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放課後密輸事件
二章『十月三十日十四時・中央公園』
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「白鷺さん、お話の途中でしたね」
いつもと同じようでいて、ほんの少しだけ違う、先輩の声だった。
「この如月萌花嬢は、私のそばで様々なことを手伝ってくれるんです。ホームズに寄り添うワトスン博士のようにね」
安心させるようなふんわりと、人を惹きつける微笑みを浮かべた。
「あなたが持ち込まれたお話でも、きっと役に立ってくれると信じているんですが」
「いかがでしょう?」
「改めて、同席のお許しをいただいても?」
白鷺さんと呼ばれた女生徒は静かに頷いた。
『赤髪連盟』だ。雪乃先輩に目線を送りながら、わたしは心の中でつぶやいた。
先輩と目が合った。わたしを映す夕暮れには、喜びが躍っていた。こうした密かな引用は二人だけの秘密。
『赤髪連盟』は言うまでもなく『シャーロック・ホームズ』の一編だ。
わたしに背を向けていた黒髪の女生徒が立ち上がった。一年の廊下で、揺れるポニーテールを見かけた気がした。
「ごめんなさい、初めまして。一年A組の白鷺かなえです」
丁寧な挨拶に慌てて返事をした。
「如月萌花です。よろしくお願いします」
わたしは雪乃先輩の隣、ソファの空いた席に腰を下ろした。先輩は、誰にも気づかれないように、そっと体を寄せてくれる。
「萌花ちゃん、準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
わたしは、事前に取り出していたメモ帳を先輩に見せた。
先輩は満足げに頷くと、またお茶を一口。
かなえさんは緊張した様子だったが、すぐに話を続けた。
「それは十月三十日の午後のことでした」
「文化祭の直前で部活も休みでしたから、自主練をしに中央公園に行きました。そこで見たのは不思議で……いえ、不気味な光景でした」
彼女は記憶を振り返りながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
「その日、公園にいたのは普段とは全く違う人たちで……」
「初老の夫婦や中年の女性が、真剣な表情で携帯を覗き込んでいました」
「その人たちは何か話していましたか?」
先輩の問いかけ。
かなえさんは膝の上で指を絡ませ、不安げに視線を落とした。
「その言葉を書き留める時、緊張して手が震えて……」
彼女はかすかに唇を噛んだ。
「思い出せる限り話してみます」
『孫が受験だから、ピンク絶対ゲットしなきゃ!』
『色レア96』
『手に入らなかったら、あの子泣くわよ』
『交換残り3』
わたしはその言葉を書き留めた。
「私が聞き取れたのは、こういった話し声でした。でも時折、怒鳴るような声も混ざっていて……」
かなえさんは言った。わたしはメモを続ける。
「揉め事の内容は聞き取れましたか?」
雪乃先輩の真剣な問いかけ。
「印象に残っていた言葉があります」
かなえさんは頷いて続けた。
「初老の男性が携帯の画面を苛立たしげに叩き、『繋がらない』と何度も呟いていまして」
「また別の中年女性は『A3017に送ったのに一体どうなってるの? 今日が最後なのに――』と焦った声を出していました」
「その女性の後ろから、その男性が小声で呟いていました」
「Aじゃなくて10だよ。103017って送らなきゃ……」
「『103017』の直後に、周りから『色違い』『96』『ピンク』って声が重なって……」
「“A”“30”“17”も雑談の数字に紛れて、いまの“A3017”はただの数字列みたいに聞こえました」
「私はとっさに、その数字と時間だけはメモを取りました」
かなえさんは、そのメモを表示した携帯の画面を見せてくれた。
何かの引換番号みたいだな、わたしはそう思った。
わたしはその数字A3017=思い込み?103017が正しい?A=10とかなえさんの言葉をメモに記載した。
かなえさんが一通り話すと、室内の空気が僅かに変わったようだった。
「普通ではない、何かの取引や犯罪に見えたんです」
その言葉は秋風とともに、わたしの胸をざわめかせた。
そう言い終えると、彼女は軽く肩を震わせた。
雪乃先輩は、何も心配はいらない。そんな微笑みを浮かびながら話し始めた――でも、わたしの胸にはなぜか、小さな棘が刺さったままだった。
あの日、届かなかった言葉の残り香のように。
いつもと同じようでいて、ほんの少しだけ違う、先輩の声だった。
「この如月萌花嬢は、私のそばで様々なことを手伝ってくれるんです。ホームズに寄り添うワトスン博士のようにね」
安心させるようなふんわりと、人を惹きつける微笑みを浮かべた。
「あなたが持ち込まれたお話でも、きっと役に立ってくれると信じているんですが」
「いかがでしょう?」
「改めて、同席のお許しをいただいても?」
白鷺さんと呼ばれた女生徒は静かに頷いた。
『赤髪連盟』だ。雪乃先輩に目線を送りながら、わたしは心の中でつぶやいた。
先輩と目が合った。わたしを映す夕暮れには、喜びが躍っていた。こうした密かな引用は二人だけの秘密。
『赤髪連盟』は言うまでもなく『シャーロック・ホームズ』の一編だ。
わたしに背を向けていた黒髪の女生徒が立ち上がった。一年の廊下で、揺れるポニーテールを見かけた気がした。
「ごめんなさい、初めまして。一年A組の白鷺かなえです」
丁寧な挨拶に慌てて返事をした。
「如月萌花です。よろしくお願いします」
わたしは雪乃先輩の隣、ソファの空いた席に腰を下ろした。先輩は、誰にも気づかれないように、そっと体を寄せてくれる。
「萌花ちゃん、準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
わたしは、事前に取り出していたメモ帳を先輩に見せた。
先輩は満足げに頷くと、またお茶を一口。
かなえさんは緊張した様子だったが、すぐに話を続けた。
「それは十月三十日の午後のことでした」
「文化祭の直前で部活も休みでしたから、自主練をしに中央公園に行きました。そこで見たのは不思議で……いえ、不気味な光景でした」
彼女は記憶を振り返りながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
「その日、公園にいたのは普段とは全く違う人たちで……」
「初老の夫婦や中年の女性が、真剣な表情で携帯を覗き込んでいました」
「その人たちは何か話していましたか?」
先輩の問いかけ。
かなえさんは膝の上で指を絡ませ、不安げに視線を落とした。
「その言葉を書き留める時、緊張して手が震えて……」
彼女はかすかに唇を噛んだ。
「思い出せる限り話してみます」
『孫が受験だから、ピンク絶対ゲットしなきゃ!』
『色レア96』
『手に入らなかったら、あの子泣くわよ』
『交換残り3』
わたしはその言葉を書き留めた。
「私が聞き取れたのは、こういった話し声でした。でも時折、怒鳴るような声も混ざっていて……」
かなえさんは言った。わたしはメモを続ける。
「揉め事の内容は聞き取れましたか?」
雪乃先輩の真剣な問いかけ。
「印象に残っていた言葉があります」
かなえさんは頷いて続けた。
「初老の男性が携帯の画面を苛立たしげに叩き、『繋がらない』と何度も呟いていまして」
「また別の中年女性は『A3017に送ったのに一体どうなってるの? 今日が最後なのに――』と焦った声を出していました」
「その女性の後ろから、その男性が小声で呟いていました」
「Aじゃなくて10だよ。103017って送らなきゃ……」
「『103017』の直後に、周りから『色違い』『96』『ピンク』って声が重なって……」
「“A”“30”“17”も雑談の数字に紛れて、いまの“A3017”はただの数字列みたいに聞こえました」
「私はとっさに、その数字と時間だけはメモを取りました」
かなえさんは、そのメモを表示した携帯の画面を見せてくれた。
何かの引換番号みたいだな、わたしはそう思った。
わたしはその数字A3017=思い込み?103017が正しい?A=10とかなえさんの言葉をメモに記載した。
かなえさんが一通り話すと、室内の空気が僅かに変わったようだった。
「普通ではない、何かの取引や犯罪に見えたんです」
その言葉は秋風とともに、わたしの胸をざわめかせた。
そう言い終えると、彼女は軽く肩を震わせた。
雪乃先輩は、何も心配はいらない。そんな微笑みを浮かびながら話し始めた――でも、わたしの胸にはなぜか、小さな棘が刺さったままだった。
あの日、届かなかった言葉の残り香のように。
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