[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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外伝エピソード

12月消えたベツレヘムの星

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その日は朝から我らが清心館女学院はある事件の話で持ちきりだった。
わたしはそれを一刻も早く先輩に伝えたくて、飛び込むように司書室の扉を開けた。

「大変大変大変なんですよ!」

思ったより大きな声が出てしまい、慌てて声をひそめる。
隣接した図書室で読書中の生徒たちが怪訝な視線を送る。
雪乃先輩は手元の本から目も上げずに、ゆったりと答えた。

「どうしたの?ツリーから星でも盗まれちゃった?」
わたしは息を切らせながら返した。

「なんだ、もう知ってたんですか」
きっとその声にはがっかりした調子が含まれていたことだろう

「犯行声明文まで出てるんですよ!」

精一杯の抵抗というわけじゃないけれどわたしはまた大きな声を出してしまう。
司書室の扉はしっかりと閉めてあるから今度は生徒たちの注目を集めることもない。
雪乃先輩は静かに目を上げると、微笑みを浮かべた。
「有志の後夜祭用のツリーでしょ?本祭のものだったら大問題だけど」
「本当のベツレヘムの星をご用意いたします。だっけ?」
「いいじゃない、ちょっとした悪戯。私好きだな」
「それは、そうですけど……でも事件ですよ?」
どこまでものんびりした様子の先輩に、わたしはちょっとムッとしてしまい口答えのような形になってしまった。
「金曜にお返ししますって書かれてたのよね」
雪乃先輩の静かな口調に、わたしは驚きつつも続けた。
「本当に全部知ってるんですね」
先輩は慰めるようにお茶を勧めてくれる。
「もかちゃんの剣幕があんまりすごいから」
先輩は笑いながらわたしがお茶を気に入ったか覗き込んできた。
お茶を飲む時のいつものルーティーン
「美味しいです……でも星が……」
わたしは少しだけ渋々答える。
雪乃先輩は軽く笑いながら、わたしの様子を楽しげに見つめていた。
わたしは息を整えて言葉を続ける。
「それでみんな星を探してるんです」
「先輩ももちろん宝探しやりますよね?あ、星探しか……」
雪乃先輩は静かに首を振った。
「答え、わかってるから。私はいいかな」
「一応検算だけしておこうかなあ。間違ってたら恥ずかしいから」
わたしは驚いた顔で先輩を見つめ返す。
「えっ?なんて言いました?」
「答えはわかってる、そう言ったのよ」
「ツリーの位置、今年は違う場所になってるって言われてなかった?」
わたしは慌てて答える。
「え、そうなんですよ。わたしは一年ですから今年が初めてですけど……」
「先輩たちが設計図見ながら、今年はここにツリー置くんだ」
「そんなことは言ってました」
雪乃先輩は手元の紙に何かを計算しながら尋ねる。
「その三角形なんですか?」
「三角関数。習ったでしょ?」
数学が本当に苦手なわたしは先輩がサラサラと紙の上に何かを書いているのもなんだか呪文でも書いているように眺めることしかできない。

「もかちゃんには悪いんだけど……」
「あとでツリーの正確な場所に印をつけてきてくれない?」
「はいこれ、講堂の地図。誤差は三十センチくらいだと思うから」
わたしは地図を受け取り、戸惑いながら先輩を見つめた。

「それはいいですけど……けど、答えはわかったって言ってませんでした?」
先輩は不思議そうな顔でわたしを見つめながら納得したように言った。
「なんだ!星の隠し場所ね。まだ予想だけど、おそらく筒の中にあるからね」
「探すならそこ。今日は帰りましょうか。クリスマス楽しみね」
「今から行ってもいいけど、ちょっと無粋かな?」

何も教えてくれない先輩に、わたしは不満そうに頬を膨らませて文句を言った。
「先輩はちょっと意地悪です。自分だけ全部わかってて」

そんなわたしの髪を撫でながら、雪乃先輩は優しく言った。
「ごめんね。でも大袈裟なことじゃないのよ……」
「南東に星が昇るなんて。これじゃ“西方の三博士”――」
「迷子になった賢者」
「その方がいいかな?どっちにしろベツレヘムには辿り着けない。これが大ヒント」
わたしは首をかしげる。

「だから、全然わかりませんって」

「ごめんごめん。ね、クリスマスブレンドのお茶があるから。それで機嫌直して。ね?」
「美味しいなら……でも、クリスマスの楽しみにしておきます……」
数日後、わたしは再び司書室を訪れた。
雪乃先輩は窓の外を見つめていた。
「金曜に返すっていうから木と土の間かもって誰かが言ったみたいなの」
「学校中、掘ってる人があんなに……こっちの方が先生方に怒られちゃいそう」

先輩はなんだか楽しそうに笑っている。
そんな先輩の横に立つと先日受け取った紙を手渡した。
「ツリーの位置は先輩が言ってた位置ちょうどでした」
「でも星は見つけられませんでした。いろんな筒見たんですけど」

「ちょっと難しい場所だからね」
先輩はまた笑った。
わたしは小さく呟いた。
「やっぱりクリスマスの先輩……ちょっと意地悪です。自分だけ全部わかってて」
雪乃先輩は微笑みながらわたしの髪を優しく撫でた。
「ごめんね。でもね、間に合うと思ったのよ」

後夜祭当日、小講堂には星が欠けたツリーが寂しく立っていた。
そこに数人の女生徒がマイクを持ち、観客に告げた。
天文部だと名乗りをあげた。
予定にはない行動に周囲のざわめきが広がっていく。

「この度は!誠にご迷惑をおかけいたしました!」
「仮初の天文ショーではありますが!お楽しみいただければ――」
「皆様はベツレヘムの星の正体をご存知ですか?」
「かつては木星と土星の大接近、グレートコンジャクションと言われてました」
「木と土。勘違いで星探しに地面を掘り返されてる方もたくさんいらっしゃいましたね」

少し楽しげにからかう様子の天文部員。
女子校らしからぬブーイングが飛ぶ。
「本当に申し訳ありませんでした」
深々と礼をする天文部部長と名乗った三年生だ。

「今はその節は否定されて彗星、あるいは超新星爆発と言われています」

窓の外にスポットライトが照らされる。
「照度も角度も調整したベテルギウスの超新星爆発です!」
観客のざわめきの中、雪乃先輩とわたしは静かに見守っていた。

雪乃先輩が楽しげに笑いながら言った。
「One touch of nature makes the whole world kin.」
「――光に目を奪われるのは、昔の人も、今の子たちも、同じね」

「……トロイラスとクレシダ、第三幕第三場、ユリシーズのセリフ……ですか?」
雪乃先輩は微笑んだ。
「もかちゃん」
「もしベテルギウスが本当に爆発したら、昼でも見えるほど明るくなるのよ」
わたしは昼に太陽がもう一つ現れた場面を想像して身震いをした。
「こ、怖いです……」
「でも大丈夫。ベテルギウスが超新星になるのは――早くて十万年後」
「随分先よね……数年前に減光した時にはね、今すぐにでもって言われてたのよ」
「十万年……」

「わたしたちはその一瞬を待つことはできない」
「けれど、“見たい”と願う気持ちは昔からずっと同じ」
「博士たちも、今日の子たちも。だから、私は邪魔をしなかった」
「もかちゃんはそうでもなかった?」
「わたしは、ちょっと怖かったです。先輩は……星、好きですか?」

「ええ。星はね、見えなくなっても消えはしないもの」
「それを見つける人がいる限り」
「そういえば、星はどこに隠されていたんですか?」
「望遠鏡の鏡筒の中よ。組み立て式のね」
「ちょうど直径二十センチくらいの機材があるからね」
「なんでも知ってるんですね。先輩は」
「今回はたまたまね。本当のベツレヘムの星をって犯行声明文で大体のことはね」

「The fault, dear Brutus, is not in our stars, But in ourselves, that we are underlings.」
「過ちは星ではなく、わたしたちの心のほうにある」
「それでも星を捕らえたかった……今回の事件はそんなところかしら」
照らされたスポットライトを眩しげな瞳で満足そうに眺める先輩に見惚れてしまった。
「――ジュリアスシーザー。今日は先輩……シェイクスピアの日ですね」
「萌花ちゃんならこのくらい当たり前か」
「ねえ、今月の読書会。シェイクスピアの引用合戦にしましょうよ」
「ええ~勝てる気がしませんよ」

わたしは誤魔化しながら、先輩の引用を思いながら独り言を口にする。
「With mine own tears I wash away my balm.」
「――涙で香油を洗い流してしまう」
もう一度、今度は先輩に聞こえるようにわたしは伝えた。私の想いを。

「With mine own tears I wash away my balm.」
「――涙で香油を洗い流してしまう」
「わたしは……そんなふうに」
「悲しみで薔薇の香りまで流したくないです」
「だから、星が消えないのなら……」
「先輩がいてくれるなら、薔薇の香りも消えないと思います」

わたしの引用に先輩はリチャード二世の引用で答える。
「My crown I am; but still my griefs are mine.」
「You may my glories and my state depose.」
「But not my griefs; still am I king of those.」
「悲しみはまだ私のもの。リチャード二世はそう言ったのに」

「萌花ちゃんは強いね」

先輩はそっと肩を私に預けてくれる。冷えた肩が二人の温度に揃ってゆく。
「先輩がいてくれるから……です。一人じゃないから。悲しみは半分こ……」
わたしはそこまで言ってから、自分が言った言葉の意味がどう伝わるかを考えて赤面しながら言い訳をした。

「なんだかそれってとっても……」
先輩はわたしを見つめてそっと息を吸って、そっと吐きながら言った。

「良い夜ね」

「ええ、とっても」
わたしは二千年前のベツレヘムの星を思い浮かべながらそれだけを伝えた。

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