何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第14話 出来事の積み上げ、無慈悲な成長

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   王城で突如起きた異常事態。
   奇跡的にも死傷者はゼロ、放たれていた光りに触れてしまった者達は気を失っている状態ではあったものの事態が終息を見せた数時間後にはみな目を覚ましていた。
   王城の一部は半壊してしまっているが、すぐさま修復作業に取り掛かっており王都の象徴としての姿を取り戻しつつあった。

   ひとまずの終息。アストとゼッガ2人の活躍により事なきを得た。
   城下町の人々には詳細な情報は降りておらず、ただ王位継承1位のアストが今回の事態を治めた。実際の真実は告げられなくともその一つの事実に人々は安心感を得ていた。

   しかし一部の人々は、件の詳細を求めているのだった。その対応に追われるのは、当事者でもある王位継承の資格を持つ者達だった。


「”選定会議”の為に早めに帰って来てみたら、凄いな歓迎だったねー」

   王城で起きた騒動から1日が過ぎた。
   アストは、自分の部屋に2人を呼んでいた。

「世間話をしたいが為に呼ばれたのであれば、退席してよろしいかしら。どっかの誰かさん達が大暴れした尻拭いで忙しいのよわたくしは」
「まあまあ」
「あらぁー? そんな事言って兵団長に全部投げ打ってるらしいじゃない。一体何の尻拭いをしているのやら」
「まあまあまあ」
「チッ、そうね王城の一大事に成りかねないのにも関わらず何処で何をやってたのかわからない様な方々じゃないかしらね。特に人を不愉快にさせるのがお得意の方とか」
「まあまあまあまあ」

   ソファの対面で向かい合って睨みを効かせるルージェルトとそれを楽しんでいるかのような笑みを浮かべるネゼリア。
   そして2人とは違う場所、部屋の主が座る椅子でバチバチの2人をニコニコと何を考えているのかわからない表情でいるアスト。
   依然、ルージェルトとネゼリアの底の無い煽り合いは続いていたが本題へと入ると切り出したのは2人を呼んだ張本人だった。

「あの子凄いね、何なの???」

   アストの問いに同時に口を紡ぐ2人。沈黙の意味は様子見が目的だった。そんな中でもルージェルトは、動揺する気配も無く睨みを深めた。アストが口にした問いに対してこれが自分の回答であると。

   静寂の原因。アストの指す人物は当然インジュの事であるのは、この場にいる者が理解してない訳がなかった。

「そうねぇ・・・強いていうのであれば。私は”あのような子”は知らないわ」

   ネゼリアの言葉に各々反応を見せる。

「はあー。時間の無駄みたいね」

   ネゼリアの言葉に大きなため息を吐き立ち上がるルージェルト。その足取りは出入り口へと向かっていた。アストも、ネゼリアも止める事は無くルージェルトの歩く音だけが部屋へ響き渡る。

「”選定会議”。今回こそは王位継承に動きがある事を願っているわ」
「・・・あぁ。きっと、君の想像を超えるような凄い物になるよ」
「ふんっ。楽しみにしておりますわ」

   振り返る事もなく告げたルージェルトは部屋から立ち去っていった。

   『選定会議』
   それは、この王都アルバスにおいての重要事項の一つ。
   王位継承の順位の変動。一年に一度開かれるその会議では、現在の王位継承の資格を持つ者は必ず参加しなくてはならない。
   1位から4位、それぞれの資格者が一同に会する場であった。

「ここ数年は本当に動きが全く無かったからねぇー、彼女の鬱憤が溜まってしまう気持ちも凄くわかるよ」
「あら、意外ね。あなたは全く心配する事など無いと思っていたけれど? 人々からの信頼も濃く、戦において負け知らず、魔力も他の追従を許さない程のモノ。そして何より”現王”の・・・」
「まあまあまあまあ、そこまでにしてくれたまえよ」

   王位継承1位の所以。それはありとあらゆる要素が混在する結果であった。
   ネゼリアの言葉は全て偽りの無い正しい物だった。アストという人物はこの王都アルバスのみならずこの星で生きる人々全てが認知している。協力関係にある隣国、現在も敵対している帝国もまたアストという名を知らぬ者は誰一人としていない。

   それが、アスト・K・アルバスという人物だった。

「けれどねネゼリア」

   何もかもを備えているアスト。誰もがその存在を絶対的な物だと思い込んでいるが、アスト自身は一切そんな事を思った事は一度も無いのであった。
   声色が変わったアストの声。自身掛けられたその声にネゼリアも表情を変えた。

「今回の旅も、見つける事は出来なかった。って事かしら」
「そうだね、本当に・・・。取り越し苦労だったよ」
「それ、どうゆう事か聞いても?」

   ルージェルトと対面している時には見せない表情。真剣な目付きでネゼリアはアストを見る。
   目を瞑り改めて自分の考えを確認するアスト。そして椅子から立ち上がり、城下町を一望できる窓から下を見ず、青く広がる大空を見上げた。
   そのアストの姿には、多くの感情が乗っていると確信するネゼリアは、静かに耳を傾ける。

「灯台下暗し、そう言った方が伝わったかな。そのお陰で、私なんかでは到底及ばない物だと確信もしてしまったがね」
「そう・・それは、災難だったわね」

   空を見上げていたアストは再びその目を閉じてしまった。まるで背中で語っているかのようなその様子をネゼリアは察し、小さく息を零した。

「で、君の方はどうなんだい? 願いの進捗は」
「上々。と言いたいところだけれど、雲行きは怪しいかしらね。あなたの話を聞いてしまったから」
「ははは、それはそれは申し訳ない事をしたみたいで」
「まったくよ。お互い時間が無さそうね・・・いや。もう一人、第4位も」

   ネゼリアの言葉に踵を返すアスト。その表情はルージェルトが居た時と同じモノへと戻っていた。

「そうだね。けれど、どれほどの時間経とうと、どれほどの人が失われようとも」
「わかっているわ、”契りを交わした”世界が存在する限り、理の内よ」

   その言葉を最後にネゼリアは立ち上がり、赤黒い霧を全身に纏った。そして一瞬の間にネゼリアはその場から姿を消していたのだった。

   たった一人残されたアスト。ネゼリアの最後の言葉、その意味を噛み締めた。
   変わる事の無いモノ、変える事が出来ないモノ、変えたい思惑を持ち合わせないモノ。もはや口にする必要性を感じないはずのモノ。
   だがあえて、ネゼリアはそれを口にした。そしてその意味をアストも理解していたのだった。

「人々・・・世界・・・そして・・・」









   暗い空間。見えないのか見ていないのか定かでは無い空間。

「用済み、ということです」

   会話が耳に入る。あまりにも物騒な言葉。内容までは聞き取ることが出来ない、けれどそれは実際にあった事なのか。

「僕は・・・?」

   口を動かせた。同時に手が動き、目に命が吹き込まれたかのように視界が開ける事でインジュは、自分が自分である事を確認出来た。
   しかし周りは暗く、宙に浮き黒い霧に覆われているだけの世界。そう捉えるしか出来ないモノにインジュは囚われていた。

   状況が飲み込め無い。そんなインジュに御構い無しと言わんばかりに言葉が次々と降り注ぐ。

「それは世界の根幹に関わる事なのだぞ」
「秩序こそが全て、それ無くして世界は意味を為さない」
「絶滅など世界は望んでいない。他を蝕んだとしても生存を優先しろ」
「人がいるから世界が存在出来ている。それが当たり前なのだから」
「我々だけだ、歴史がそう物語っている。世界がそう叫んでいる」

   多くの人の言葉がインジュの脳を震わせる。
   あまりの内容に耳を塞ぐことも出来ずインジュは、自らの身体を抱き寄せるしか出来なかった。

「それが交わした契りだ!!!」
「契り交わしを重んじろ!!!」
「契りを阻むな!!!」

   まるで暴力を振るわれているかのような感覚。一切の身に覚えのないそれらにただ縮こまるしかインジュには出来なかった。
   抱き寄せる身体が震える。
   抑える事など到底出来ないほどの震えが更にインジュを不安と憎悪を膨らませていった。

   別の事を考えたい。
   それはまるで魔力が使えないという現実から逃避する為の妄想。自己防衛に近いインジュが無意識に行なっていたモノ。
   しかし頭に浮かんでしまうのは、直近の光景だけだった。

   溢れ出す光。抑える事の出来ない力。憧れが恐れへと変わってしまった物。

   自らの思いに逃げ込むインジュを待ち受けていたのは、ありもしない人々の顔。
   向けてくるの目には憎しみと恐れ。嫌悪、憎悪、そして敵意。
   誰一人としてインジュを逃さんと刃物に等しい目付きを向け続けた。

「理に従え」
「理に従え!」
「理に従え!!」
「理に従え!!!」
「理に従えっ!!!!」

   捩じ伏せるように打たれた言葉がインジュにトドメを刺した。

「やだ・・・やだよ・・・母・・様」

   涙を流す事すらも出来ず、インジュは気を失い視界を閉じた・・・。


 









「ごめんなー、性転換の趣味はさすがに無いんだわー」
「・・・え?」

   再び耳に入った物は、言葉選びが下手な聞き慣れた声。けれど、何度もその言葉に和みを感じ得いた事を思い出す。
   ゆっくりと無意識に開かれた目で映し出したのは、人が住み着くとは到底思えないような場所。しかし目にした汚れきった石の天井は安心すら覚えさせていた。
   鼻に付く匂いは決して良い物はとは言えない異臭。だが不思議とそれを吸いたいが為に何度も吸い上げ、体内へと流し込む。
   口の中はたった少しの血と砂利の味が浸透していた。舐め取る事すら惜しいと思える程にその存在を愛おしく感じてしまっていた。

   そして、インジュは今一度その身体を沈めさせた。幾度も同じように目覚めたベッド、それを全身で味わうようにその身を捧げた。
   宣言した訳でも無く、言い渡された訳でも無いインジュのベッド。褒められた物じゃ無い布団と枕はインジュの全てを包み込んでくれていた。

   さっきまで見せられていた悪夢は思え出せない。けれどもう二度と見たく無い悪夢だった、それだけはしっかりと刻める込んでいた。
   その証拠と言わんばかりに、インジュの瞳が揺れ動くも「その資格は自分には無いのだから」と抵抗を続ける。

   故に、塞き止めるそれを決壊させようとする者がいたのは言うまでも無かった。

「おかえり・・・少年」

   もはや止める事は出来ない衝動を垂れ流しながらインジュは、答えた。

「しんぱ・・いがげ・・ごめ・・ありが・・だすげぇ・・・!」

  あらゆる衝動が定まりをみせない。

「だだ・・いま・・!!」

   それが一番に言いたい言葉。十二分にそれが伝わったからか先生は一人は人知れずマスクの下で笑み浮かべたのだった。



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