森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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59、魔法使いの部屋

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 今日は、久しぶりに雨だった。
 度々来客のある大樹の家だが、勿論来ない日だってある。そんな時、リルは魔法使いの勉強をする。

「スイウさーん。今、いいですか?」

 ドアをノックをすると、中から「どうぞ」と声がする。

「おじゃましまーす」

 部屋に入ると、机に頬杖をついて本を捲っている魔法使いが見えた。
 部屋に籠もりがちでイマイチ生態が謎だったリルの同居人は、独りの時は読書をしていることが多いようだ。

「魔法薬の本をお借りしたいんですけど」

「好きなのを持って行っていい」

 許可をもらって、壁一面に並んだ本棚から目当ての物を探す。正式に魔法を習うことになってから、リルはスイウの部屋に入れてもらえるようになった。
 現役魔法使いの部屋にはたくさんの魔導書が置いてある。見ているだけで楽しくなるような幻想花のカラー図鑑から、虫眼鏡を使わないと読めない細かい古代語がぎっしりの歴史書まで。
 リルもいずれは部屋にある本を全部読んで理解しなければならないのだが、一体何十年かかるのだろうと今からげんなりしてしまう。
 それでも、勉強は嫌いではない。使える魔法が増えるのは楽しいし、特に魔法薬学は想織茶の知識と重なるものが多いので、興味深い。

「ここで読んでもいいですか?」

「構わない」

 許可をもらって、リルは部屋の隅で本を開く。スイウの部屋は広く、彼の座っている書斎机の他に作業テーブルもあるので、小柄な少女が一人増えても窮屈にはならない。それに、魔導書は専門用語が多いので、解説を求める時に魔法使いが近くにいた方が便利だ。
 リルは時々メモを取りながら、本の文字を辿る。

(あ、この前ノームにもらったキノコだ。へぇ、食用だけじゃなく、痛み止めにも使えるんだ)

 図入りの本は見ているだけでも面白い。リルは熟読しながらページを捲っていき、

「あっ」

 奇怪にくねった花のイラストに手を止めた。

「スイウさん、この植物の可食部と不可食部の線引きなのですが……」

「ん?」

 該当ページを広げて尋ねてみると、スイウが近寄ってきた。

「どこだ?」

「ここの表記が曖昧で……」

 指差した先を覗き込んでくる彼の横顔が近すぎで、リルの心臓がドキンっと大きな音を立てる。垂らしたままの長い髪を耳に掛ける仕草が艶っぽすぎて思わず仰け反るリルに、スイウは眉を寄せた。

「どうした?」

「い、いえ……」

 リルは咄嗟に誤魔化そうとして、

「スイウさんっていい匂いがしますね」

 つい本音が零れ落ちた。

「……は?」

 キョトンとする彼に、彼女は慌てて弁明する。

「べ、べつに意識して嗅いでるわけじゃないですよ! ただ、近くに来るとふわっと香るだけで……。あと、この部屋もいい匂いだし!」

 パニックになって捲し立てるリルに、スイウは平然と肯定した。

「ああ。それは塗香ずこうのせいだな」

「……は?」

 今度はリルがキョトンとする番。

「ず、こう?」

「虫除けと邪気払いのために肌には塗香、部屋には置香を使っている。どちらも想織茶の茶殻から作れる」

 魔法使いの告白に、少女は大きく見開いていた瞳を、だんだん険しく尖らせていき――

「どーしてそれを早く教えてくれなかったんですかーーー!!!」

 ――とうとう絶叫した。
 スイウは何故怒られたのか解らず困惑する。

「どうしてといわれても……。単に気休めの習慣のようなものだし、言う必要もないことかと」

「必要大アリですよ! むしろ女子的には最優先事項です! 酷い。一人だけいい匂いさせて! 私もいい匂いって言われたいのに!!」

「……私は別に言われなくてもいいのだが……」

「とにかく、早急にお香の作り方を教えてくださーい!」

 ――生徒が大暴れするので、本日の授業は『想織茶の二次利用について』になった。
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