何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第42話

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   この星にとって、竜という存在は数十年前に全滅している。
   降臨戦争と呼ばれる争いにおいて人は竜を討ち取り、人類の勝利と竜の敗北という形を残した。

   竜は、悪しき存在なのだろうか。
   不思議と戦いに勝利した人々がそれを口にする事は無かった。それは争いで多くの命を失ったはずの当時の王都アルバスがその発端であった。
   他所から来た者達に対して多くを語る者は殆ど居なかった。

   だからこそ、今インジュ達が生きる時代において、竜は絶滅した。
   たったそれだけの情報だけが残り、語り継がれていたのだった。

「何だい、そんなに驚く事かい」
「えっと・・ディイさんで間違い無いん・・・ですよね」
「他に誰がいるってんだい、あたし以外の竜がいるっていうのかい?」
「そ・・そうですよ・・・ねー?」

   受け応えはしっかりと出来る事に多くの感情が蠢くインジュ。
   助け舟を求めるかの様にゼッガを見れば、欠伸をしている姿が映り、ルジェを見ればインジュと違い切り替えて何か考え事をしていた。

「あんた・・・インジュって言ったかい?」
「は、はい!」
「あんたの母ちゃん・・・母親がダークエルフなのかい?」

   まだ落ち着きが取り戻せないインジュはディイの問いに対しただ首を縦に振るうくらいしか出来ないでいた。
   そんなインジュの対応を見てディイは人ほど大きい目をゆっくりと閉じ何か満足感ある様子を見せたのだった。

   何故そんな事を聞いたのか、インジュが知る事は無かった。

「改めて、ディイ大司教。この場にお招き頂いた事を感謝のしようもございませんわ」

   未だに浮つく気持ちのインジュに対し、ルジェはその場に片膝を付いてディイに敬意を持った態度を見せて居た。

「やめな、かたっ苦しいのは嫌いなんだよ。それに大司教なんて肩書きは他が勝手に付けたもんさ」
「わかりましたディイ様」

   膝付きから立ち上がったルジェは改めてディイを見上げる。
   己の内をさらけ出すかの様に、互いの瞳を見つめ合い同時に笑みを浮かべた。友好的な関係を結べると確証を持てた事にルジェは少し安堵の息を吐いた。

「で、ババア。ここに呼んで何しようってんだよ」
「何だいゼッガ、あたしが腹を痛めて産んでやったガキに初めて出来たの友人なんだ。挨拶の一つもするのは当然じゃないか」
「・・・ぁぇ」

   開いた口が塞がらずに居たインジュは不意に変な声が出てしまった。
   ゼッガはディイの息子。ディイは竜である、考えられる事として養子か何か、その可能性が主に考えられるはずだったモノがディイの発言で破綻を起した。

「竜の人間のハーフ」
「そうだよ、おめぇー等よりもずっと長生きしてるつうの」
「長生きだけ友達の1人も出来なかったがね」
「うるせーババア!」

   ゼッガの正体。
   見た目は人と何ら変わり無いはずにも関わらず、常人以上の力を発揮する姿はインジュもルジェも知っている事だったが、その根源の理由を知り合点がいった。

   絶滅したはずの竜が目の間に存在する。さらにゼッガが生き残りの竜の子供である。
   この空間へと足を踏み入れてからの情報量に目眩を起こしそうにもなる気持ちをぐっと堪えるインジュは、ひとまず大きく息を吸い、ようやく気持ちを落ち着かせた。

「本当なら茶でも出してゆっくりとさせてやりたいんだが。あんた達もわかってる通り時間が無い」

   竜の姿のディイが和やかだった空気を一変させた。
   これが本題。ゼッガに手を貸した2人をこの場に呼び込み自らの姿を見せた本当の理由。
   インジュとルジェもそんな空気を察し真剣な顔立ちへと変え、耳を傾けた。

「あいつら、王城で今も準備を進めてる馬鹿どもの言う計画についてだよ」
「確か、再臨計画とか言ってましたわね。ディイ様は何かご存知なのですか?」
「細かい内容まではわからないさ。けど、そんな大層な名前を付けた事、そして・・・あたしの心臓を使うってなら大体予想は付くもんさ」

   インジュはディイの言葉を聞いて息を詰まらせた。
   それは、大司教の姿のディイが生み出しゲヌファーに放り投げた物。

「ドラゴンズハート・・・まさかディイさん!!」
「心配はいらないよ。あたしはあんたらみたく心臓抜かれておっ死んじまうほどヤワじゃ無い」

「それでも、長寿の力は失ってしまう」

   呟く様にルジェが言った問いに対し、ディイは黙る事で答えた。

   人は心臓を抜かれたら当然必ず死が訪れる。それは無限にも等しい寿命を持つ竜も同じであると言う事。
   ただ人と違い、瞬間的に命を失うという事では無いだけという話。

   何年、何十年。生まれてきた生命として終わりが告げられただけ。
   ルジェの言葉、ディイの黙認は、それを示唆するだけのモノだった。

「心配すんな、俺が絶対取り返してやるっての。あの野郎共に良い様にさせるかっての」
「ったく、もっと素直になれないのかねウチの馬鹿息子は。まああたしの事はどうでも良いんだ。本題は目的だ」

   ディイは長い首を上げて空を見上げた。遠くを見つめるかの如く、再び見据える事さえ出来ないモノを見る様に。
   再臨計画の目的。ディイはそれをどう言葉にするのか、考えていたが。
   先に口を開いたのは、ルジェだった。

「降臨戦争の・・・再来ですか?」

「・・・その通りさ」

   降臨戦争の再来。
   長い年月が経った今、再び起こり得るとディイは予知した。
   人々の記憶から遠く消え去った事象。

「けれど、ディイさん。僕にはわかりません、どうして降臨戦争の再現なんてする必要があるんですか? 竜はもうディイさんだけですし、戦争を起こす理由なんて」
「そうだインジュ。お前の考えは間違っちゃいない、だからこそ今の今まで同じ事を考える奴は現れなかったんだ」

   ゼッガの言う様に、記録として残されていた物を正しい情報として用いればインジュの反応は当然の物。
   しかしゼッガの言葉を紐解いた場合、それに尽きない。

「わたくし達が教え伝えられていた物に偽りがあったら、いや正確には誤りと言った方が良いのかしら」
「そう嬢ちゃんの言う通り、これは誤りだ。誰1人としてその詳細を口にする者が居なかったから・・・。時が進むにつれてそれはわからないへと変わり・・憶測へと変えられ広く知れ渡った時には、影も形も無い」

   降臨戦争の詳細を口にする者が居なかった。しかしその事象があったという出来事は消す事は出来ない。
   誰1人としてその事象を遺す事はしなかった。きっとその理由は様々だった。
   忌まわしき記憶は、忘却へと沈めるのが1番と考えた者もいれば、その後の未来を見据えた者も居た。
   何よりも、終息を終えた後の今という尽力せねばならないはずの時期に余所見をする余裕を当時の者達にはあったとは、屍の上に立つ未来で生きるインジュ達には決して言う事の出来ないモノ。

   紆余曲折あるのは当然のことだった。
   ゼッガの言う通り、そのお陰なのか、今の今までその遺産とも言うべき事象を掘り返す者は現れなかったのがその証明にもなったはずだった。

「・・・なら」

   インジュは小さく震えて居た。
   その先、きっと口にすればディイは答えてくれるはずである事。それは、間違い無くアストやゲヌファーが人知れずに知り得た事実。
   ここで自らもその一線を超える意味に多くの感情が溢れ出てしまうのは無理も無かった。

   故に、インジュは意を決した。
   その一線を超えなくては、対峙する事すら出来ないのであれば。
   知らなくてはならない。抑え込んでいる好奇心を全面に押し出す必要があるのであれば、躊躇ってはいられなかった。

「教えて下さい。これから・・・何が”再臨”されるっていうんですか」

   インジュの言葉に空気が張り詰める。ルジェも同じ気持ちを秘めて共にディイを見詰めた。

   その言葉、その瞳。
   ディイがここへと招き入れた本当の理由。その一線をインジュとルジェは超えた。であれば、次は己の番であるとディイもまた決意を固めた。

   たかが言葉、たかが情報。
   それだけの為にどれだけのモノがあるのかと口にする者も居ないとは言えない。
   事実に大きいも小さいも無い。そこにあるのはただ知り得てしまったから起きたという事実だけ。

「降臨ってのは・・・王様が生まれた事じゃ無い」

   その事実を、どう受け取るのか。
   知り得た者に委ねられるというあまりにも諸刃な剣である事をこの場にいる者達はみな知って居た・・・。

「それは、”回帰”さ」

「回帰・・・」

   ディイの言った言葉に各々の反応を見せた。
   ルジェはその言葉を耳にして眉間に皺を寄せ、険しい表情へと一変した。

   回帰。
   その言葉の意味が何を意味するのか今のルジェには理解の及ばない物ではなかった。
   当時の者達、そして今なお遂行しようとする者の思惑が流れ込む様な感覚がルジェを襲っていた。

「現実逃避もここまで来ると素晴らしいわね。まさか、神様でも降臨させようってのかしら」
「それもきっと結果の一つかも知れないね。少なくともその結果を見た者は誰も居ないし、想像出来る者も居ないはずなんだから」

   苛立ちを覚えるルジェに対してディイは大きな溜息を吐いて居た。それはきっと、少しでもその理由がわかってしまう自分に対しての嫌悪感に他ならない。

    そんな中、1人だけ表情を変えずにその場で佇んでいる者が居た。

「そうか・・・そうだったのか。それってつまり・・”誰かの為”って事ですよね」

「「「は?」」」

   インジュの言葉に一同は言葉を失った。
   そんな反応を見たインジュは少しばかり驚きを見せた。

「えッ!? 違うんですか!?」
「飛躍的・・・拡大解釈にも程がある」
「お前、本気で言ってる・・んだよなぁ」

   インジュの素っ頓狂な顔を見たルジェとゼッガは緊張の糸が切れたかの様に肩を落としていた。

「ぎゃはははっっはははは!!!! あんた面白いね!!! あの人に似た匂いがしたと思ったから招いてみたけど、それ以上だ」

   緊張の糸が切れたのは、ディイも同じだった。
   竜の姿のまま高らかと大笑いをする光景に不思議と羞恥心を感じながらも照れてしまうインジュ。

「気に入ったよ! インジュ坊や、それにそっちのルジェ嬢ちゃんも。ったくもっと早くにあんたらを紹介してくれればよかったってのに馬鹿息子が」
「うるせーやババア! こっちこっちで色々大変だったんだっつうの」

   空気が新たに変わった。
   重狂うしいと感じさせて居たモノが、周囲の景色の様に清々しく、温かなモノへと変わった。

   そして、ディイは再び喉を整える様な素ぶりを見せ、再び声を発した。

「いいかい良くお聞き。再臨計画だかなんだか知らないけど、今が好きなんだったら止める事だね。きっとそれは今を完全に消し去って過去にして、未来を生み出さないモノなんだからね」

「未来を生み出さないですか」
「そうさ、過去の降臨が失敗したのは昔の今が好きで未来のあんたらの存在を願ったからこそ成し得た事。坊やが言った通り始まりは誰かの為だったかも知れない、けどそれは」
「”みんな”では無い・・・ですね」

   ルジェの言葉に頷くディイ。

   降臨のきっかけなんて今この瞬間に生きる者達には当然わかる筈もない。
   どれだけの苦悩があったのかも計り知れるはずも無い。

「いいかいあんた達、確かに今を大事にする為ってのも目を逸らしちゃういけない重大な事だよ。それを背負って、何をしたいのか。見誤るんじゃないよ」

   背中を押された。
   それは老い先短い竜と成り下がってしまったからでは無い。
   自らを過去の者と位置付けたディイの細やかなエールだった。

「ゼッガ・・・」
「あん? なんだ改まって」
「あんたも同じだよ、そろそろ親離れの時だっての」
「何を言うかと思えば・・・そんなの随分前からわかってるっての」

「なら、あんたがやる事はわかってるね」

   ディイの言葉にゼッガは目を閉じ、ゆっくりと噛み締めた。
   ゼッガがやる事の意味、それは決してディイの押し付けがましい願いなどでは無い。

   それはゼッガ自身が1番にわかっている事だった。

「ったく、自分が死んだ先の事なんて心配してんじゃねぇーよ」
「親ってのは、そうゆうもんだよ。竜だろうと人だろうと、きっとそれは・・・」

「はい・・・きっと、違いなんて無いと思います」

   ディイがチラリと見たインジュは笑顔で胸を張って答えた。

「母様が・・大好きな母様が言ってました! 素敵な姿を見せ続ける限り、大好きだよって!!!」
「・・・え?」
「え」

   拍子抜けを受けたディイの顔。
   ゼッガがディイを見上げた途端、目を逸らした。
   そしてそれを見たゼッガまでも目を逸らしてしまったのだった。

「はぁー・・・誰も彼もが親馬鹿だと、わたくしの立つ瀬が無いのだけれど」

   気まずい空気を変えてくれたのはルジェだった。
   今もなお顔を背けるディイに向けて一歩前に歩み寄った。

「最後にお聞きしたいのですが・・・」
「ん? なんだい」

「巫女様について・・・教えて頂けませんか」


【第42話】 回帰
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