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29、水のこと(4)
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涼しい風が、水場が近いことを教えてくれる。
樺の林を抜けると、草花に囲まれた泉が見えた。
「わぁ」
陽の光に色を変えながらさざめく水面にうっとりしてしまう。泉に近づこうとして、リルはふと足元の花に気付いた。
「これ、もしかして【月の映る水面草】じゃない?」
瑞々しいまんまるの葉には、乾燥して結晶になった茶葉の面影が残っている。
「こんな風に自生してるんだ。初めて見た!」
思わぬ発見に大はしゃぎのリルの肩を、狐少年が叩いた。
「リル、あれ」
言われて顔を上げると、さほど広くない泉の真ん中で、腰まで水に浸った女性が佇んでいた。淡い水色の長い髪に、青白い頬。体のラインに添う光沢のあるドレスを纏った彼女は、俯いてはらはらと涙を流していて……。
「大変!」
リルは慌てて泉に駆け出した。
「そこのあなた、大丈夫ですか!?」
呼び掛けながら、服が濡れるのも厭わず水の中を進んでいく。しかし、水を含んだロングスカートが足に纏わりついて上手く歩けない。それでも無理矢理足を動かしていく。
「今助けますから!」
リルが必死で彼女に手を伸ばしていると、
「リル!」
肩にのしっと、黒狐の幼獣が飛び乗った。
「何をとち狂っておる? よく見ろ、あれは人ではない!」
耳元で怒鳴られ、少女は我に返る。よく見れば泉の女性はうっすら背景が透けていて……。
「ゆ、幽霊!?」
「いや、精霊の類だろう」
リルの言葉をノワゼアが訂正する。どちらにしろ、肉体がないのは確かだ。
「おい、そこのお前!」
狐姿のノアゼアは、半透明の女性に向かって吠え立てる。
「ここで何をしている? 人間を惑わせて泉に引き込んで喰らう気か!?」
剣呑な声にも、女性はぼんやりと魂が抜けたような顔で涙を零し続けるだけ。
「面妖な奴だな。リル、戻ろう」
無視されて不機嫌に吐き捨てるノワゼアを「ちょっと待って」と制し、リルはおずおずと彼女に話しかけた。
「あの、何かあったんですか?」
心配げな響きの声に、女性の顔が少しだけリルの方に向く。
「とても悲しそうだから。私、魔法使いの大樹の家でお世話になっているリルと申します。何かお力になれることはありますか? 私でよければ話を聞きますよ」
真摯な言葉に、女性は少しだけ目を見開いて、
「あの方とのお別れが辛くて……」
鈴の音のような澄んだ声でぽつりと零す。
「あの方?」
聞き返すリルに、女性は泉の畔に視線を送る。そこには風にそよぐ草花と、黒ずんだ倒木だけ。あれは、柳の木だろうか。
「あの方というのは、どちらに?」
もう一度聞き返すと、彼女はか細い声で、
「そこに臥《ふ》している……」
再度リルが畔を確認しても人影はなく、横たわっているように見えるのは、柳の倒木だけで……。
(あっ)
リルは頭の中の硬い殻が割れた気がした。ここは魔法使いの棲まう碧謐の森。人間の常識に当てはめてはいけない。
「あの方って、あの柳の木のことですか?」
女性は肯定の代わりに青い目を伏せ、涙を落とす。
「事情を聞いていいですか?」
極力声のトーンを柔らかくして尋ねるリルに、女性は小さく頷いた。
樺の林を抜けると、草花に囲まれた泉が見えた。
「わぁ」
陽の光に色を変えながらさざめく水面にうっとりしてしまう。泉に近づこうとして、リルはふと足元の花に気付いた。
「これ、もしかして【月の映る水面草】じゃない?」
瑞々しいまんまるの葉には、乾燥して結晶になった茶葉の面影が残っている。
「こんな風に自生してるんだ。初めて見た!」
思わぬ発見に大はしゃぎのリルの肩を、狐少年が叩いた。
「リル、あれ」
言われて顔を上げると、さほど広くない泉の真ん中で、腰まで水に浸った女性が佇んでいた。淡い水色の長い髪に、青白い頬。体のラインに添う光沢のあるドレスを纏った彼女は、俯いてはらはらと涙を流していて……。
「大変!」
リルは慌てて泉に駆け出した。
「そこのあなた、大丈夫ですか!?」
呼び掛けながら、服が濡れるのも厭わず水の中を進んでいく。しかし、水を含んだロングスカートが足に纏わりついて上手く歩けない。それでも無理矢理足を動かしていく。
「今助けますから!」
リルが必死で彼女に手を伸ばしていると、
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「何をとち狂っておる? よく見ろ、あれは人ではない!」
耳元で怒鳴られ、少女は我に返る。よく見れば泉の女性はうっすら背景が透けていて……。
「ゆ、幽霊!?」
「いや、精霊の類だろう」
リルの言葉をノワゼアが訂正する。どちらにしろ、肉体がないのは確かだ。
「おい、そこのお前!」
狐姿のノアゼアは、半透明の女性に向かって吠え立てる。
「ここで何をしている? 人間を惑わせて泉に引き込んで喰らう気か!?」
剣呑な声にも、女性はぼんやりと魂が抜けたような顔で涙を零し続けるだけ。
「面妖な奴だな。リル、戻ろう」
無視されて不機嫌に吐き捨てるノワゼアを「ちょっと待って」と制し、リルはおずおずと彼女に話しかけた。
「あの、何かあったんですか?」
心配げな響きの声に、女性の顔が少しだけリルの方に向く。
「とても悲しそうだから。私、魔法使いの大樹の家でお世話になっているリルと申します。何かお力になれることはありますか? 私でよければ話を聞きますよ」
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「あの方?」
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もう一度聞き返すと、彼女はか細い声で、
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(あっ)
リルは頭の中の硬い殻が割れた気がした。ここは魔法使いの棲まう碧謐の森。人間の常識に当てはめてはいけない。
「あの方って、あの柳の木のことですか?」
女性は肯定の代わりに青い目を伏せ、涙を落とす。
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極力声のトーンを柔らかくして尋ねるリルに、女性は小さく頷いた。
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