、双子の響さんばかりに人気が集まることが、ずっと不満だった」
「響に人気があるのは別に、嫌でも不満でもないよ……」
静かで、遠い稲光のような奏さんの一言。
「そうですね……申し訳ありません」
雪乃先輩はそっと頭を下げる。揺れる前髪が表情を覆い隠す。
「あなたは……奏さんは、いつも二番手な事に――ずっと、ずっと傷つき続けていたんですよね」
顔をあげた雪乃先輩は、感情を込めずに言った。逆に、言いしれない悲しみを物語っているようだった。
その言葉に、奏さんが口を開く。
「誰か一人でも、自分を一番として扱ってくれれば、必要としてくれたらそれだけで」
奏さんの痛切な声が、雨音と溶けあった。
「二人を等しく好きと言ってくれていた詩さんに感謝しながら、本心では独占したかった」
「受け入れられないのが怖かった。奏さんの胸を裂くような想い……」
「それが、白薔薇の花言葉に託された」
「私はあなたにふさわしい。心からそう叫びたかった」
「三人でのお付き合いを提案したのは、奏さんですよね」
「“平等”を言い出したのは奏さん自身。でも心の奥底では、花言葉を叫びたかった」
『私はあなたにふさわしい』と。
「それは、言い換えれば、“一番”であるという事……」
「私だけを見てと、そう叫ぶこと」
「それはどんなにか……」
先輩の言葉は、空に溶ける様だった。
「三つめ、それは。奏さんの“欺瞞”の『嘘』」
先輩の言葉は霧の中に染み渡っていく。
「一番でなくてもいい」
「そうやって自分自身を騙す嘘。なんて悲しいんでしょうか」
「私はそれを、嘘とは、言いたくはないです。とても言えません……」
「私はずっと影だった。いらない子だったのよ」
奏さんの悲痛な声はいつまでも部屋を満たしていた。
思えば、あの二通は“姉と妹”みたいだった。封筒は新品とお古、押し花は違う季節を抱いていた。
奏さんと先輩の言葉は三人を、そしてわたしの胸の奥深くを切り裂いた。
覗き込むようなその痛みは、わたしの胸に長く鈍く響いた。
いつまでも読まれない手紙のように――
0
あなたにおすすめの小説
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる