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外伝エピソード
1月『生徒指導室の殺人談義 』
しおりを挟む「た、大変、大変なんです先輩‼︎」
清心館女学院の司書室はいつもの静寂の中。
そこにあまりにも乱暴に飛び込んだものだから、いつも穏やかな雪乃先輩も流石に眉をひそめる有様だった。でもそれを気にしている場合ではなかったのだ。
だって校内で殺人事件の話が行われていたのだから。
「この上なく卑劣な殺人だ、最も残虐とか、そんな話が! 話声が聞こえたんです‼︎」
自分で出した声の大きさに自分自身で驚きながら先輩の反応を待つ。
一月の終わり、列島を襲った寒波は歴史あるといえば聞こえがいい、あちこちに隙間風が吹きこむ古い校舎を芯まで冷え切らせているようだった。
「少し落ち着いて?何があったの?」
雪乃先輩は静かに尋ねた。
わたしはその言葉で定位置のソファに腰を落ち着けるのが早いか話を続けた。
「生徒指導室の前を通った時に聞こえたんです」
「片方は御影先生の声でした。もう片方は知らない人でした」
「でも誓っていいます。殺人って言葉は聞き間違いじゃありません」
わたしは誓いたくもない誓いをしてそう言い切った。
それは、決して聞き間違いではなかったから。
先輩は小さく笑った。
その笑顔にわたしはなんだか馬鹿にされたようにすら思ってしまった。
「萌花ちゃんは会ったことがないのね。結構有名人なんだけど」
「二年生にね。引用だけで喋る子がいるのよ」
「しかもシェイクスピアだけ」
「そんなに大げさにまくし立てるなら、校内の噂好きにでも言わせたほうが早い」
「騒音と激怒に満ちていて、――何の意味もない」
「狂気に見えても、筋は通ってる。言葉ばっかり。言葉、言葉、言葉」
「なーんてね。こんな具合よ。」
雪乃先輩は微笑みながら、わたしを見つめた。
「テストの答案までそんな調子だから、毎回落第の呼び出しを受けてるの」
「数学のテストにヴェニスの商人を引用した噂を聞いた時は私も気になっちゃった」
「だから安心なさい。毎年恒例のやりとりなのよ」
「追試一つとってはシェイクスピアだからね」
「御影先生も洒落っ気がある人だから……引用で会話してあげるてるの」
文芸部ではいつも厳しい顔をしている御影先生の意外な一面を聞いて少し驚いた。
けれどわたしは、
「ちょっと……怖いです」
それだけを言うのが精一杯だった。
*
生徒指導室には夕暮れの最後の朱が差し込んでいる。
カーテンと窓枠が作り出す室内の陰影は二十世紀の現代美術のような幾何学模様。
文芸部の顧問にして、司書の御影静香の横顔は山吹色に染まっている。
もう一人は深い藍色の中に沈んでいたが、その艶やかな黒髪から女生徒だとわかる。
女生徒の影が口を開いた。
わずかに口元に当たる光はその真紅の唇をより赤く染めた。
「あなたがしようとしていることは最も卑劣な事だ。殺人の中でも最も残虐な」
「あるのは『ないもの』だけ」
御影先生の怒気が籠った返答。
「その意図がどうであろうと……悪であろうと善であろうと……」
女生徒は言葉を継ぐ。
「あなたがそう言うなら、早くやってしまうのがいい」
「運命が私を王にするなら……」
「私が何もしなくても、運命が私に王冠を授けてくれるだろう」
「今の私には、意志を刺す拍車がない。動かす力もね」
再び先生の言葉。それは決して諦めることのない口ぶりだった。
「その望み、酔っていたの?希望で身を飾っていただけ?」
「この件について、これ以上言うことはありません」
女生徒は静かにかぶりを振った。
「やれると言ったとき、はじめて一人前だった」
「あなたはそんなことを言うのでしょう?」
御影先生は静かにつぶやいた。
「私にふさわしいことならやる。……それ以上は、しない」
女生徒は小さく答えた。
「それは──魚は食べたいのに、足は濡らしたくない猫?」
女生徒は手元の紙を指で弾く。それは成績表の紙片のよう。
「失敗したら?」
「失敗する?——しませんよ」
女生徒は確信を持った声で答えた。
「もう一度聞くわ。何をするつもり?」
御影先生再度の問いかけに、女生徒は静かに微笑んだ。
「先生には言えません。ただ……とーっても。目立つことを」
「知らないほうが無垢でいられる。──知らないでいられるなら」
御影先生の言葉が一瞬の沈黙を産む。。
「だから知らないで。終わったことは、終わったことです」
女生徒はそれきり黙り込んでしまった。
短い沈黙のあと、女生徒は紙を畳んだ。
夕暮れの光が細く筋となって差し込み、御影静香と女生徒の艶やかな黒髪を照らした。
*
わたしと先輩がひとしきりその人のことを話し終えた時、放送が流れた。
『二年F組日ノ宮雪乃さん、生徒指導室まで、繰り返します——』
「あら、御影先生が御用なのかしら。ちょっといってくるわね」
雪乃先輩は微笑みながら立ち上がった。
「今日は先に帰っちゃって。長くなるかもだから」
いつもなら待っててと言う先輩の言葉にわたしは不安げに先輩の後ろ姿を見送った。
*
生徒指導室では、黒髪の女生徒——白雪誉の姿が夕陽に照らされていた。
「失礼します。やっぱり……あなただったのね誉」
雪乃の顔は曇っている。
「誉、あなたは誠実で愛に満ちているように見える」
「あらぁ、私はイアーゴーじゃないわ」
「恋の軽い翼で、この壁を越えて来たの。石の境界じゃ恋は止められない」
誉の言葉に雪乃は静かに応じる。
「知らずに出会ったのが早すぎて、出会った時にはもう手遅れ」
「We are such stuff as dreams are made on.」
「私たちは、夢でできた存在なのかしらね……」
雪乃の言葉を遮ると誉は続けた。
「憎まれて死ぬほうがいい。恋がないまま生き延びるより」
雪乃はその言葉に眉根にきつく皺を寄せて答えた。
それは萌花に見せたこともないような表情だった。
「この世に無駄な毒はない」
「善もまた、使い方を誤れば毒になる」
「今。あなたに聞くわ。あなたは薬?それとも毒?」
誉の瞳は揺れない。
「We know what we are, but know not what we may be.」
「誉はね。自分が何者であるかは知っているわ」
「でもね、何者になりうるかは知らないの」
「これでも神が作りたもうた人間だよ。ただし、自分自身を台無しにしちゃうような」
誉は雪乃に紙片を差し出した。
それは世間を騒がした有名事件の一覧。語られることのない二人の逢瀬の証。
雪乃はそれを静かに受け取り、指先で文字を丁寧になぞる。
「I must be cruel, only to be kind.」
「私は、優しくあるために残酷でなければならない」
誉はそれだけを言うと、窓を開け放つ。
一陣の風が刃のように冷気を伴って室内を鋭く切り裂いた。
嵐のように紙片が室内を覆い尽くす中で誉の薄く、高い、笑い声がこだました。
「Stars, hide your fires;Let not light see my black and deep desires.」
「星よ、その火を隠して」
「光よ。私の黒く深い欲望を見ないで」
室内が闇に包まれ、雪乃は手元の端末で照らした灯りを伏せた。
日ノ宮雪乃と白雪誉、二人の対決の幕が上がろうとしていた。
以下作中引用文(原文)
========================
MACBETH
========================
[1.7] LADY MACBETH
How now, what news?
[1.7] MACBETH
I have no spur
To prick the sides of my intent, but only
Vaulting ambition, which o’erleaps itself
And falls on th’ other—
[1.7] MACBETH
We will proceed no further in this business.
[1.7] LADY MACBETH
Was the hope drunk
Wherein you dressed yourself?
[1.7] LADY MACBETH
When you durst do it, then you were a man;
[1.7] MACBETH
I dare do all that may become a man;
Who dares do more is none.
[1.7] LADY MACBETH
Like the poor cat i’ th’ adage?
[1.7] MACBETH
If it were done when ’tis done, then ’twere well
It were done quickly.
[1.7] LADY MACBETH
If we should fail—
[1.7] MACBETH
We fail?
[1.3] MACBETH (aside)
And nothing is but what is not.
[1.3] MACBETH (aside)
If chance will have me king, why, chance may crown me
Without my stir.
[3.2] LADY MACBETH
What’s done is done.
[3.2] MACBETH
…there shall be done
A deed of dreadful note.
[3.2] LADY MACBETH
What’s to be done?
[3.2] MACBETH
Be innocent of the knowledge, dearest chuck,
Till thou applaud the deed.
[1.4] MACBETH (aside)
Stars, hide your fires;
Let not light see my black and deep desires.
[5.5] MACBETH
full of sound and fury,
Signifying nothing.
========================
HAMLET
========================
[1.5] GHOST
Murder most foul, as in the best it is,
But this most foul, strange, and unnatural.
[3.2] HAMLET
If you mouth it, as many of your players do,
I had as lief the town crier spoke my lines.
[3.4] HAMLET
Now, mother, what’s the matter?
[3.4] HAMLET
What’s the matter now?
[2.2] HAMLET
Words, words, words.
[2.2] POLONIUS (aside)
Though this be madness, yet there is
method in ’t.—
[1.4] HAMLET
Be thou a spirit of health or goblin damned,
Bring with thee airs from heaven or blasts from hell,
Be thy intents wicked or charitable,
Thou com’st in such a questionable shape
That I will speak to thee.
[3.4] HAMLET
I must be cruel, only to be kind.
[4.5] OPHELIA
Lord, we know what we are but know not what we may be.
God be at your table.
========================
ROMEO AND JULIET
========================
[2.2] ROMEO
With love’s light wings did I o’erperch these walls,
For stony limits cannot hold love out,
And what love can do, that dares love attempt.
[2.2] ROMEO
My life were better ended by their hate
Than death proroguèd, wanting of thy love.
[1.5] JULIET
My only love sprung from my only hate!
Too early seen unknown, and known too late!
[2.3] FRIAR LAURENCE
O, mickle is the powerful grace that lies
In herbs, plants, stones, and their true qualities:
For naught so vile that on the Earth doth live
But to the Earth some special good doth give;
Nor aught so good but, strained from that fair use,
Revolts from true birth, stumbling on abuse:
Virtue itself turns vice, being misapplied,
And vice sometime by action dignified.
[2.4] ROMEO
One, gentlewoman, that God hath made, himself to mar.
========================
THE TEMPEST
========================
[4.1] PROSPERO
We are such stuff
As dreams are made on;
And our little life
Is rounded with a sleep.
========================
OTHELLO
========================
[3.3] OTHELLO
I see thou art full of love and honesty.
========================
HENRY V
========================
[3.6] GOWER
I know him not.
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