何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第15話 変貌、秘匿、責任

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   王城と城下町の間にある草原。それは王都アルバスのシンボルとそれ以外を隔てる存在。作られた当初は他者からの自衛の為と、伝えられているが、戦争などの脅威が無い昨今では歴史があるなど以上にその意味は無い物だった。

   しかし、一人の少年、インジュには積まれた時間以上に意味のある場所であった。

「静か・・・」

   目的も無くただ草原を歩き続ける。右を向けば城下町、そして左手には今も修復作業が続いている王城。その姿を見る為だけにインジュは出掛けるつもりだった。
   しかし、直接王城内に入って見上げる勇気は目覚めて間もないインジュには無かった。それでも一目だけでも見ておこうとした為にこうして王城の外である草原から見上げる形になってしまった。

「ウィザライト・・・」

   インジュは左手首に取り付けたブレスレットを見ていた。インジュが呟いた通りこのブレスレットはウィザライトであった。
   この数日、インジュが捕らえられ行方がわからなくなってから目を覚ますまでの間に先生が開発を続けてきた結果物だった。
   防犯、緊急停止と多くの要素を盛り込んだ為、そして何よりもずっとガントレットの形をとっている訳にもいかないだろうという理由で作られたブレスレット型のウィザライトであり、起動すれば今まで通りのガントレットがインジュの手に装着される。と、インジュは説明を受けていたがまだそれを試してはいなかった。

   王城の様子見という目的が達せられた今、帰るだけのはずがインジュの足は帰路に向かう事は無く、ただ歩き続けた。
   自分が初めてウィザライトを起動した場所、初めて感染物を討伐した場所、感染者を捕縛した場所、襲撃に遭い逃げ惑った場所、そして・・・。

「ッ・・・!」

   そこでインジュは足を止めた。その場所は、一度爆破され失われたが修復が済んでいる北区へ繋がる橋。命からがらに逃げ果せる事の出来た場所。
   そこに一人の女性が立っていた。あの時のように・・・。

「あら、またここで会う事になるなんて思いもしませんでしたわ」
「ルージェルト・・さん」

   北区を見ていたルージェルトは、踵を返しインジュの方へと視線を向けた。
   表情一つ変える事なくただインジュを観察しているかのように見ていた。特別警戒をしている訳では無いルージェルトに対してインジュの頬には一滴の雫が落ちる。

「褐色肌・・銀髪・・ダークエルフ・・そして感染者。先日はとてつもない事をやらかし、まだ生きている・・・あなた一体何者なのかしら」
「それって・・・どうゆう、意味ですか」

   インジュの問いに答えるはずも無くルージェルトは思考を巡らせていた。巡らせれば巡らせる程に無表情だった顔付きが次第に変化していった。
   ただ見ているだけだった目は睨み付けるように、警戒心の無い空気は殺意にも似た圧力へと変わっていった。

「あなたの利用価値・・・そんな物は見い出せそうにないですわね。むしろ・・・弊害になり得る存在。であれば」
「くっ・・・!」

   聞く耳を持つ可能性。そんな物は最初から無かったのだとインジュにはわかっていたはずだった。一途の望みが断たれるのは必然だった。

「消えなさい・・・!」

   右手に魔力を宿しインジュ目掛け放たれる。高速で向かってくる3つの光弾に対し地面を転がるようにして避けるインジュ。

   地面が吹き飛び自らの攻撃が避けられたのだと判断したルージェルトは同時に違和感を抱いた。
   その違和感の正体のせいでルージェルトの表情は更に険しい顔へと歪んだ。

「やめて・・下さい!! 僕は、戦いたく無いです!」
「それは脅しのつもり!?」

   ルージェルトは地面へ向けて手を伸ばし両脇に大きな刃を草原から生やすかのように形成されていく。

「それとも・・・」
「僕は・・ただ」
「わたくしを見下しているのかしらね!!!?」

   形成が完了したと同時に刃を走らせる。
   不規則な動きを見せながらインジュへ駆け抜ける刃。
   自前の身体能力で刃同士の間をすり抜ける。
   しかし、避け切ったはずの刃は消える事無く、Uターンし再びインジュへと襲い掛かる。
   あらゆるパターンで避け続けるインジュを追い詰めていく刃。ギリギリの間一髪で避けたはずでも余波が掠め、頬から血を流してしまう。最初からわかっていたことではあるがその威力は、絶対に当たってはならないと更なる危機感をインジュへと与えた。

   そのインジュの姿を見てルージェルトは一瞬だけ目を閉じた。
   それは不快感で作ってしまった自らの目付きを治す為の行為、再び開いたルージェルトの目は真っ直ぐインジュを捉えた。

「今から周囲を吹き飛ばす程の魔力であなたに消し炭にするわ」
「えっ」
「それを撃ち込むには時間が必要・・・つまり」

   ルージェルトの回りに光り輝く粒子、目に見える程の魔力が集まっていく。
   両手を左右広げ、集いをみせる魔力が次々とルージェルトの手に収束を始めていた。

「そのまま刃撃を避け続けるだけじゃ、本当に消えるわよあなた」
「何を、言って・・・」
「ここまで言ってもわからない、もしくは惚けると言うのなら、お望み通りにしてあげますわ」

   収束速度が倍以上に早くなる。それでも時間はまだインジュに与えられていた。
   答えはあまりにも単純明快。ルージェルトを攻撃すればいい、ただそれだけの簡単な事。
   今ルージェルトの手元には以前出会った時に持っていた武器のステッキが無い。それはルージェルトの戦闘力の低下を意味する。そして以前と違うのはインジュも同じであり、ウィザライトの調整、ウィザライトを扱い続けた経験、以前とは比べ物にならない程にインジュの戦闘力は格段に上がっている。

「ぐっ・・・!」

   迷いが体を鈍らせ刃撃に足を取られ転倒してしまう。
   今なら、戦えるはずである。ルージェルトに勝てる条件は全て揃っている、それをインジュが理解してない訳はなかった。
   それでも、インジュの口からあの言葉が出る事は無かった・・・。

「チッ。不快・・・!」

   草原の地面にその身委ねるだけのインジュ。
   戦意の喪失、もはやこれ以上の言葉を投げかける必要性を完全に失ったルージェルトは最終段階まで一気に魔力を収束させた。
   そして巨大な魔方陣がルージェルトを中心に姿を見せる。それは収束完了の意味した。
   両手に集った魔力を更に圧縮し一本の刃を作り上げた。
   ルージェルトはすかさず刃を手に取り前に突き出し狙いを定める。

   刃を向けるルージェルト、もはや言葉すら作り出す事の出来ないインジュ。
   最初から戦いにすらなっていないモノの幕は、ルージェルトが刃から手を離す事で降ろされたのだった。











「・・・え?」

   ルージェルトの攻撃が通り過ぎていった。
   作り上げられた刃は、間違いなくインジュを殺す為のモノだった。ルージェルトの殺意、本気で消すつもりであったのはしっかりと伝わっていた。情けをかけた可能性は皆無。

   何故自分は生きているのだろうか。
   インジュのそんな疑問が晴れたのは顔を上げた時だった。

   一人の背中がインジュの目に映る。広げた両手を格好はまるでインジュを庇うような姿を見せていたのだった。

「わ、私は警護団体警護兵部所属の・・カ、カ・・カルスと言います!!」
 
   今にも崩れ落ちそうな程に震える全身。今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちが頭の中がどうにかなりそうになっている。

   インジュを助けたのは、あのカルスだった。

「警護兵? 私の管轄下では無いけれどわかっているのかしら?」
「わ、わかっています・・王位継承3位のルージェルト様、その方の前に立つという事が・・ど、どういう意味なのか」
「でしたらお退きなさい。ご自分が何をしているのかわかっているのなら」
「ですが! 彼は・・彼は私の・・・恩人なのです!! どうかご慈悲を、どうか!!!」

   末端の警護兵が王位継承の資格者に慈悲を問う。
   ルージェルトからインジュを庇うカルス。ルージェルトはカルスを圧のある睨みを利かせながらも戦う意思を取り下げる事は無く、何があってもすぐにインジュを消せるように心掛けていた。

   それでも、カルスがその場を退く気配を見せる事は無かった。

「私は・・・私は彼を裏切りました!!!」

   あまりにも大きな声で発せられた。誰もが聞こえる程に、同時にそれはまるで自身にも言い聞かせるかのように。

「脅されて、断る事言葉すら出て来ず、ただただ言われるがままに、この方を・・・私達を助けてくれたこの方を裏切ってしまった」
「そう・・・。組織に従順した結果であればあなたが罪に思う事なんてありませんわ、上からの命令を遂行した結果。であれば何も問題は無いでしょう」

   カルスがまともに動かない頭で振り絞って出た語りをルージェルトは鼻で笑うように諭す。

「あなたの行いは賞賛に値しても良い物、よく決断して実行したとね。咎める者がいるならばわたくしの権限であなたの保身をお守りする事をお約束しましょう」
「そんな・・・そんな不名誉は・・・いりません!!」

   カルスはルージェルトの甘い言葉を遮る。
   そして一歩前へ踏み出し跪く。

「どうか!! どうかご慈悲を!!! 保身などいりません、私の命を捧げても構いません。 なのでどうか!! この方の命だけは!」

   土下座にも似た跪き。地面に自らの頭を擦り付け懇願を続けるカルス。

   命を捧げてもいいとルージェルトに懇願する光景を、ただインジュは見ていることしか出来なかった。
   あの日、自身の手でインジュを刺してしまったあの日から今まで、どれだけの苦悩があったのかインジュには想像すらも出来ない。
   インジュ囚われている中で浮かんだ物。カルスはどうなったのか、彼は一体どうしているかその答えが今目の前で起きていた。
   罪悪感に押し潰される、溢れ続ける嫌悪感。その全てを吐き出すかのように懇願を続ける姿がインジュの目に映り続けていた。

「お願いします! お願いします!! お願いします!!!!」

   カルスはただ同じ言葉続けていた。もはやルージェルトからの言葉を言う暇も与えない程に、望みが叶えられるまで永遠にそうしているつもりでいる。
   そんな今のカルスの表情は誰も見る事が出来ない。しかしルージェルトもインジュもわかっていた。
   命が失われるかもしれない恐怖、許してもらえないとわかっている贖罪。
   全身から溢れ出る汗、涙も鼻水も垂れ流され、呼吸を整える暇の無い口からも涎のように流れ続けていた・・・。

「やめて・・・やめて下さいカルスさん!」

   やっと出た言葉。今その身を動かさないでどうするのか。雑念はいらないと声をかけるインジュ。

「もう・・・大丈夫ですから」
「インジュ・・さん」

   立ち上がりカルスに寄り添うインジュ。
   インジュは顔を上げカルスへ促す。もう、脅威はない事を。

   懇願を促す相手はもうこの場に居ない事を。

「インジュさん・・私・・・私はっ・・!」
「いいんです。もう・・もう終わったことですから。過ぎた事・・・なんですから」

   贖罪の果て。
   許しを請う者と許しを与える者。

   今はただそれだけでよかった。

   インジュの言葉、もう終わった事・・・過ぎた事だと。

   それ以上には何も無い、何も必要なかった・・・はずだった。



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