森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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 戻ってきた時に手に持っていたのは、黒い粉。リルはテーブルに近づくと、「失礼します」とルビータのカップに一つまみ粉を振りかけた。

「どうぞ」

 促されて一口飲むと、

「まぁ!」

 彼女の紅玉の瞳がぱあっと輝いた。

「なんて刺激的なの! たった一振りで、味がピリッと引き締まったわ。ねえ、リル。あの粉は何? どんな魔法を使ったの?」

 好奇心いっぱいに見つめてくるルビータに、リルは悪戯っ子の微笑みで、

「胡椒です」

 それは、炊事場に保管されていた物だ。

「コショウ?」

「人がお料理に使う香辛料です。ハーブティーに使われることもあるから、想織茶にも合うと思って」

 これは魔法ではなく、人間の知恵だ。

「そうなの。とっても美味しいわ」

 ルビータは嬉々として残りのお茶を飲み干す。リルは喜ぶ美女の顔を見守りつつ、こっそりスイウを観察するが……。魔法使いは相変わらず無表情で啜っているだけだ。
 ちょっぴり悔しい気持ちは残るが、今回はルビータを満足させられただけで良しとしよう。

「ごちそうさま。ありがとう、リル。お礼をしなきゃね」

 ほうっと息をついて空のカップを置いたルビータは、優雅に立ち上がった。

「お礼なんて。さっき鴨をもらったし……」

 そして、恐縮するリルの肩に手を置くと、身を屈め、少女の滑らかな頬にチュッと肉感的な唇を押し当てた。

「ひぇ!?」

 突然のキスに真っ赤になって頬を押さえるリルに、ルビータは妖艶に微笑んだ。

「あなたにあたしの『火』を灯したわ。これで好きな時に竈に火をいれられるし、お湯も沸かせるわ」

「へ? 火? えぇ??」

 狼狽えるリルを置いて、ルビータは手をひらひらさせて去っていく。ドアが閉まる直前、

「でも、火遊びはほどほどにね」

 そう言い残して。
 スイウと二人きりになった室内で、リルは呆然と呟く。

「私に火を灯したって……」

 体のどこかが燃えているのだろうか?

「スイウさん、どういうことですか?」

 事情を知っていそうな魔法使いに尋ねてみると、

「使ってみればいい」

 お決まりの丸投げな回答だ。

「使うって……」

 リルは眉間に皺を寄せ考える。

(スイウさんが私の借用書を燃やした時って、どうしたっけ?)

 確か、指先から火が……。
 リルがじっと自分の指を見つめていると、突然ボッ! っと火が噴き出した。

「ぎゃっ! なに? あつっ!!」

 慌てて手を振ると一瞬で消えてしまったが、でも確かに……。

「スイウさん、火が出ましたよ! 私、火の魔法が使えるようになりました!」

 リルは大はしゃぎで深緑のローブを掴んでスイウを見上げる。言外に「褒めて褒めて!」と訴える眼差しに、スイウは「良かったな」と大きく頷いてから、気まずげに視線を逸らした。

「夜は冷えるから、気をつけて」

「……へ?」

 何の話だ、とリルが首を傾げた……瞬間。

 ビュンッ!!

 不意にリビングのテーブルが崩れて一本の枝に戻ったかと思うと、リルの体に巻き付いた!

「え? ちょっ!?」

 抵抗する暇もない。ぐるぐる巻きになったリルの前で玄関のドアが開き、

 ぺっ!

 と、外に放り出された。

「あいたた……」

 地面に転がったリルが起き上がる頃にはドアは完全に閉まっていて、葉の多い枝に覆い隠されていた。
 ……大樹を怒らせた……。
 事態を飲み込んだリルは真っ青になる。

「嘘でしょう? 開けて、開けてよ! スイウさん、聞こえてるでしょう? 助けて!」

 枝を掻き分け必死でドアを叩くが、大樹の幹はびくともしないし、中からの反応はない。

「うえ~ん、ごめんなさいぃ! もう家の中で火は使わないから許してください~!!」

 まるで規則を破った子どもへの罰だ。
 ――締め出しを喰らったリルは、結局納屋で一晩過ごすことになった。
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