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赤りんご青りんご事件~名前のない色
九章『星降る夜――ゴッホ』
しおりを挟む美術室の隅に、嵐の後の空を映したような絵が置かれていた。
慌ただしく現れた天目先輩に促され、わたしたちは百瀬先輩の絵が変わり果てた姿を目にした。筆致だけは元の神経質な雰囲気で、それがなければ同じ絵だと分からなかっただろう。
不思議とわたしはその絵に目を奪われた。
色がやわらかく溶けあった、繊細ながらも力強い作品だった。
憔悴した様子ながら、いつもの態度を崩さない百瀬先輩。
「千里から日ノ宮さんを呼んできてほしいって、強く言われて……」
天目先輩は百瀬先輩の手を握りながら言った。
「私に、犯人を見つけて欲しいということですか?」
真剣に絵を眺めながら、雪乃先輩は問いかける。
百瀬先輩は弱々しく頷いた。
「犯人探しね」
囁いたその声は、あまりにもさりげない言い方だった。
その声は逆光の光の粒と共に、室内に不思議な響きと緊張感を生んだ。
「この絵を見つけたのは?」
雪乃先輩は、細く長く息を吐くと聞き取りにかかった。
「後輩の子。うちの部は普段、朝活はしないんだけど。その子は完成がちょっと危なくて」
「それで、今週から朝も描こうと部室に来たみたいで……」
百瀬先輩は弱々しくそう言った。
「ちょっといい?」
そう言うと天目先輩は手招きをした。
わたしと同学年の一年生は、雪乃先輩の前で直立不動で話し始めた。いつもとは逆に、影のように黙りこんでいる、百瀬先輩。
「昨日までのことは覚えていますか?」
雪乃先輩が確認するように一つずつ聞いてゆく。
「昨日までは大丈夫……だったと思います」
「千里さん――副部長は、途中経過を部長にしか見せませんから。でも、そもそも毎日描いてるから、先輩たちが気づくと思いますし……」
不安げな様子に、天目先輩は大丈夫と頷いて先を促した。
「昨日窓を閉め忘れたみたいで、布がめくれたんだと思います。かけ直そうと思ったら、こんなふうになっていて……」
急な事情聴取の緊張に不安そうな声が震えている。
先輩は他の部員たちにも、同じ話を辛抱強く済ませていく。有力な情報はなく、先輩は髪を撫でながら黙り込んでいた。
部員への聞き取りをまとめるとこういう事だった。
・朝見つけた部員はすぐに部長に伝えに走ったこと。
・美術室は施錠なし。入室は誰でも可。
・非常階段側の鍵なら、誤魔化せる可能性がある。
・百瀬先輩は製作過程は人に見せない。
それにしても、百瀬先輩と同じレベルで、あれだけの加筆を一晩で出来るのだろうか?
もし可能だとしたら、いったい誰が?
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