多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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28話

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 ――最悪だ。
 コウは内心舌打ちする。
 森の棲む獣人の中で遭遇したくない度上位に君臨するのは狼系だ。
 強靭な肉体に殺傷能力の高い爪と牙。恐ろしいスピードで獲物を捕食する森の生態系の頂点。知性が高く、人に友好的な種族もいるが、逆に殺戮狩りを愉しむ獰猛な種族もいる。
 ……こいつは、どちらのタイプか……。
 コウはロジャーに気を配りつつ、正面の人狼から目を離さない。
 ピンっと立った三角耳に長い鼻、長い獣毛に覆われた顔は、完全に狼のそれだ。半袖のシャツとズボンを着て二足歩行しているが、裾から覗く手足は銀灰色の毛で覆われている。
 今にもシャツのボタンが弾けそうな厚い胸板の人狼は、背の高いコウよりも頭一つ大きい。
 太い鉤爪の生えた脚が、コウ達に向かって踏み出される。
 コウが臨戦態勢を取った、その時……!
「よう、ルフガ! 早かったな」
 背後にいたロジャーが、気さくに人狼に声をかけた。
「合流場所はまだ先だろう?」
「ロジャーの匂いがしたから、迎えに来た」
 人狼は朗らかに人間の学者と握手を交わす。
 呆気に取られたのはコウだ。
「ロジャー、どういうことだ?」
 説明を求めると、ロジャーはあっけらかんと、
「彼はルフガ。一人で森の畔を調査してる時に知り合った狼獣人だ。森を探索するなら森の住人がいた方が調べやすいから、道案内を頼んだんだ」
「あんたが人間の護衛か。よろしく」
「……コウだ。よろしく」
 ルフガに差し出された手を、コウは握り返す。冷たくて硬い肉球の感触がした。
 どうやらこの人狼は人間に友好的な種族だったようだが……。
「ロジャー、ちょっと来い」
 眉間にシワを寄せて、傭兵は学者を手招きする。
「俺は俺の他に道案内を雇ったとは聞いてないぞ」
「言ってなかったっけ? じゃあサプライズってことで……っぎゃ!」
 ヘラヘラ笑うロジャーの胸ぐらをコウが掴んだ。顔を近づけて、怒気を込めて囁く。
「案内を何人雇おうと構わない。むしろ人数が多い方が助かることも多い。だが、報告はちゃんとしろ。情報は共有しろ。ここは森の中危険地帯だ、安全な街とは違う。些細な行き違いで無駄に戦闘になるところだったんだぞ」
「ぐっ、ごめん……」
 真剣に諭されると、陽気な学者も平謝りするしかない。
「他に連絡していないことサプライズはないな?」
「ないない」
「今度やったら殴るぞ、グーで」
「わかった、わかったよ」
 地を這うようなコウの声に、ロジャーは涙目でブンブン首を振ったりコクコク頷いたりと大忙しだ。
 穏便な話し合いが済むと、コウはロジャーを離してルフガに向き直った。
「待たせてすまなかったな。見苦しい場面を見せて恐縮だが、そちらには一切非はない」
 コウの謝罪に、ルフガは鷹揚に笑う。
「わかってる。群れを護るためには断固たる意志が必要だ。俺はあんたを気に入ったぞ」
 どうやら通じ合うものがあったようだ。
 和やかな雰囲気になる傭兵と人狼に、
「……どっちも雇ってる金払うの俺なんだけど」
 釈然としない学者がぼそっと呟いた。
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