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三つの手紙と五つの嘘
十一章『初めての告白、初めての友達』
しおりを挟む虹色の欠片が床に散って、乾いた音を立てるのと同時だった。
「おやめなさい!」
雪乃先輩の声が、鋭く空気を裂いた。
一瞬の静寂の後、先輩は立ち上がると、わたしの頬を撫でてくれた。
指先の温もりが、傷の痛みを柔らかく癒してくれた。
備え付けの薬箱から取り出した絆創膏を、丁寧に、慎重に貼ってくれた。
和らいだ目はホッとした様子で、「傷は残らないからね」そう言っているようだった。
そのまま先輩は無言で戸棚に向かうと、何事もなかったように新しいお茶の準備を始めた。
誰も口を開くことさえできなかった。
頬には熱だけが残り、痛みは心の奥で静かに響いていた。
砂時計の落ちる音だけが部屋に満ちていた。
「さあ。皆さん、おかけになって」
いつもの声。でも、それは有無を言わせない力を秘めていた。
瞳の中に、世界の終わりの炎が燃えているようだった。
沈黙の中、先輩はゆっくりと話し始めた。
「もかちゃん、私のために怒ってくれてありがとう」
そっと頭をさげてから言葉を続ける。
「でもね、奏さん、あなたがおっしゃった通りなんです」
「恋なんかした事もないのにって」
「私にも、小さな夢があったんです。私をそのままに見て、好きになってくれる人がいて、そして――」
「そんな夢を見て、これまで生きてきました」
「でも、私自身の心が……絶えず囁きかけてくるんです」
「あなたに、普通の恋愛をする資格なんて、ない。と」
「あなたに、人並みの生活なんて無理だ、そう囁くんです」
「ここだけの秘密ですよ、私には今、もしかしたら、好きな人がいるのかもしれません」
また、あの不思議な声だった。か細いのに宇宙の果てまで届くような……
「その人は、年下で――可愛い女の子で」
「私と、初めて友達になってくれた人なんです」
「でも私は、その人のことが心から好きなのか、自分でもわからないんです」
「笑われても、仕方ないと思います」
「随分と遅れてますよね。わかっています」
「それに、その人にも自由がある。私なんかを好きになってくれるのかもわかりません……」
先輩の静かな告白を聞いて、言葉の意味を理解したくない気持ちと、わずかに残る期待が振り子のように揺れ続けた。
先輩の顔をそっと覗き見る。
夕暮れの光に染まった頬が、あまりにも赤く、あまりにも切なく色づいていることに。
伏せられた目が微かに震え、それがどうしようもなく恋する乙女の表情だということに。
胸の奥で何かが音を立てて崩れていくようだった。
とても言葉にできない、言葉にしたくない感情の渦がわたしを支配した。
「だからあなたたち三人のことを、本当に尊敬していたんです」
「好きでいる形を、愛し合う形を選ぶことのできた。あなたたち三人を」
黒く重い雲が、室内を夜のように暗く覆っていた。
天井の明かりは、その暗さに負けまいと、頼りなく辺りを照らしている。
雨は薄い幕となって、すべてを覆い続けていた。
それは、わたしの心象風景だったのだろうか?
頬を染める先輩の両手は、胸元で何かを強く握っていた。お揃いのロザリオだった。
世界に、ただ一人取り残されたようだった。
「私は、誰かと恋仲になった経験はないですけれど」
「もしも、そうなれたとしても――」
不安げな声で先輩は話し続ける。
「『時よ止まれ、君は美しい』とだけは言いたくないんです」
ファウストの引用は誰に向けた言葉だろうか?
先輩の顔は、夕焼けよりも赤く、切ない色に染まっていた。
わたしはその表情を直視できずに、思わず視線をそらした。
「その人が、私の名前を呼んでくれた。その瞬間をずっと覚えていたい」
「それでも私は変わっていく時間、変わっていく瞬間を」
「そのすべてを、心に、留めたいんです」
「綺麗事、なのかもしれません、皆さんから言わせたら、子供じみた――」
「そう、きっと子供じみた幻想。なのでしょうね」
「でも、だからこそ――」
ここで先輩は言い淀んだ。
初めて咲く花が、蕾を開く時のような静寂。
雨が上がっていた。
胸元のロザリオが小さく鳴った気がした。
祈りの輪が、部屋の色を淡く照らすようだった。
雲の隙間から差し込む夕暮れの光が、すべてを照らしている。それは、どんな時間とも違う、この瞬間だけの色に思えた。
その色彩に背中を押されるように、雪乃先輩は静かに願った。
「私がその人と、相思相愛になれるように、祈っていてほしいのです」
その告白は、わたしにとって――まだ名前のない感情だった。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
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