[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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星と少女と、消えた名前

二章『万能の孤独』

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清心館女学院の生徒会役員、支倉はせくら七々瀬ななせ

その名前を知らない生徒はいない。けれど、本当の彼女を知る者もいない。

彼女を安易に「雑学王」などと呼んではならない。

熱心な支持者たちから、猛反撃を受けることになるだろうから。数字のゼロについて、親戚の小学生から聞かれた時のこと。七々瀬は一ヶ月間、家を訪ね、丁寧に教えたという。

また、老人ホームの慰問時の事も必ず聞かされるだろう。俳句について、文学部の院生さながらの知識を伝えたという――そんな逸話が両手の指では足りないほどだった。

また、「支倉七々瀬は生まれながらの才女だ」

そんな事をうかつに言えば、それもまた周囲から訂正された。彼女の重ねた努力を、詳細に語られるのが常だった。複数の百科事典を読破したこと。

小学生の頃、NASA公式アプリで月面着陸を成功させた事。人気のコスメを調べているうちに、インフルエンサーになってしまった事。

七々瀬自身は、そうした周囲の声を、否定も肯定もしなかった。知識欲を満たした後の彼女は、ただ微笑むのが常だった。

そうして、人々の評価を傍観しているだけなのだ。

支倉七々瀬は同年代の女子と比べると、ややスレンダーで身長は平均程度。

淡く光を帯びた黒髪を背中の中ほどまで伸ばしていた。瞳も同じ黒だが、覗き込むと、その輝きは宇宙が出来た頃の澄み切った闇を宿していた。

よく見なければわからない、地肌よりも自然なメイク。その技術は、噂の裏付けと言えた。

そんな七々瀬が、「折り入って相談したいことがある」そう言って、廊下で雪乃を呼び止めたのは、文化祭二日目、午後の陽が傾き始める頃だった。

「こんな果ての果てまで展示を見に来るなんて、ね。雪乃」

七々瀬は普段の顔では決して見せない、わずかに疲れた雰囲気をにじませていた。
開け放たれた窓から顔を出すと、ぼんやりと遠くの喧騒けんそうに耳をそば立てた。

文化祭期間とはいえ、特別教室棟四階にはほとんど生徒も居ない。

ここだけ、夏でも秋でもないそんな、熱気と肌寒さが共存していた。柔らかな膜のような雰囲気を揺らす、二人の出会い。店番をしていた文化部員が、ドアの入り口から興味深そうに顔を覗かせている。

雪乃は、文化祭の見学を邪魔されて、少し気分を害したようだった。

「要件はなんですか?七々瀬さん」
「あなたが、自力で解決できないことがあるなんて」

突き放すような声でそう言った。

「君の好きな事件というやつだよ。雪乃。おそらくは、だけれどね」

「志崎暁希が、昨日から行方不明でね」

七々瀬はため息を隠さずに伝えた。雪乃の眉が微かに動いた。

「校舎中をくまなく探したんだ……」

そう言うと、手に持った手書きの校内地図を見せる。
淡々とした口調とは裏腹に、皺になった地図には繰り返しつけられたチェックが見えた。

その様子を見た雪乃は

「まだ展示は半分も見ていないんですが……」
「そう言う事でしたら、お話を伺いましょう」

柔らかく頷いた。

「立ち話もなんだから……」
「君の事務所……ではないか、司書室で話したいんだけれど、どうかな?」

廊下の先の、見終わっていない展示への未練ともつかない、遠くを見るような目で、雪乃は黙って歩き出した。

階段を降りると数人の生徒が、並んで歩く二人を追い越した。お目当ての展示があるのか、人気の模擬店に並びに行くのか、あちらこちらで人にぶつかりながら、ごめんなさい!

ひびき、そんなに急がないでよ!早く早く、居なくなったらあんたのせいだからねかなで
二つのツインテールが風のように揺れ、叫び声を上げながら駆け抜けていく。その先でシスターにとがめられて、一瞬だけ早歩きになる。

その直後、またも走り出しては謝罪を繰り返しているのが遠目に見えた。

新しいシスター、来週からって言ってたのに今日からなんだ。通りすがりの生徒の声が、空気に溶けながら届いた。

秋の午後、風が銀杏の葉を巻き上げて世界を金色に染めた。特別教室棟の静寂の世界から、再び文化祭の喧騒に降り立つと、二人は歩を進めた。

渡り廊下で、先ほど生徒を指導していたシスターとすれ違う。

「ごきげんよう。シスター」

二人揃って丁寧に挨拶をする。

雪乃は、見ない顔のお若いシスターだな、とまじまじと見つめた。そういえば――休職される方の代理、そろそろだっけ。一人で納得しながら、距離を取って慎重に通り過ぎた。

雪乃も中身は普通の学生だ。教師でもあり、指導者でもあるシスターという人種は苦手なのだ。

司書室に七々瀬を招き入れると、雪乃はソファを指さした。

「紅茶はおまかせにさせてもらうね」

それだけ言うと、雪乃は戸棚の中から数種類の紅茶を取り出した。そして、最後に残った二つを秤にかけた――正義の女神が審判を下すように。

窓の外から漂ってくるのは、散りかけて名残惜しい金木犀の淡い香りだった。雪乃は、その消えゆく秋の気配を慈しむように深く息を吸い込んだ。

「今日はファイブオクロックにするわ」

「夏摘みのダージリン、春摘みのキームン、そしてジャスミンティーのブレンド」

「まだ午後五時には少し早いけれど――」

七々瀬の返答を待たずに、また違う引き出しを開ける。

「そうそう、今日はカヌレもあるのよ。カヌレ。あなたはラッキーね。七々瀬さん」

「あの……」

「本当はもっとゆっくりお茶を楽しみたいんだけど、ごめんなさい」

のんびりとした様子の雪乃に痺れを切らして、七々瀬が話し始める。隠しきれない焦りがそこにはあった。

「信じられない話かもしれないけれど――」

「生徒会書記の志崎しざき暁希あきが私の目の前から消え去ってしまったの」

「それから学校中を探したのだけれど、見つかってない」

一息に話し終えると、七々瀬は握ったままの地図を見つめた。

「ごめんなさい、お客様はひさしぶりだったから」

雪乃はそっとお茶を差し出してから、囁いた。

「場所と時間から教えてください」

手には手帳とお気に入りの、軸の青い万年筆。

「場所は特別棟の四階。さっき貴女と会った場所の近くね。時間は昨日の二時過ぎ」

聞かれたことだけを簡潔に答えてゆく七々瀬。
けれどその表情は暗く沈んでいた。

静かに頷いた雪乃を見て先を続ける。

「奇術部の公演を二人で観に行ったんだ」

「人体消失マジック――」

「あの子がそれに選ばれて……消えて……それっきりになってしまって」

動揺を隠しきれない七々瀬。

雪乃は、そんな七々瀬の様子を感じ取ったのか、優しく微笑んだ。

「悪ふざけにしては……丸一日経っていますね」
「何かあったにしても、余程の事情はありそうです……」

「では、その時の状況を出来る限り詳しくお願いします」

七々瀬は背筋を伸ばし、細い指先でカップの淵をなぞった。記憶を探るように、部屋の天井を見ながら、七々瀬は語り始めた。硬質な声色に、ほんの一拍だけ揺らぐ息遣い。

そこには万能であろうとする彼女が初めて見せた、弱音が含まれているようだった。

幕が上がる瞬間を待つように、謎は静かに息を潜めていた。

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