森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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54、家路

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 街壁の門番を通り過ぎて、北へ向かう小道を進む。夕日に染まる森の前で、スイウはリルに左手を差し出した。

「道を覚えているならいいが?」

「……まだ不安です」

 冷えた魔法使いの手のひらに自分の右手を重ねたのは、迷子を心配してのことだけではない。
 握り返された細い指に、リルの胸は早鐘を打つ。

「スイウさんは、街で『魔法使いが見える人』を探してたんですよね?」

 昏い道を歩きながら尋ねてみると、スイウは「ああ」と頷く。

「私の他にも、スイウさんに気づいた人はいましたか?」

「何人かは。特に子どもと聖職者は波長が合いやすい」

 ……リルがとびきり『特別』というわけでもないらしい。

「じゃあ、なんで私を選んだんですか? 想織茶のお店で働いてたから?」

 もう一度質問すると、スイウは上目遣いに記憶を辿る。

「それもあるが、それだけでもない」

「というと?」

「君が初めて私に提供したお茶を覚えているか?」

 質問を質問で返され、今度はリルが当時を思い出す。

「勿論、覚えてますよ」

 あれは、リルがアトリ亭で働き始めて二ヶ月目。毎週花曜日に来る常連さんの注文に、店主のマリッサが「リルちゃんが淹れてみるかい?」と初めて仕事を任せてくれた日のことだ。

「あの時は、【風乗り草】と【雲翼花】と【儚凪草】と【銀脈の小径】を使いました」

「そうだ。あれには驚いた」

 スイウは舌の上にお茶の味を蘇らせる。

「風乗り草と雲翼花は属性も効能もほぼ同じで、混ぜても加算も減算もされない。儚凪草も似た効能だから、入れる意味がない。想織茶は元来薬湯だ。あんなでたらめな合組、魔法使いや想織茶を正しく学んだ者なら絶対にしない」

 辛辣な評価に、リルは「ふぎゅっ」と涙目になる。

「ちゃ、茶葉の効能はちゃんと知ってましたよ。無意味なことも。でも、あの組み合わせのお茶は、味が美味しいから……」

 必死で言い訳するリルに、スイウは少しだけ口角を上げた。

「……そう、美味しかった」

 噛みしめるように言う。

「あんなでたらめな合組なのに、今まで飲んだお茶の中で一番美味しかった。効能度外視で純粋に味だけを追求した想織茶を作る者に会ったのは初めてだったから、心底驚いた」

「……それって褒めてるですか? それともけなしてるんですか?」

「さあ? 思ったままを言っただけだから、受け取り方は君次第だ」

 憮然と見上げてくるリルに、スイウは苦笑を返す。

「ただ、面白いと思った。型に嵌まらない探究心と好奇心。君はきっといい魔法使いになると」

 夜の帳が下り、金の月が昇っていく。月明かりに照らされたスイウが、月と同じ色の瞳でリルを見つめる。

「私は他人に物を教えるのが上手い方ではない。それでも、誰かに私の知識を託すのならば……君がいいと思った」

 金色の瞳に映るリルの顔は真っ赤に染まっている。

「……まあ、十分ですかね」

 リルはぽそっと呟いて俯くと、そのまま黙ってしまう。スイウは僅かに小首を傾げたが、気にせず歩いていく。
 しばらくすると、どっしりと存在感に満ちた我が家大樹が見えてくる。

「ただいま」

 家の中は仄明るくて暖かく、心が安らぐ。

「お茶を淹れましょうか?」

 ローブから荷物を取り出すスイウに声を掛けると、「頼む」と躊躇のない答えが返ってくる。
 リルは跳ねるように茶葉倉庫へ下りていった。
 頬が緩みっぱなしで、顔のにやけが止まらない。

『君がいい』

 耳の中で澄んだ低い声が繰り返し再生される。
 ……スイウにそう思ってもらえるなら、リルが大樹の家に居る理由は十分だった。
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