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27話
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木漏れ日が地面に雨粒のような模様を作る。
湿気の多い空気に溺れそうだ。
コウは暗虚の森の中心部まで足を踏み入れていた。当然、趣味ではなく仕事のために。
「ふむ。ここら辺まで来ると、景色が変わってくるなぁ」
周囲を見回しながら、浮かれた口調でロジャーが言う。魔獣の多い森は植物も魔力の影響を受けやすい。街の付近では見られない、奇怪にくねった木々に、都会の学者は大興奮だ。
今日のコウの仕事は、学者の森林調査の護衛だ。大きな背嚢を背負っているのは、この任務が数日に渡って行われるからだ。
「一人で遠くに行くなよ、暗虚の森にはアクティブな樹木も多い」
採取した樹皮をガラス瓶に保存するロジャーに、コウは注意を促す。
「アクティブって?」
「人や獣を喰う木だ。ただ獲物を待って捕獲するのではなく、自ら狩りに行くタイプ」
コウの答えに、ロジャーは目を輝かせた。
「能動的食肉植物! 文献で読んだことはあったが、ここにもいるのか! 見たい! なんならちょっと齧られたい!!」
……しまった。脅かして釘を刺すつもりが、逆に好奇心に火をつけてしまった。
これは厄介だなとコウは内心ため息をつく。護衛の仕事で一番困ることは、護衛対象が勝手に動き回ることだ。
「齧られるのは結構だが、その時は骨まで喰われるように見守ってるからな」
「え? 助けてくれないのか?」
「護衛対象に怪我をさせたとなれば、俺の評判が落ちる。だったら最初から護衛の仕事はなかったことにする」
「証拠隠滅だ! ひでぇ!」
冷たく言い放つコウに、ロジャーはゲラゲラ笑う。最近知り合ったばかりの二人だが、何故か馬が合い、このくらいの軽口なら言い合える仲になっていた。
途中、木々がめちゃくちゃになぎ倒された場所に通りかかり、コウは眉を顰めた。
「炎竜の痕跡か?」
「ああ。三度目の魔法士隊の攻撃で墜落した場所だな」
当時のことを思い出すと、胸に苦いものが広がる。
竜の咆哮と人の怒号が飛び交っていた森は今は静かで……逆に耳が痛いくらいだ。
「この辺りは羽兎の生息域だったが、大難以降、まだ戻ってないだろう」
「羽兎は臆病だからな」
コウの言葉に、ロジャーが同意する。炎竜が暴れたお陰で、森の生態系はすっかり壊れてしまった。それを調査し、改善策を模索するのが学者の務めだ。
「じゃあ、羽兎を捕食していた肉食獣も移動してるな。被害箇所から考えるに、西南側に……ぐえっ」
地図に記しをつけながら歩きだそうとしたロジャーの襟を、コウが掴んだ。
「なにす……」
ロジャーが抗議する前に、コウは彼を背に庇うように一歩進み出ていた。
「何かいる」
いつの間にか剣を抜いていた傭兵は、切っ先を向けながら藪を睨みつける。
細く息を吐き、慎重に気配を探る。うなじの毛が逆立ち、ピリピリする。気配は一体だけだが……かなり強大だ。跳ね上がる心拍数を、必死で抑える。
どう逃げるか、どう逃がすか。
――どう時間を稼ぐか。
依頼人を護る覚悟を決め、コウは剣を構える。
パキリ、と枯れ枝を踏み折る音が響く。
鬱蒼と生い茂る木々の影から現れたのは……。
豪奢な銀灰色の獣毛を持つ、人狼だった。
湿気の多い空気に溺れそうだ。
コウは暗虚の森の中心部まで足を踏み入れていた。当然、趣味ではなく仕事のために。
「ふむ。ここら辺まで来ると、景色が変わってくるなぁ」
周囲を見回しながら、浮かれた口調でロジャーが言う。魔獣の多い森は植物も魔力の影響を受けやすい。街の付近では見られない、奇怪にくねった木々に、都会の学者は大興奮だ。
今日のコウの仕事は、学者の森林調査の護衛だ。大きな背嚢を背負っているのは、この任務が数日に渡って行われるからだ。
「一人で遠くに行くなよ、暗虚の森にはアクティブな樹木も多い」
採取した樹皮をガラス瓶に保存するロジャーに、コウは注意を促す。
「アクティブって?」
「人や獣を喰う木だ。ただ獲物を待って捕獲するのではなく、自ら狩りに行くタイプ」
コウの答えに、ロジャーは目を輝かせた。
「能動的食肉植物! 文献で読んだことはあったが、ここにもいるのか! 見たい! なんならちょっと齧られたい!!」
……しまった。脅かして釘を刺すつもりが、逆に好奇心に火をつけてしまった。
これは厄介だなとコウは内心ため息をつく。護衛の仕事で一番困ることは、護衛対象が勝手に動き回ることだ。
「齧られるのは結構だが、その時は骨まで喰われるように見守ってるからな」
「え? 助けてくれないのか?」
「護衛対象に怪我をさせたとなれば、俺の評判が落ちる。だったら最初から護衛の仕事はなかったことにする」
「証拠隠滅だ! ひでぇ!」
冷たく言い放つコウに、ロジャーはゲラゲラ笑う。最近知り合ったばかりの二人だが、何故か馬が合い、このくらいの軽口なら言い合える仲になっていた。
途中、木々がめちゃくちゃになぎ倒された場所に通りかかり、コウは眉を顰めた。
「炎竜の痕跡か?」
「ああ。三度目の魔法士隊の攻撃で墜落した場所だな」
当時のことを思い出すと、胸に苦いものが広がる。
竜の咆哮と人の怒号が飛び交っていた森は今は静かで……逆に耳が痛いくらいだ。
「この辺りは羽兎の生息域だったが、大難以降、まだ戻ってないだろう」
「羽兎は臆病だからな」
コウの言葉に、ロジャーが同意する。炎竜が暴れたお陰で、森の生態系はすっかり壊れてしまった。それを調査し、改善策を模索するのが学者の務めだ。
「じゃあ、羽兎を捕食していた肉食獣も移動してるな。被害箇所から考えるに、西南側に……ぐえっ」
地図に記しをつけながら歩きだそうとしたロジャーの襟を、コウが掴んだ。
「なにす……」
ロジャーが抗議する前に、コウは彼を背に庇うように一歩進み出ていた。
「何かいる」
いつの間にか剣を抜いていた傭兵は、切っ先を向けながら藪を睨みつける。
細く息を吐き、慎重に気配を探る。うなじの毛が逆立ち、ピリピリする。気配は一体だけだが……かなり強大だ。跳ね上がる心拍数を、必死で抑える。
どう逃げるか、どう逃がすか。
――どう時間を稼ぐか。
依頼人を護る覚悟を決め、コウは剣を構える。
パキリ、と枯れ枝を踏み折る音が響く。
鬱蒼と生い茂る木々の影から現れたのは……。
豪奢な銀灰色の獣毛を持つ、人狼だった。
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