何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第7話 見えざる真偽、生まれる疑心

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「ささ! どうぞ入ってください!」
「お、お邪魔します」

   再び出会ったインジュに青年は物腰柔らかに接していた。インジュが案内された場所、それは彼の職場である”警護団体”の本部だった。

(いやーー!! いいのか僕!? 大丈夫かな、こんな所来て!!?)

   先生の仮説、感染者は魔力の暴走が引き起こしている可能性が高い。その可能性から見てインジュは感染者である真偽が怪しい。先日話していた事ではあるが、まだインジュの中ではそれに納得をしたつもりはなかった、だからこそ今のインジュは変な汗をドバドバとかいていた。

「すみません、ちょっとバタバタしてて客室も汚いままで」
「いえ!お気になさらず!」
「まぁ警護団に連れてこられたら緊張しない方が無理ですよねははは、ローブお預かりしますよ」
「え・・・あ、大丈・・・はい」

    警護団体、それは城下町の治安を守るのが仕事。盗人が出たら捕まえる、殺人を起こしたら調査する。常に人々の暮らしに目を光らせ怪しい者は捕まえるといった事が多くあり、誤認逮捕、そんな物もしょっちゅうあると噂程度しか知らない事もインジュは知識として心得ていた。
   が、今インジュが緊張しているのはそれ以外のことだった。自らが感染者の可能性があるという事を加味しても、落ち着く事は到底出来ないでいた。

「ダークエルフ・・・いや!失礼しました。エルフの方々はよくお見かけしますが、初めてお目にかかったもので!」
「よよよ、よく言われますお気になさらず」

   大きなフードで顔まで隠していたつもりだったが、ついローブを渡してしまった。ルージェルトとの戦いで言われた”薄汚れたドブの匂い”。確かに外に出るにはあんまりの格好だったとあれから反省をしある物で見れる程度の物に拵えた。なんとかこうして話している青年と話している様子を見るに服装に違和感を与えていないようで安心するインジュ。

「あの時は見えなかったですが、ダークエルフさんならあれだけ凄い魔力も納得いきました・・・。あっ!! 御礼も言わずに申し訳ありませんでした! 改めて、警護団を代表して、助けて頂きありがとうございました!」

   深々と頭を下げる青年に再び慌てふためくインジュ。
   感謝をされた。さっきまでナイーブになっていたインジュにとって複雑な想いが浮かび上がってしまう。
   今も握り締めているドッグタグ、この持ち主を助けられなくてこちらこそと、口に出てしまいそうだったのを寸前で止められた。
   その理由は、今も目の前で頭を下げている青年。その首元からぶら下がっている物が目に入ったからだった。

「あの、これ・・・なんですが」
「ッ!?」

   空気が一変した。青年はインジュが見せたドッグタグを凝視していた。表情は徐々に曇りを見せ伸びる手は震え、ドッグタグの名前を見た瞬間目を見開いた。

「多分、いや。感染物の親玉、感染者の・・物です」
「・・・そうでしたか。そんな、じゃあ・・・班長は」

   モーゼス・フランド。インジュは彼が残したドッグタグを青年に手渡した。受け取った手は未だに震え続け青年はモーゼスの名を刻んだドッグタグから目が離せないでいた。

「私の先輩なんです。父親の班長に負けず劣らず正義感が凄く強い人で、誰よりもこの王都の事を考えていて、私のいえ・・・この警護団全体の憧れでもあり、次期本部長候補でもあった方々です」
「そう・・・だったんですね」

   言葉が出てこなかった。それこそ助けられなくて、なんて言葉が頭によぎってしまうインジュ。けれどその言葉はあまりにも無責任な物だと今更になって気が付いていた。
   やはり、感染者は元は人。どれだけ形を変え人々を襲うような存在であれ、人であった事実に変わりはない。
   故にインジュは思った。この気持ちをもっと早くに気付くべきだった。どれだけ取り繕ったとしても結果を覆すことなんて出来ない。助けられなかったただそれだけであり、これから全ての感染者を助ける。そんな責任を負うことは今のインジュには出来なかったのだった。

「すみません。モーゼス先輩のドッグタグありがとうございました。まさかこの為にあそこに?」
「たまたまです。本当にたまたま」

   一気に空気が重くなってしまった。
   何かを口にしよう。何か自分が知らない何かを聞き出せるかもしれない。自分達はあまりにも情報不足だと自負していた。だからまずは聞いてみないと何も始まらない。

「あの」
「おーい!! 就任式始まるぞー! 急げー!!」
「しまった! 忘れてた!」

   空気が終わった。青年はあたふたしながらどうしようかと迷っている。そんな様子を見たインジュは逆に落ち着きを見せていた。
   自分なら問題ないと断りを入れ、青年を向かわせた。

「あの! 私はカルスって言います!」
「僕は・・・インジュです」

   互いの自己紹介、それがこの会話を閉める最後のやり取りになったのであった。

   ハンガーにかけてもらったローブを再び身に纏う。

「父親・・・班長・・・先輩」

   カルスとの会話を改めて思い出す。自分が拾ったドッグタグ、そして感染症を患ったモーゼスという元警護兵、そして警護団の班長はそのモーゼスの父親。
   インジュの中で何か引っかかっていた。会話の中だけでは、何の違和感も無くただ不幸が連続で起きてしまったのかと、納得出来る物のはずだった。

「就任式・・・」

   自然とインジュの足は動いた。カルスと同じ様に急いで向かう人の波に流されるようにインジュはその身を任せた。不穏な違和感を考えながら・・・。








   巨大な講堂。そこで就任式は執り行われている。一般の人々の解放もされているからか、警護団の人々以外にも多くの人が就任式に参加していた。少し人目に付きたくないインジュにとって非常に助かる事だった。

「それでは、新たに本部長となるお方で有られます、バルグ公爵です。どうぞ盛大な拍手でお迎え下さい」

   盛大な音楽がその者の存在を歓迎した。大勢の拍手が巻き起こる中一人の男が壇上にあがった。
   男の登場に合わせ一つの巨大な垂れ幕が降りた。それは貴族の”家紋”が大きく印字された垂れ幕だった。

「バルグ公爵・・・あの人が本部長に、か」

   講堂の片隅でインジュはウィザライトを起動し遠目からでもバルグの顔がはっきりと見えるようにしていた。

「ご紹介に上がりました、バルグです。皆さん、ご存知の通りは私はあのお方、この王都アルバスにおいて4人しか居ない王位継承、その資格を持つあのルージェルト様の側近でございます」
(ルージェルト・・・!)

   インジュの身体に力が入ってしまい完治して居ない箇所が痛む。
   新たに警護団の本部長として就任したバルグ、その上司に当たる者、それがあのルージェルトであると。インジュは更に不穏な違和感を感じられずにはいられなかった。

「先代の本部長はその任を満了し退役される。聞いた話では本来であれば私では無く、とある現場指揮を務めて居た班長がこの任に就くとお伺いしました。ですが皆様もご存知でしよう、彼は先日警護兵としてその身を犠牲に多くの者を救った。そしてそのご子息もまた先の戦いで消息が絶たれたと、この場を借りお悔やみ申し上げさせて頂きます」

   小さな黙祷。この場にいる皆が目を閉じ死者に哀悼の意を称した。中には班長の死に涙を流す者も少なくはなかった。
   それだけに慕われて居た、インジュはそんな人々の無念と悔しさに感化されるが。落ち込む事はしなかった。
   彼に、カルスという青年に先に出会って居なければ落ち込んでいたが、今はそれ以上に神経を鋭く張り巡らせていた。

「班長のみならず、散っていった同志達に恥じぬ働きをここに宣言する事を締めの言葉とさせて頂きます。今後とも精進してく所存でありますのでみなさま、どうか宜しくお願い致します」

   再び大きな拍手を受けるバルグ。壇上では前任の本部長がバルグと強く握手を交わしながら会話をしていた。「感動した」「これからはお願いします」など今のバルグの演説に心打たれたようだった。

   そして長く思える就任式はそのまま立食パーティーへと変わり、何処ぞのお偉いさん方が主に牛耳る様な雰囲気の会場へと変貌していた。

「あ、インジュさん!」

   ずっと講堂の隅でずっとバルグを観察しているとカルスが手を振りながらインジュへと近付いてきていた。
   インジュさん。あまりにも慣れない言葉に変な戸惑いを感じながらもカルスに会釈をして応えていた。
   現状下手に隠れたりして信用を失うくらいならば堂々としてようと判断したインジュ。ならばと、思い切って考えていた事を口に出した。

「カルスさん、あの人。バルグ公爵・・・いや、新本部長ってどんな人なんですか?」
「どんな人、ですか・・・」
「あぁー、えっと。僕本当つい最近まで旅に出てまして、王都の内情にそこまで詳しくないので」
「そうだったんですね、なら」

   インジュの嘘を疑いもせず信じたカルスは、少しだけ周りを見渡しインジュの隣へと移動し壁にもたれ掛かる。

「ここだけの話に留めて下さい。あの新本部長、何かと胡散臭い噂が多くて」
「・・・聞かせてもらってもいいですか」

   小声でインジュに告げる。インジュもすかさず一歩だけ身を寄せカルスに合わせる。たった今就任した者の噂話、しかもあまり良い噂では無さそうな物。極力誰にも聞かれない事が好ましいのはインジュでも理解した。

「あの人、爵位持ちになる前はどうやら裏商人としてそっちの世界を牛耳っていたらしいんですよ。禁じられている奴隷売買に、非合法の薬の製造、挙げ出したらキリが無いほどの悪行をしてきたって言われてるらしいんですよ」
「らしい・・・という事は」
「えぇ、証拠という証拠が一切無いんです。バルグ公爵自身の名前も王族から爵位を貰ってからで、何の功績を挙げたかも一切が伏せられてる」

   聞けば聞くほどに怪しさが積もるばかりの話。カルスの話が事実にであれば、今行われた就任もまた疑惑のある出来事であった。
   噂話、全ては憶測の域を出ない物だが、カルスが口にする物をインジュは疑う事はなかった。

「カルスさん。もしかしてそこまで知ってるのって、調べていたんですねバルグ公爵の事」
「はい・・・班長とモーゼス先輩を筆頭に」

   大きく息を吐いてしまうカルスにインジュは目を伏せてしまう。バルグを調べていた班長とモーゼス、その二人から聞く事はもう出来ない。インジュの抱く不穏な違和感はバルグの話を聞けば聞くほどに増すばかり。

   何かがきっとある。自らに起こった多くの物の始まりにきっと繋がる。そんな気がしてならなかった。
   そんなインジュが目を伏せ頭の中を整理している時だった。

「インジュさんインジュさん、あれ」
「え?」

   カルスが顎で指した先、インジュも同じように見た先はバルグだった。
   バルグは著名人との会話中だったはずだが、自らの側近がバルグに内密に会話をしている光景がそこにはあった。

「皆様! 申し訳ございません、少しばかり急用が出来てしまいましたので私はお先に失礼致します。パーティーは引き続きを行われますので存分にお楽しみ下さい!」
「急用・・・インジュさん」
「そうですね、何かあったみたいですね」

   インジュは体を壁から起こし左手を、ウィザライトを起動した。

「ライゼーション」
「もしかして、インジュさん」
「カルスさん・・・」

   インジュは一歩前に出た。カルスに背中を向けるように。

「大丈夫です。あとは、任せて下さい」

   いつぞやの光景、カルスは目を見開き脳裏で記憶が再生されていた。
   インジュからその言葉を掛けられたカルスは引き留めるという選択肢は無かった。

「お気を付けて」
「ありがとうございます」

    振り向く事なくフードを深く被り、カルスの目の前で姿を消したのだった。









   王都アルバス。その北に位置する区域、人々からは「アンダータウン」と呼ばれる事が多い北区域。そこは荒れに荒れ人々が住むにはあまりにも不適合な場所だった。

「過去の影響が現在に至り、今もなおその存在を留めている。戒めか何かなのかなここは」

   通信越しに先生がため息混じりに言う。北区に足を踏み入れたインジュ自身は緊張感を持って立って居た。

「”降臨戦争の跡地”。北区が最前線として戦う事になった場所ですよね、流石にまだ僕は生まれてなかったのですが」
「そっかー、まぁ当時を経験した人なんて今になったらそんなに居ないらしいかね・・・。それにしても、ここでなんだっけ? 何かの取引があるんだっけ?」
「はい。正確な時間まで聞けなかったですが、間違い無いです」

    廃墟に等しい北区で取引。その詳細を調べる為にインジュはカルスと別れてからすぐにここへ赴いた。
   情報源は当然、就任パーティーを急遽離れたバルグ。

『何だと!? 精鋭迎撃部隊に目を付けられただと!? 早く対処をしろ! 出ないと我々の計画に支障が出る、急げ! 予定を早めても構わん!!』
『ですがそれでは、物資の方が』
『生産予備があったはずだろ、あれを使え!』
『承知しました!!』

   インジュが魔力で透明になり完全にバレる事のない力で盗聴した物だった。その焦り様から誰でも思う、とてつもなく大事な物なのだと。

「北区で、しかも今から何かがあるとなると本当にキナ臭いねぇ。先日は警護団の襲撃、それに伴って班長やその息子、次期本部長候補のある可能性の人間が死んでしまった。そして今日は就任式・・・いやー偶然って怖いものだね」
「あまり全てを偶然で済ませたくないですよこんなの。それに母様が言ってました、こう言ったキナ臭い物の正体は、とてつもない異臭を放っている物だって」
「確かに。そんな臭い物は蓋をするんじゃなくて絶っておかないとね、鼻がひん曲がってからじゃあ遅いからね」

   先生の比喩。鼻が慣れ親しんでしまったらお終いであるという事、それをインジュは理解していた。どれだけの悪行をしようとしているのかはわからない、だが今ここでそれを絶っておかないと鼻だけでは無く、自らの全てがその存在を感知出来ないほどに落ちぶれ取り返しが付かなくなる。
   他人の為だけでは無く、自分の為にもとインジュは気を引き締めた。

「それにしても人の気配がまるっきし・・・」

   先生が他愛の言葉を発しようとした時だった。

「インジュ少年」
「はい! ライゼーション!!」

   音も無く感じ取った魔力が、二人の顔を引き締めた。

   何かがある、いやもうあった後かもしれない。それでもインジュは飛び出したのだった。
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