[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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放課後密輸事件

エピローグ『運命を選ぶ』

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目を上げると、かなえさんの目が潤んでいた。

その涙は、無事に事件が解決した涙だったのだろうか?それとも、自分の言葉が初めて尊重され、受け入れられたことへの涙だったのだろうか。

かなえさんと同じ痛みが、わたしの胸の奥をそっと照らした。

やわらかな沈黙がその場を包んだ。

全員が、かなえさんが、ありのままであることを望んでいるようだった。
陽がわずかに傾いて、落ち着いたかなえさんに、わたしはハンカチを差し出した。

司書室には静かな余韻だけが残っていた。

「そう言えばね、推理の小さな種明かし」

雪乃先輩は今日はお祝いだから、と言ってお茶のおかわりの用意をしながら、話し始めた。
陶器が微かに触れ合う澄んだ音に混じる、先輩の声。

「ハンバーガーのお店ね」

「私、あそこで、生まれて初めて食べたんだ」

「何をですか?」

わたしは感情がこぼれないように、普段より明るく声をかけた。

「何言ってるの?ハンバーガーよ」

変な事を聞くのね、そんな顔の先輩。

「だからコラボのマスコットも知ってたの。ちょっとズルかなって」

許してね、と小声で言うとアイスティーにするために氷を入れていく。琥珀の液体に溶けた氷がマーブル模様を作ってゆく。カラン。と澄んだ音が鳴った。

厳しい食事制限があった、そう教えてくれた事を、ふいに思い出した。かなえさんの境遇きょうぐうへの共感は、過去の先輩自身への哀悼あいとうなのだろうか。

いや、もしかすると、それはわたし自身の感情の投影に過ぎないのかもしれない。

先輩の髪を風が揺らしている。
秋の風が軽やかに、その銀の波を通り抜けてゆく。

「でね。最近とっても美味しいドーナツを見つけたの」

振り返った先輩は、満面の笑みで話し出す。

「これは知らないんじゃないかな?ポンポンリングっていうんだけどね」

「すごい画期的な発明っていうくらい美味しいし、考えた人、天才だと思うの」

ふふんと鼻を鳴らしながら、自慢げに語る雪乃先輩。

「今日の帰りにでも皆でいきましょうよ。食べたら笑顔がこぼれるくらい美味しいから」

「もちろんご一緒しますけど……」

「ポンポンリング、わたしたちが生まれる前からありますよ」

「えっ、嘘でしょ?」

わたしは先輩に笑いかけた。

「色々なものを食べにいきましょう」

「安くて美味しいものって、実はたくさんあるんですよ」
「ちょっと体に悪いかもしれませんけど」

「それにわたしが遊んでるゲーム――にゃんこあつめも教えてあげますよ」

雪乃先輩が、これまでに歩んできた人生。
わたしにはわからないけど、それを想像してみた。
それでも、同情はやめようと決めた。
まっすぐに先輩と向き合うために。

わたしは頑張って自然な笑みで先輩に向き直り、伝えた。

「かなえさんは運動部だから、いつもは無理かもだけど、たまには一緒にどうですか?」
「わたしたちは、確かにまだ子供かもしれません……けれど――」
「色々、一緒に経験していきませんか?大人になるまで一歩ずついろんなことを」

わたしは揺れる心を抱えて最後まで言った。
いい感じに伝えられた、そう信じたかった。

雪乃先輩は、わたしを見ると微笑みながら言った。

「ゲーテは『知り過ぎるが故に誤ることがある』と述べています」

「今回、私たちは知識が多すぎたせいで、かえって単純な真実を見落とすところでした」

「塾講師の傲慢さ、それは、そのまま私たちにもあてはまるのかもしれません」

雪乃先輩の言葉を聞きながら、わたしは窓の外の穏やかな日差しに目を向けた。

『人は生を選べない。ただ、それをどう生きるか選ぶだけ』 

ゲーテの言葉をまた思い出した。

「今回、かなえさんが勇気をもって一歩を踏み出してくれた」

「そして、私たちの中で、ただ一人、萌花ちゃんだけが、その心を拾い上げてくれた」

「心からありがとう。私に事件を解決させてくれて」

わたしの頬を涙がつたっていた。

誰にも知られないように、慌てて窓際に駆け寄った。
外の天気を見るふりをして誤魔化した。

「今日、天気いいから」

「行きませんか?」
「ドーナツ。ハンバーガーでも」

震える声はバレなかっただろうか?
袖口でそっと涙をぬぐった。

あたたかい涙はブラウスを銀灰色に染めた。

わたしはそこに雪乃先輩の面影を見た。

振り返ると、七々瀬先輩と暁希先輩は、それぞれ食べたいものを楽しげに言い合っている。かなえさんも、初めてここに来たときの張り詰めた空気は消えていた。

今日をきっかけに、きっと剣道でも結果を出していくのだろう。

司書室の窓から午後の柔らかな陽射しが差し込み、わたしたちを包んでいた。風がカーテンを揺らし、その淡い影が床を撫でるように移ろっている。

未来に踏み出す勇気を、わたしは今この手に確かに感じていた。

それは、新しいはじまりの合図のようだった。

そして、わたしも自分にできることで先輩の隣に立つんだ。そう決めた。

自らの運命を自分で選ぶ、というのはこういうことだろうか?

まだ、わたしにはわからないけれど――

雪乃先輩の、みんなの笑顔を見ながら、

わたしは、未来の姿を思い描いてみた。

明日には、今よりほんの少しだけ強くなったわたしがいる。

それは小さな決意であり、大きな予感でもあった。


放課後密輸事件 完
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